好調・阪神タイガース、甲子園球場でのもうひとつの楽しみ―「イチオシ缶バッジ」
■甲子園名物?「イチオシ缶バッジ」の大行列
阪神タイガースが好調だ。7月末の甲子園6連戦は連日4万6千人を超えるファンが詰めかける大盛況だった。その盛り上がりは試合後も球場の外で続き、外周にあるミズノスクエアでは大行列がなかなか途絶えなかった。
その行列の正体は「イチオシ缶バッジ(1個300円)」の販売だ。その日に活躍した選手を一人ピックアップしてイラストで描き、バックに日付とコメントが配されたこの缶バッジは、勝った日のみ試合後に販売される。しかも“その日”に球場でしか買えないものなので、ファン心をくすぐる非常にレアな商品といえる。
このところの連勝で、この缶バッジを求める人の数は連日千人を超えるという。「ファンの方の喜ばれている笑顔を見ると報われます」と話すのは、阪神タイガース商品担当課長である阪本三千男氏だ。現在のこの形に落ち着くまでには紆余曲折があったという。
■「試合以外の楽しみ」も提供したい
そもそものスタートは昨年4月だった。「来てもらった人に試合以外でも楽しんでもらいたい。その日に売る物として何があるか」。グッズ製作をしている企業とともに膝を突き合わせ頭を捻った。そこで具体化したのがヒーローTシャツ、写真、そしてヒーロー缶バッジだった。“その日限定”という付加価値をつけるため、日付を入れて翌日に売り出すことにした。
ところが写真のウケはいまひとつ。Tシャツも限定10枚で売り出したが、プリントをする機械を持っているのが神戸の企業だったため、試合直後に間に合わせるよう運搬するには時間を要し、また3千円という価格は「勢いでは買えない」ということもわかり、販売終了となった。
そこで5月からは缶バッジ1本に絞り、勝った日の当日のみ販売することにしたのだが、当初は「1日に数十個ほど売れたらいいかな」という程度に考えていたそうだ。販売場所もショップの片隅で行っていた。ついでに他の商品にも手を伸ばしてくれたら…という計算もあった。
実はこの缶バッジ販売に当たっては、社内で反対意見も強くあったのだという。「ウチ(商品担当課)はファンサービスの部署ではなく販売。儲けないといけない部署。缶バッジに関しては費用対効果はないですからね」。人件費などの経費はかかるものの儲けは出ない。そればかりか試合展開によっては廃棄処分のロスも出る。そこで社内の反対派を説得するための策として、ショップの売り上げにつながるようにと考えたのだ。
ところが「数十個ほど」という予想に反して、作った150個が完売し阪本氏はじめ関係者を驚かせた。そして試合ごとに周知されるようになり、販売数も徐々に伸びていった。「このバッジを楽しみに来てるんや」「最初から買い続けてるから、もう止められないんです(笑)」など、多くの喜びの声も聞いた。認知が深まった9月には500個ほどがあっという間に売り切れるまでになった。
■時間との戦い。「ヒーロー缶バッジ」から「イチオシ缶バッジ」へ
「これは続けるべきだ」。そう確信した阪本氏は、今年も継続しようと力説した。「これは商品でできるファンサービスです!!」今後、何とか収益に繋がるよう工夫することも誓い、上司の許諾を得た。「目的と信念」を掲げる阪本氏の思いが届いた。
こうしてめでたく今年の缶バッジ販売がスタートした。購入者が増えたことにより、ショップの買い物客への配慮から、場所はミズノスクエア(一部、ショップアルプスでも)に変更した。
ところで“缶バッジファン”の方ならご存知だろう。当初は「ヒーロー缶バッジ」だったが、今年の5月下旬からは「イチオシ缶バッジ」とその名称を変えている。ここに缶バッジの、隠れた陰の苦労があるのだ。
基本はその日、その試合で活躍した選手を一人ピックアップする。試合中に球団広報と相談し決定するのだが、試合中盤までにワンサイドで決するような試合なら、試合終了までに余裕をもってたくさんの缶バッジを製作することが可能だ。ところがそんな試合ばかりではない。何度も展開が変わるシーソーゲームもあれば、膠着して延長戦に入ることもある。ホームだからサヨナラで決まる試合もある。そういうときは、なかなか決められない。「完封したピッチャーも作りたいけど、なかなか難しくて…」と阪本氏は頭を抱える。製作時間との兼ね合いで試合終了前からある程度の数を製作し始めなければならないので、そうなると「お立ち台に上がった選手」ではない場合もでてくる。
こんなことがあった。5月19日、原口文仁選手がプロ初のサヨナラ打を打ち、お立ち台に上がった。“缶バッジファン”の誰もが原口選手の缶バッジが買えると並んだが、実際に売り出されたのは金本知憲監督の缶バッジだった。この試合は3時間半を超え、終了後の時間にも猶予がなかった。「お近くの方ばかりじゃなく、遠方からの方もおられる。並ばれるお客様の電車の時間もありますし、試合終了後にそんなに長く行列を作るわけにはいかないんです」と苦肉の策が、ヒーロー・原口選手に代わる金本監督の缶バッジだったのだ。
「『ヒーロー』というと『お立ち台に上がった選手』と思われるんですよね…」。阪本氏も予想はしていたが、やはりクレームはあったという。そこで「ヒーロー」という言葉の使用は止め、その日に輝いた選手の中からピックアップするという「イチオシ」の名称に変更することとなったのだ。
「できるだけヒーロー(お立ち台に上がった選手)で作りたい」という思いでスタッフも製作時間の短縮に努力はしている。三塁側にある4台の機械をフル回転させ、できては運びを何往復も繰り返している。
手順はこうだ。最初のメドは七回頃、球団広報からその日のヒーローが知らされる。(ただし展開によっては変わることもあり、その場合は最初に作った分は廃棄処分になる。)三塁側のスタッフに指示を出すとそこで余白に入れる文言を考え、日付とともにレイアウトしてプリント、丸型にカットする。そして機械にセットして缶バッジに仕上げる。「かなり速くなって5分弱で50個はできるようになりましたよ」と阪本氏も得意顔だ。
その甲斐もあって「イチオシ缶バッジ」は広く知られるようになり、今では1日1000個以上が売れている。
■「商品でできるファンサービス」の追求
「商品でできるファンサービス」として、商品課は今年も様々な企画を展開している。先の「ウル虎の夏」ではレプリカユニフォームのプレゼントがあったが、それにお目当ての選手の名前と背番号の圧着をするサービスを行った。「ユニフォームが貰えるから」と来たライトなファンが、ユニフォームに選手前と背番号が入ることでコアなファンへ一歩近づく。
そのほか、参加費以上の景品が必ず当たるという抽選会も大盛況だった。「色々な企画をすることでファンの方の出足も早くなりますし、それが飲食やショップの売り上げにもつながります」(阪本氏)。実際「ウル虎の夏」の期間中、平日でも開門前から大勢の人が訪れ、試合後も缶バッジ売り場以外のショップでも人がなかなか引かなかった。
「『また来たい』と思ってもらえるように」。どうすれば一見さんがリピーターになってくれるのか。チームが勝つこと以外で商品課ができることは何か。「来たら何か楽しいことがある」―阪本氏はじめ商品課はこれからもそれを提供していくつもりだ。