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「イスラーム国」の最後の頼りはアフリカ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 2023年5月4日(日本時間)、「イスラーム国」の週刊の機関誌が刊行された。これ自体は毎週のことなので別に珍しくもなんともないのだが、刊行の体裁や機関誌の内容を眺めると、ちょっとした異常を感じざるを得ないものだった。と、いうのも、この機関誌、2015年11月に刊行されて以来、「イスラーム国」が世界中で「戦果」を上げていたころは16頁、それ以外の時期は12頁で刊行されるのが通常だった。それが、先週号と最新号はいずれも8頁で刊行されたのだ。週刊誌のページ数が8頁に留まるのは、2019年10月に自称カリフのアブー・バクル・バグダーディーが当時の報道官もろともアメリカ軍に暗殺された週、2023年2月のトルコとシリアでの大震災の週のような、「イスラーム国」にとって異常事態が発生した週くらいだ(もちろん、異常事態の結果ページ数が増えた週もある)。先週号は、刊行日がラマダーン(断食月)明けの祝祭とほぼ重なっていたので、編集部も「お休み」でページ数が減ったのはわからないこともない。

 しかし、機関誌が2週連続で「短縮版」になったことは、筆者の記憶の範囲では初めてのことだ。また、最新号については何が原因でそうなったのかを説明する材料も見当たらない。5月2日には、トルコのエルドアン大統領が自称カリフのアブー・フサイン・クラシーをトルコの治安部隊の作戦で殺害したと主張した。作戦の場所は、トルコ軍が占領しているシリア北東部の町だったらしい。となると、これまで長年「イスラーム国」に兵站拠点や潜伏場所を提供し、半ば庇護してくれていたトルコが突然攻撃してきたという点で、「イスラーム国」にとって衝撃だったかもしれない。また、関係国の公式な態度はともかく、「イスラーム国」の安全な潜伏地はシリア領内でトルコ軍が占領している所か、アメリカをはじめとする西側諸国や報道機関がそれと承知で放置しているシャーム解放機構(=シリアにおけるアル=カーイダ)の占拠地だということは否定しようがない。ここで何かあると、「イスラーム国」の広報にも大きな影響が出るとわかっただけでも収穫だ。とはいえ、「イスラーム国」自身はエルドアン大統領の主張を否定も肯定もしておらず、現時点で自称カリフの消息は「不明」としか言いようがない。本来、「イスラーム国」にとっては敵である背教者政府との戦いの中での「殉教」にあたるような場合、自派の活動の正統性を主張するために「殉教」を大々的に発表すればいいだけの話だ。また、自称カリフが生きている場合は、トルコの作戦や情報の不正確さをバカにする情報(例えば演説や動画で自称カリフの生存を示す作品)を発表し、こちらも大いに広報すればいい。

 そのどれもできなかった「イスラーム国」が今週の機関誌の巻頭言で選んだお題は、コンゴやモザンビークで同派の活動が発展し、敵方の軍事作戦が失敗したことを確定させたとの主張だった。コンゴとモザンビークは、今や「イスラーム国」が戦果を誇ることができる数少ない場所の一つだ。毎週の機関誌をぼんやり眺めていると、2023年に刊行された号の中でコンゴとモザンビークという単語が出現する頻度はそれぞれ161回、159回で、これは筆者が数えている地名の中ではナイジェリアの275回に次ぐ2位と3位だ。これに対し、イラク(95回)、シャーム(75回)、アメリカ(48回)、ホラサーン(33回)の出現頻度などまるでたいしたことない。さらに、過去3年ほどの間「イスラーム国」が攻撃対象を呼称する際に用いる語彙のうち「キリスト教徒」の出現頻度が急上昇している。「イスラーム国」は、敵対する諸国の政府・軍やその関係者を攻撃する場合、それを「十字軍」と呼ぶので、「キリスト教徒」という語彙が出てきた場合は、文字通りキリスト教徒の一般人か民兵が攻撃対象となっている。現在、モザンビークでキリスト教徒の一般人を殺戮することが、「イスラーム国」にとって最重要の活動となっているのだ。

 モザンビークが「イスラーム国」にとって数少ない「活躍の場」になっていることは、実は本邦とも無縁ではない。この度の岸田総理のアフリカ歴訪の訪問先の一つがモザンビークだという点だけでも、結構な重大事と言ってよい。その上、訪問中話題になったモザンビークで行われている本邦の企業も参画している天然ガスの開発事業、事業の実施地がまさに「イスラーム国 モザンビーク州」の活動地域なのだ。目下、この地域ではアフリカ諸国からの援軍も仰いで掃討作戦が行われているが、これを撃退したと主張しているのが、「イスラーム国」の機関誌の今週の巻頭言なのだ。つまり、この巻頭言の主張が事実かどうかはさておき、モザンビークで今後も「イスラーム国」が活発に活動するようならば問題の資源開発事業も影響を受けるということだ。となると、本邦とモザンビークとの関係も、国際場裏での外交ゲームのコマとしての発想だけでなく、もうちょっと地に足をつけた関わり方が必要となってくる。広報活動の場に現れる「イスラーム国 モザンビーク州」の構成員たちは、若く職歴も学歴も豊かではないように見える。これは、彼らの中に「イスラーム国」の信条や政治目的をよく理解し、それを実現するためならばどんなにリスクやコストが高くてもかまわないと考えている者は少数で、残りは所得や身の安全のような消極的な理由で、しかも「イスラーム国」の何たるかをよく理解しないで同派に加わっている者たちだということを示唆している。「イスラーム国」のような団体に加わることは、所得も職業も家族を含む社会的関係もすべて台無しにするくらいリスクとコストが高い行為なので、個人が「そんなリスクもコストも負担したくない」と思う程度に安定した生活や人間関係がある者は、少なくとも最末端の構成員として雇用されるようなことはしない。「テロ対策」で経済開発が論じられるのは、テロ組織に加わっても失うものがないと信じている者の数を減らすことを目指すからだ。このため、本邦とモザンビークとの関係でも、外交関係や経済的な事業を一過性に終わらせることなく、「失うのは惜しい」という何かを築けば、「イスラーム国」対策でも成果を上げることができるのではないだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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