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テニス選手の告発“封じ込め”の中国――「五輪に選手を送って安全といえるか?」懸念噴出

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
2008年の北京五輪に出場した彭帥さん(写真:ロイター/アフロ)

 中国の著名女子プロテニス選手、彭帥(Peng Shuai)さんをめぐる問題で、女子テニス協会(WTA)が中国からの撤退を決めるという強硬策に打って出た。テニス界のスターも相次いで支持を表明し、欧州連合(EU)でも中国に透明性のある調査を求める意見が出ている。セクハラ告発に「選手の人権問題」という観点も加わり、米国などによる北京冬季五輪ボイコットの動きに拍車をかけている。

◇WTAの判断にスター選手たちが支持

 WTAのスティーブ・サイモン最高経営責任者は、今月1日に発表した声明で「正直に言って、彭帥さんに自由な意思疎通が許されず、性的暴行の主張を否定するよう圧力をかけられているような状況で、選手たちに(中国で)競技をしてもらうよう、どうお願いすればよいかわからない」と述べ、香港を含む中国で開催を予定している大会を凍結すると打ち上げた。そのうえで「彭帥さんが安全である」という検証可能な証拠を要求した。

 米紙ニューヨーク・タイムズによると、サイモン氏は今月1日の英タイムズとのインタビューで「われわれは性的暴行に関する問題から逃げることはできない。もしそうすれば、われわれは世界に向けて、それがOKであり、重要ではないと言っていることになる」と発言している。

 WTAはこれまで中国で数多くの大会を開き、今後の長期的な契約も中国側と結んできたが、今回の撤退表明により、数年間で数億ドルという莫大な損失を被ることになる。だがサイモン氏は「中国政府の干渉を受けずに彭帥さんと話ができ、彼女の告発に対する完全な調査が実施されるまで女子テニスが中国に戻ることはないだろう」と強調している。

 WTAの決定を、大坂なおみさんやジョコビッチさんらのほか、ビリー・ジーン・キングさんやナブラチロワさん、マッケンローさんら、テニス界の幅広い世代のスターが支持し、彭帥さんが自由に発言できるよう訴えている。

◇「スポーツの政治利用」

 北京は2008年8月の夏季大会に続き、来年2月には冬季大会を開催し、夏冬ふたつの五輪を手掛ける初めての都市となる。それだけに彭帥さんの問題が五輪に大きな影響を与えないよう抑え込みに必死だ。

 この3週間、中国外務省は定例記者会見の場で、彭帥さんの問題をめぐり「外交問題とは関係ない」「悪意のある憶測」「スポーツの政治利用」などと批判的な立場を繰り返し主張してきた。ただ、この問題に関する外務省記者会見での質疑応答は公式記録には記されていない。

 また、香港の有力英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)によると、中国共産党の立場を代弁する国際情報紙「環球時報」の英語版は「(WTAが)大げさなショーを展開している」と批判している。ただ、こうした文章は、中国本土では禁止されているツイッターにしか投稿されておらず、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」では見つけ出すことができない。

 中国当局の発信はあくまでも国外向けであり、国内では彭帥さんの問題に関するニュースは遮断されたままだ。

 一方、国際オリンピック委員会(IOC)は北京五輪を控える立場から、中国に配慮する形で情報発信を続けている。今月1日に彭帥さんと再び連絡を取り、その翌日には「われわれは彼女に幅広い支援を提供し、定期的に連絡を取り合い、来年1月に個人的に会うことで既に合意している」と表明している。

◇五輪ボイコットに「新たな論拠」

 この問題に関連して、EUのナビラ・マスラリ報道官は先月29日、SCMPの取材に「信頼できる情報を求める声は正当なもので、今も続いている。われわれは中国政府に対し、彭帥さんの健康状態と所在について、独立した検証可能な証拠を提供するよう求める」と訴えた。

 中国国営メディアによって矢継ぎ早に公開された彭帥さんの映像や写真が「強要されて、提供されたもの」という懸念が強まるなか、EUも米国と同様、検証可能な証拠の提供を求めたのだ。

 中国問題に詳しいドイツ出身の欧州議会議員はSCMPの取材に「今回の事件は、当局の思惑次第で、強制的かつ無作為に人々を失踪させるという、中国の大規模な慣行を浮き彫りにしている」と非難する。国連も何年も前から中国に対して「指定された場所での居住監視」という慣行は人権侵害にあたり、やめるべきだと要求しているという。同議員はまた次のようにも指摘している。

「彭帥さんに対する人権侵害により、中国当局は、欧州議会が既に呼びかけている北京五輪の外交的ボイコットを支持するための新たな論拠を加えたことになる」

 SCMPによると、米共和党のコットンとブラックバーンの両上院議員は先週、米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)に書簡を提出し、米国選手を中国に派遣しないよう求めた。その中で「中国政府が反対意見を封じ込めようとしていることを憂慮すべきだ」と述べ、北京に派遣される自国選手の安全を保証するための力が、果たしてUSOPCにあるのかという点に懸念を示している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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