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用水路事故対策に国の全額補助 でも対策はどの箇所から始まる?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
用水路にかけられた渡材木。渡るときに転落し浅くても溺れる事故が多発(筆者撮影)

 全国で、毎年70人前後が犠牲になる用水路水難。令和2年度予算が27日にも参議院で成立する見込みで、都道府県主導の事故対策に国の全額補助が盛り込まれることになります。でも、事故対策は誰が提案して、どこから始まるのでしょうか。総延長地球10周分の国内用水路。限られた予算ですから、事故対策はピンポイントでかつ効果的な内容で行われるはずです。

 筆者はNHK用水路事故対策班発足時から共同して、富山県から始まり全国へと、主要な用水路水難事故を調査してきました。その経験をもとに、危険箇所の炙り出しや効果的な事故対策に焦点を絞ってお話をしたいと思います。

【参考】こんな小さな用水路で、なぜ人は次々と溺れるのか?富山の用水路の現状から

【参考】防げ、用水路の水難事故 来年度から国が予算化を検討

事故対策提案の流れ

 ハード対策とソフト対策の費用が盛り込まれる予定です。事業は都道府県が主導するのですが、提案は用水路を管理している組合や自治会からされて、市町村を通じてまとめて都道府県に対策の申請を行うようになる想定です。ハードとしては、危険箇所に柵や蓋あるいは網がかけられるように提案します。ソフトとしては、何が危険か、誤って落ちてしまったらどうするか、あるいはどのような対策をすればよいか、といった講習会が開かれるように提案します。都道府県に事業申請される段階で、優先順位がつけられる見込みです。

危険箇所

 当然、過去に死亡事故や重傷事故が発生した箇所で対策が全くとられていないところから優先的に事業化されていくと考えられます。ただ、そのような危険箇所と同じ構造をもつ、あるいはもっと危険だと考えられるところはいくらでもあるわけで、そういったところに気が付く必要があります。カバー写真のように、おそらく江戸時代からあるいはもっと前からあまり変わっておらず、景色の一部と化している渡材木などは、他人から指摘されて初めて気が付く危険箇所だと言えます。

 図1は道路沿いの用水路の例です。簡易なコンクリート橋の対岸にあるのは民家や美容室です。車道の端と用水路の縁との間には人が歩くほどのスペースもありません。左側通行の自転車にとっても厳しい狭さです。

図1 道路沿いの用水路(筆者撮影)
図1 道路沿いの用水路(筆者撮影)

 図2も車道に沿った用水路です。斜面に草が生い茂ると草刈の作業が入ります。左上の男性の背丈と用水路の深さを比べてみてください。コンクリートの部分だけでも相当深いことがわかります。ここは落ちたら自力で這い上がることができません。

図2 背丈以上の深さがある用水路(筆者撮影)
図2 背丈以上の深さがある用水路(筆者撮影)

 図3は施工が追い付いていない例です。右側の歩道には白い柵が設置されています。ところが左側の車道には設置されていません。これが優先順位の例と言えます。通学路になっている歩道は最も優先順位が高くなり、その後の予算状況によって車道のガードレールを設置することになります。

図3 用水路の片方だけ施工が終わった事故対策(筆者撮影)
図3 用水路の片方だけ施工が終わった事故対策(筆者撮影)

 図4は車道に沿ってガードレールが設置されているのですが、橋までの10 mくらいには設置されていません。暗い夜で雨が降っていたりすると、ガードレールのないところが橋の入り口かと勘違いして車で侵入してしまいます。中途半端にガードレールがあっても車で川に突っ込んでしまう事故を誘発する例です。

図4 ガードレールが道路に沿って途中で切れている例(筆者撮影)
図4 ガードレールが道路に沿って途中で切れている例(筆者撮影)

ソフト対策と組み合わせる必要も

 図5はある小学校の校門のすぐ付近の様子です。田んぼの中にある小学校です。通学路には白い柵が整備されていて、通学路の安全は確保されています。ところがその柵の手前側には田んぼの間に網の目のように用水路が張り巡らされています。写真の奥は暗渠(あんきょ)になっていて、ここの中に流されてしまったら、発見・救助は難航を極めます。

図5 学校の通学路のすぐ近くにある暗渠(筆者撮影)
図5 学校の通学路のすぐ近くにある暗渠(筆者撮影)

 このような箇所は蓋を占めたとしても結局暗渠部分が長くなるだけで、やはり蓋のかかっていない箇所から落ちたらむしろ悪い状況を作ってしまいます。このような小学校では児童に対して、田んぼに入ってはいけないという注意をし、そして田んぼの入り口には立ち入り禁止の看板を設置するようなソフト対策を組み合わせる必要があります。

 図6はむしろ景観を大事にしている例かと思われます。道はカーブしているし、それほど広くはありません。この周辺では用水路に柵を掛けたり、蓋をしたりして安全対策が進んでいるので、対策を怠っているわけではなさそうです。もし柵や蓋の設置を避けたいということであれば、道路に反射板や蛍光板を張り付けて、夜間の降雨時の転落を防ぐような工夫もありえます。

図6 事故対策は景観とのバランスが必要(筆者撮影)
図6 事故対策は景観とのバランスが必要(筆者撮影)

 図7は立ち入り禁止看板をため池に設置した例です。柵がまったくないため池ですが、実は斜面に落ちた時に這い上がるための網がかけられています。こういう場所では大雨で洪水が発生するたびに設置した柵が破壊されてしまいます。そのたびに費用をかけて柵を設置しなおすよりは、転落したときに命が守られるようにしたほうが効果的な場合があります。ただ、このような対策をしたとすれば、「万が一のときに網を頼りに這い上がる方法」を説明した看板があるとさらに効果的です。

図7 看板で注意喚起するソフト対策(筆者撮影)
図7 看板で注意喚起するソフト対策(筆者撮影)

事故防止対策の効果はあるのか

 せっかくの施工を行ったとしても、事故防止に効果をもつのか、場所によってはもっと効果がある施工があるのではないか。限られた財源のなかで、住民も自治体も手探り状態と言えます。そういった疑問に専門的見地から答えることができるような組織づくりが始まっています。3月23日の朝放映されたNHKおはよう日本に一例が紹介されています。

【参考】用水路の転落防止対策 「水難学会」が企業と連携し専門組織(NHKニュースウエブ2020年3月23日 6時24分) 

 図8は用水路の両側に柵が設置されて安全性が高められた例です。はるか向こうまで白い柵が続いています。左右の住宅地との間を行き来するのはどうしているのでしょうか。安全性と利便性はつねにバランスを取らなければなりません。その両立をはかる技術はあるはずで、そういった情報が出されるような組織づくりが進んでいくものと思われます。

図8 用水路の両側に設置された柵。はるか向こうまで延びている(筆者撮影)
図8 用水路の両側に設置された柵。はるか向こうまで延びている(筆者撮影)

まとめ

 天の恵みを運ぶ約40万kmの用水路。この補助事業をきっかけに、バランスの取れた幅の広い対策が進むことが期待されます。国の補助を活用し、都道府県主体にハード、ソフト対策を事業化し、自治体と住民が力を合わせて、全国的課題として、より安全・安心な社会づくりができればと思います。今回、例として示した箇所を参考に、日頃の景色に紛れ込んでしまっている足元の危険を炙り出していただければ幸いです。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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