北朝鮮の新型2段式長射程地対空ミサイルと他国ミサイルの比較
北朝鮮が10月1日に発表した新型地対空ミサイルは、発表された写真から2段式であることが分かります。そして公式発表の説明文にある「쌍타조종기술 (双舵制御技術)」という記述から、操舵翼の制御方式に特徴があることが分かります。
北朝鮮の言う「双舵制御」とは何を指すのか、詳しい説明が無いので幾つかの可能性を推定することになります。
- 第1段と第2段に1組みずつ操舵翼を搭載
- 第2段に2組みの操舵翼を搭載
- 1組みあたりの操舵翼が2枚のみ(第1段)
- 1組みあたりの操舵翼が2枚のみ(第2段)
思い付くだけで4通りの例が考えられます。これらの特徴に該当する外国製の対空ミサイルを紹介しながら、北朝鮮の新型がどれに近いのか比較していきたいと思います。
参考:SA-2ガイドライン地対空ミサイル
旧ソ連製SA-2ガイドライン地対空ミサイルは2段式で、翼は4組みある構成です。推進ロケットの数と翼の数は北朝鮮の新型と同じですが、機首先端のカナード(前翼)は小さく固定式で役割としては安定翼です。
このSA-2が「第1段と第2段に1組みずつ操舵翼を搭載」した構成です。操舵翼が合計2組みあるといっても同時制御するわけではなく、段を切り離したら操縦系統は交代していきます。
SA-2は1950年代から開発が始まり配備から60年以上が経過した古いミサイルです。操舵翼の制御方式はごく普通のもので、2020年代の新型ミサイルに搭載した新技術として喧伝するようなものとは考え難いでしょう。
なおSA-2の第1段に付いている翼は4枚中2枚が操舵翼で残り2枚は固定式となっています。ブースターである第1段の燃焼中はまだ敵空中目標とは距離がある想定になるので、この段階では細かい制御は必要ないと簡略化されています。
北朝鮮の言う双舵制御が2組みの操舵翼という意味ではなく2枚の操舵翼という意味なら、「1組みあたりの操舵翼が2枚のみ」として該当しますが、これは単に部品数を少なく簡略化してあるだけなので、おそらく違うでしょう。
北朝鮮はとっくの昔にSA-2を模倣生産済みと推定されているので、今新たに作った地対空ミサイルでまた改めて技術を習得したと表明するのは考え難いことです。北朝鮮は2021年10月1日の公式発表でこう述べています。
重要新技術の導入と言っている以上、北朝鮮の新型地対空ミサイルが古いSA-2ガイドラインと同じ技術という可能性は低そうです。
参考:03式中距離地対空誘導弾(初期型)
日本陸上自衛隊の03式中距離地対空誘導弾(03式中SAM)の初期型は操縦方式が「双翼操舵方式」と呼ばれているもので、操舵翼が2組み装備され同時制御して敵空中目標に向かい機動します。なお03式中SAMは1段式です。
03式中SAM初期型の双翼操舵方式は高い機動性を狙ったものでしたが、後の改良型(03式中SAM改)では採用されず一般的な安定翼+操舵翼の構成に変更されました。
もし北朝鮮の新型地対空ミサイルが「第2段に2組みの操舵翼を搭載」していた場合は2組みの操舵翼を同時制御することになるので、日本の03式中SAM初期型と操縦系統の構成は同じものです。
北朝鮮が新型地対空ミサイルで採用した重要新技術「쌍타조종기술 (双舵制御技術)」と、日本の03式中SAMの「双翼操舵方式」は、言葉が非常によく似ています。
なお2006年に03式中SAMの情報の一部が北朝鮮に漏れるスパイ事件が発覚していますが、漏れた情報の内容には操縦制御システムなど重要なものは入っていなかったというのが日本防衛省の見解です。
「将来SAM」関連情報の流出事案に関する報告のポイント:防衛省(2006年3月2日) ※漏れた資料は03式中SAM正式採用前の1995年作成なので計画名の将来SAMという名称。
しかし、本当に重要情報は漏れていなかったのでしょうか?
