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シャープ、8Kテレビ発売の狙いはなにか 復活した創業者の理念「まねられる商品を」のDNA 

安井孝之Gemba Lab代表 フリー記者
シャープが発表した世界初の8K液晶テレビ(安井孝之撮影)

シャープは8月31日、世界初となる8K液晶テレビを日本(発売は今年12月)のほか中国(発売は今年10月)、台湾(発売は来年2月)、欧州(発売は来年3月)で売り出すと発表した。主要4地域で同時発表という力の入れようだ。世界の液晶市場を一気に8Kへと向かわせようとする戦略である。発売する8Kの解像度はフルハイビジョンの16倍、4Kの4倍で臨場感や奥行きを表現でき、肉眼では捉えきれないほどの細かな映像も再現できるという。大きさは70型で市場価格は約100万円(税別)の見込み。

だが他の日本メーカーは「8Kの開発はもちろん進めるが、8K市場が大きくなるのはまだ先だろう」とシャープの動きについては様子見の構え。確かに2012年に発売された4Kテレビは50型以上の市場でほぼ半数を占めるようになったが、各家庭に普及していると言える状況ではない。そんな状況の下で、なぜシャープは8K市場の創出に前のめりになっているのだろうか。

会見の冒頭で西山博一・取締役8Kエコシステム戦略推進室長が説明したのはシャープの歴史。シャープは1925年のラジオ放送開始時に国産初の鉱石ラジオ、1953年のテレビ放送開始時には国産第1号の白黒ブラウン管テレビをそれぞれ発売した。2016年に試験放送が始まり、18年に実用放送が始まる8Kでも業界を先駆けて、リードする狙いをアピールした。喜多村和洋・TVシステム事業本部副本部長も「まねされる商品をこれからもつくります」と語り、あえて先んじた商品を出すことを強調した。

「まねられる商品を」のDNA

「まねされる商品」。実はシャープ創業者、早川徳次さんが同社の研究者に常に話していたのが「他社がまねする商品をつくれ」だった。他社がまねてくれる商品は消費者が望んでいる良い商品だから、売れるはず、という戦略だった。元シャープ専務で研究開発の責任者だった佐々木正さんからもこんな話を聞いたことがある。早川徳次さんが1980年に亡くなる1か月ほど前に病室に呼ばれ、「これからもどんどん人にまねられる技術をつくってくださいね。それが頼みや」と早川さんは言いながら、佐々木さんの手を握った、という。8Kテレビの発表会はまさにシャープのDNAの復活宣言だったと言ってもいい。

シャープは「シャープペンシル」のように世界に先駆けた商品を次々に世に出してきた。当然、他社は追随し、パナソニックなど規模の大きな会社が取り組み始めると追い越された。追い越されても次にはまた新しい商品を出すという繰り返し。そこから市場は活性化し、シャープも大きく育っていった。

1998年、社長就任直後の町田勝彦社長(当時)が「2005年までにテレビをブラウン管から液晶に置き換える」と宣言し、業界の度肝を抜いた。ソニーやパナソニックなど上位メーカーに迫り、追い抜くための奇策だった。その後シャープは劣勢だったテレビ市場で見事に優位に立ち、主導権を握った。だが、主導権を握れば、逆に安定を目指し、製造ノウハウをブラックボックス化して「まねられる」ことを防ぐことに腐心した。

「攻めから守り」で苦境招く

「攻めから守り」に移っていくにつれ、シャープの苦境は深まった。鴻海精密工業(ホンハイ)の傘下に入り、経営再建中のシャープだが、ようやく「まねられてもいい」と攻めの一手を打てるところまで体力を取り戻したという見方もできる。だが、先んじて新しい市場に乗り出し、世界最大の電子機器受託製造(EMS)になったホンハイがシャープをせかした面もある。シャープ関係者は「ホンハイの郭台銘会長のスピード感はすごい。我々の想定よりもプロジェクトが常に前倒しで進んでいく」と話す。リスクと取って前に進み、主導権を握るというホンハイのDNAは本来、シャープが持っていたものと同じもの。ホンハイとの提携がシャープのDNAを呼び覚ましたと言えるだろう。

8Kテレビの発売の狙いは消費者向けのテレビ市場だけを見てはいない。8Kは「BtoB」商品としての期待が高いからだ。西山取締役は「医療分野や監視カメラなどのセキュリティー分野などでの活用が期待される」と指摘する。8Kテレビの発売には時期尚早だと見ているライバルメーカーも「医療分野などでは有力」という。

シャープは「8Kエコシステム」を早期に作りたいと考えている。単なるテレビのモニター画面として使うだけではなく、少ないカメラで広範囲に監視し、人が気づかないような微細な変化を検知するセキュリティーシステムや、内視鏡を使った手術で細かな患部の変化が見られるシステムなどにも8K市場が広がるという。8Kの映像情報は格段に情報量が多くなるので、ビッグデータの処理方法が鍵となり、伝送システムや解析システムなどを手掛けるメーカーとの連携も必要だ。

「8Kエコシステム」創造への挑戦

こうした「BtoB」市場はテレビなどのコンシューマー市場よりも利益率は高い。ただテレビのようにシャープだけで完結できる事業ではなく、国内外の企業との連携が不可欠な分野でもある。ホンハイの郭会長は世界最大のEMSのトップとして豊富な人的ネットワークを持っていると言われ、ホンハイのネットワークを駆使して、8Kの「BtoB」市場の早期の立ち上げを実現するという思惑がシャープにはある。

テレビ市場での8Kの将来像については、もちろん悲観的な見方がある。「家庭でテレビを見る限りは4Kで十分。8Kは必ずしも必要でない」という家電業界関係者は少なくない。消費者の立場から考えても、100万円という価格に見合う感動的な映像が本当に得られるのかどうかはわからない。

1990年代後半以降、日本のハイテク産業の輝きは失われ、アップルなどの米企業などが作り上げた商品、システムを後追いするパターンが多くなった。今回のシャープの8K戦略の成否を今の時点で占うのは時期尚早だが、新しいシステムをつくり、主導するという戦略に挑戦する意思は評価したい。

Gemba Lab代表 フリー記者

1957年兵庫県生まれ。早稲田大学理工学部卒、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年、朝日新聞社に入社。東京経済部、大阪経済部で自動車、流通、金融、財界、産業政策、財政などを取材した。東京経済部次長を経て、05年に編集委員。企業の経営問題や産業政策を担当し、経済面コラム「波聞風問」などを執筆。2017年4月、朝日新聞社を退職し、Gemba Lab株式会社設立、フリー記者に。日本記者クラブ会員、東洋大学非常勤講師。著書に「2035年『ガソリン車』消滅」(青春出版社)、「これからの優良企業」(PHP研究所)など。写真は村田和聡氏撮影。

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