「杉玉」とは何か
造り酒屋や小じゃれた居酒屋の軒先にタワシの親分みたいなボールがブラ下がっているのをよく見かける。あれは「杉玉(すぎだま)」といい、新酒が仕込まれたことを示す印らしい。最近、回転寿司のチェーンが同じ名前の店舗を密かに出して話題になった。
最初は鼓状だった杉玉
杉玉は、スギの穂先をボール状に束ね、切りそろえたもので、造り酒屋などの軒先に吊した。新酒の搾り始めと杉玉の色の変化によって酒の熟成度を知らせる役割をした。酒の神さま(西洋ではバッカス)への感謝を示すとされる。
商売をする店舗は、酒屋に限らず商いの内容を店先に高々と掲げ、どんな物を売っているのか容易にわかるようにした。一種の店頭広告だが、この杉玉の原型は江戸時代中期に編纂された『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ)という事典にもイラストとともに掲載されている。
この『和漢三才図会』というのは、詳細は不明ながら大坂の医師であった寺島良安という人物がまとめた百科事典だ。杉玉の原型はこの第三十二巻「家飾具」の項にある。
酒家の望子(酒望子)とはつまり幟であり、その多くはスギの葉を束ねて作る、と記されている。望子とは看板のことで『和漢三才図会』では、杉玉について形は鼓のようで酒の性たるスギを喜ぶのはスギ材を使って酒桶を作りスギの柿(こけら、削り屑)を酒の中に入れるということに通じる、とする。
寺島良安が編纂した『和漢三才図会』。スギの穂先を束ねて鼓状にしている。この解説によれば、売買専門の酒屋の看板となるが、造り酒屋でも単なる酒屋でも杉玉を吊していたようだ。「生諸白(きもろはく)」とは清酒のこと。Via:『和漢三才図会』第三十二巻より
杉玉は奈良県の三輪(大神、みわ)神社ゆかりの印という説もあり、短歌では旨酒(美酒、うまさけ)にかかる枕詞(まくらことば)が三輪、鈴鹿、餌香(えか、こうじ)となる。三輪神社は大和国の一宮であり、ご神体は三輪山(三諸山、みもろやま)だが、神域にスギの木があり、美味い酒を作るための象徴となっていたのであろう。
江戸中期の俳人で画家の与謝蕪村(1716〜1784)の書画に「杉酒屋画賛」というものがあり、『和漢三才図会』では鼓状になっていた杉玉の原型がすでにボール状に描かれている。杉鼓ならぬ杉玉は江戸期の間に急速に形を変えたのだろうか。
伊勢神宮の御料酒を供える白鷹の軒先にも杉玉が吊されている。写真:撮影筆者
アレルギー性食道炎の原因に
ところで、スギといえば花粉症だ。スギ花粉のアレルギー反応によって起きるアレルギー性の病気は多種多様なものがあるが、その一つにアレルギー性食道炎(好酸球性食道炎)というものがある。
喉に違和感を生じ、食べ物や飲み物が飲み込みにくくなる。嚥下障害などを引き起こし、慢性化すると患者の生活の質(QOL、Quality of Life)を損ねるため、適切な治療が望ましい病気だ。以前は珍しかったアレルギー性食道炎だが、検診の精度が上がり、また複数のアレルゲンによる影響(交差抗原)が考えられるなどし、世界的に増えているとされる(※1)。
このアレルギー性食道炎で、おそらく杉玉の作成によるスギ花粉が原因と考えられる症例(女性、65歳)も報告されている(※2)。症状が杉玉の作成後に現れたために関与を疑い、トマトとの交差抗原により悪化させた可能性が示唆されたという。
杉玉を作る人がそれほど多いとは思われないが、スギ花粉との関係でアレルギー性の病気を起こしたというのは現代的なように思う。最近になってアレルギー性食道炎が増えているようだが、現代人には思わぬところにアレルゲンが潜んでいるのかもしれない。
※1:Joan W. Chen, et al., "Eosinophilic esophagitis: update on management and controversies." the bmj, Vol.359, doi: https://doi.org/10.1136/bmj.j4482, 2017
※2:福岡惠子ら、「杉玉が発症に関与したと思われた好酸球性食道炎の1例」、日本消化器病学会雑誌、第112巻、第6号、1016-1022、2015