参考:RAM(ローリング・エアフレーム・ミサイル)
アメリカ軍のRIM-116 ”RAM”近接防空ミサイルは1段式で、名前の通り弾体が回転(ロール)しながら飛んで行くのが特徴です。前方に操舵翼1組みと後方に安定翼1組みを搭載する構成ですが、操舵翼は2枚しかありません。これは弾体が回転しているので適切なタイミングで制御すれば少ない操舵翼の枚数でも高い機動性を発揮できるという発想によるものです。
ただしRAMは改良型のブロック2(RIM-116C)で操舵翼が4枚に変更されています。
RAMのブロック0(RIM-116A)とブロック1(RIM-116B)は「1組みあたりの操舵翼が2枚のみ」に該当する構成ですが、RAMは小型ミサイルなので、大型の長射程地対空ミサイルである北朝鮮の新型が同じ誘導方式を持つとは少し考え難いと思われます。
参考:ダビデスリング地対空ミサイル(推定部分あり)
イスラエルのカウンターRAM(ロケット弾や迫撃砲弾を迎撃する防空兵器)、ダビデスリング地対空ミサイルは2段式で翼の枚数も北朝鮮の新型地対空ミサイルと同じです。
ダビデスリングはイスラエル軍が公式に発表している情報が少なく、多くの部分で推定になります。公式資料の記述や写真、動画を見る限り、「第2段に2組みの操舵翼を搭載」し同時制御する構成です。
つまりダビデスリングの第2段は03式中SAM初期型の双翼操舵方式と同じ方式です。
第1段の後端の翼はおそらく固定式の安定翼で、操縦を推力偏向ベーンで行う方式だろうと思います。
大きさや用途が北朝鮮の新型地対空ミサイルとは全く違いますが、翼の操縦系統の構成はかなりよく似ています。
北朝鮮のポンゲ5地対空ミサイル
従来の北朝鮮の長射程地対空ミサイル「ポンゲ5」は1段式の大型ミサイルです。ロシアのS-300防空システムの48N6ミサイルを模倣していて、ミサイル後端の操舵翼1組みだけで安定翼は無いシンプルな構成です。
北朝鮮の新型2段式長射程地対空ミサイルの推定
北朝鮮の新型2段式長射程地対空ミサイルは、機首先端のカナード(前翼)が大きく、固定式の安定翼ではなく動翼である操舵翼の可能性が高いと考えます。
第2段の後方の安定翼のさらに後方の翼は操舵翼でほぼ間違いないでしょう。
北朝鮮が新型地対空ミサイルで重要新技術「쌍타조종기술 (双舵制御技術)」を採用したと言っている以上、古いSA-2ガイドラインと同じ構成は有り得ないという前提に立つと、第2段の操縦系統の構成は上記のようになる可能性が高いと思われます。
第1段のブースターについては、操縦を推力偏向ベーンのみに頼る場合は安定翼の可能性もあります。ベーンが付いていなければ操縦翼になります。ただしコールドランチで発射されているために、速度が出ていない時の方向転換を推力偏向ベーンによって行っている可能性が高く、構成としては、
- 推力偏向ベーン+安定翼
- 推力偏向ベーン+操舵翼
このどちらかの可能性が高いでしょう。なお速度が出ていない時の方向転換をサイドスラスターで行っている可能性もあるので、その場合は推力偏向ベーン無しで操舵翼ということになります。
2021年10月13日追記:兵器展示会で公開
2021年10月11日から平壌で開幕した兵器展示会「自衛2021」で新型2段式長射程地対空ミサイルが登場しました。2段式は確定、またRAMのような2枚操舵ではないことも判明しました。
他国の地対空ミサイルでは03式中距離地対空誘導弾(初期型)およびダビデスリングが翼について近い特徴を持っていると思われます。ただし北朝鮮の新型とは大きさが全く違っています。
なお2発のミサイルが展示されていますが、ブースターの長さが違うのかもしれません。