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星野源、藤井 風、米津玄師……。紅白で強く響いた「あなたへの歌」のメッセージ

柴那典音楽ジャーナリスト
(NHK「紅白歌合戦」公式ホームページより)

『第75回NHK紅白歌合戦』が開催された。

「あなたへの歌」をテーマにした今回の紅白から、特に印象深かった場面について書いていきたい。

■射抜くような鋭い目で「ばらばら」を歌った星野源の覚悟

大きなインパクトを残したのが、星野源「ばらばら」だった。

アコースティックギターを弾き始めるまで、数秒の沈黙。忙しない紅白の番組進行の中で、ふと時間が止まったような静かな時間が流れる。ピンと張り詰めた空気が漂う。原曲の「本物はあなた わたしは偽物」という歌詞を「本物はあなた わたしも本物」と変えて歌う。

射抜くような鋭い目でまっすぐにこちらを見据えながら、「ぼくらはひとつになれない そのままどこかにいこう」と歌った星野源。最後に「みなさん……よいお年を」と告げる。

思わず鳥肌が立った。息を呑むような時間だった。

当初、星野源の歌唱楽曲は「地獄でなぜ悪い」と発表されていた。

しかし同曲が園子温監督による同名映画の主題歌であり、園子温監督に性加害疑惑の報道があったことから、曲目発表後にはSNSで批判的な声が上がっていた。

それを受けて星野とNHKは歌唱曲を変更。星野源はオフィシャルサイトでその経緯をこう説明している。

楽曲「地獄でなぜ悪い」は星野源の曲です。

星野は2012年にくも膜下出血で倒れ、その闘病期に病院でこの楽曲の作詞をしました。詞の内容は、星野の個人的な経験・想いをもとに執筆されたものです。後述する映画のストーリーを音楽として表現したものではありません。星野源の中から生まれた、星野源の歌です。

一方で、すでにSNS等で指摘されているように、のちに性加害疑惑を報道された人物が監督した映画の主題歌であること、映画タイトルにある「地獄」というワードにヒントを得たこと、映画タイトルと同名の楽曲であることもまた事実です。この曲を紅白歌合戦の舞台で歌唱することが、二次加害にあたる可能性があるという一部の指摘について、私たちはその可能性を完全に否定することはできません。

今回の歌唱楽曲は「アーティストの闘病経験を経て生まれた楽曲で、いま苦しい時代を生きる方々を勇気づけてほしい」という、紅白制作チームからの熱意あるオファーを受けて選定された経緯があります。しかし、そのオファーの意図から離れ、真逆の影響を与えうるのであれば、それはオファーを受けた私たちの想いに反してしまいます。そのため、今回同曲を歌唱することを取りやめることにいたしました。私たちは、あらゆる性加害行為を容認しません。

https://www.hoshinogen.com/news/detail/?id=73

「ばらばら」は星野のデビューアルバム『ばかのうた』の1曲目に収録された曲。星野源のアーティストとしての原点にあるような曲だ。

14年前に書かれた曲ではあるが、「世界はひとつになれない」と歌うこの曲のメッセージは2024年の時代性を表すものとしてとても説得力があるように感じた。観た人もそれぞれ、さまざまな受け取り方をしただろう。

星野源の強い覚悟を感じた。

■NYから一発撮りで届けられた藤井 風のメッセージ

会場が最も盛り上がったのはB’zの登場だった。連続テレビ小説『おむすび』の主題歌「イルミネーション」に続けて、サプライズでNHKホールに登場。生演奏で「LOVE PHANTOM」と「ultra soul」を続けて披露し、司会の有吉弘行など出演陣も喝采。客席も総立ちになり、今年の紅白のハイライトになった瞬間だった。

そして、その興奮も冷めやらぬうちに、藤井 風がNYからの生中継で登場。歌いながらゆっくりとNYの街を歩く。その様子をカメラが追う。「何もないけれど全て差し出すよ」「手を放す 軽くなる 満ちてゆく」と歌いながら、歩いていた子供にマフラーを渡す。NYの街を照らす朝の光を眩しそうに浴び、最後に横たわった藤井に花が手向けられる。

演出を手掛けたのは映像作家の山田健人だ。山田は夏に行われたスタジアムライブ「Fujii Kaze Stadium Live “Feelin' Good”」の演出も担当している。与えること、手放すことで満たされるということを歌うこの曲。藤井 風の死生観やスピリチュアリティにも繋がる深い情感が、ドラマティックな映像で表現されていた。

■現実と虚構がクロスした『虎に翼』と「さよーならまたいつか!」

そして心に深く刻まれたのが、米津玄師「さよーならまたいつか!」の歌唱だった。

連続テレビ小説『虎に翼』主題歌のこの曲。この日はスピンオフドラマ『虎に翼』紅白特別編とのスペシャルコラボとしてパフォーマンスされた。

ドラマの舞台は昭和12年(1937年)の年の瀬。伊藤沙莉演じる『虎に翼』の主人公・猪爪寅子がこう語る。

「本当はこの年の瀬を家族や友達と穏やかに幸せに過ごしたいのに、でも心からそれを楽しむには、この世はあまりにも穏やかとも平和とも程遠くて」

「海の向こうでは戦争しているし、苦しい思いをするご婦人がたは山ほどいる」

その台詞に「あ、これは2024年のことだ」と思う。

そして寅子に「よねさん」と呼びかけられて米津玄師が登場。虚構と現実がクロスするような演出だ。舞台は『虎に翼』の中で東京地方裁判所のロケ地としても使われた名古屋市市政資料館。大階段をゆっくりと降りながら米津が歌う。

寅子や主要キャストがバックダンサーに加わり、歌い終えると米津と伊藤が並んでピースサイン。

次の100年こそは、そこで生きる誰もが取りこぼされずに済むような世になればいいと願っています。

歌唱にあたって米津はこうコメントしている。『虎に翼』ファンはもちろんのこと、たくさんの人たちに「次の100年」の未来に託すその思いが伝わったのではないだろうか。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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