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人類の半分にリスクが〜「近視」の原因に新研究

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 近視(近眼)は一種の現代病と考えられ、近代化が進んでいる地域で小児幼児から思春期の子どもに近視が増える傾向があり、特に東アジア諸国で顕著だ(※1)。また、英国などでも増えつつあると報告(※2)されているが、はっきりとわからなかった近視の原因について新たな研究が加わった。

世界人口の半分が近視に

 日本眼科学会によれば、病的なものを除いた近視とは「(水晶体の厚みを変える)調節力を働かせない状態で、平行光線が網膜より前に焦点を結んでしまう状態(※3)」という。ピントが合わないため遠くが見えにくくなり、近くを見るときははっきりと見え、メガネやコンタクトレンズ(凹レンズ)でピントを網膜に合わせて矯正するなどして遠くのものを見えやすくする。

 一種のレンズの度数であるディオプトリー(D、Dioptrie、※4)で-0.5Dからが近視とされる。1979〜2010年の間に近視の子どもの割合は、日本の小学生で約3倍(2.7%→7.6%)、中学生で約1.7倍(13.1%→22.3%)に増えているようだが、高校生はやや少なくなっている(26.3%→25.9%)。世界的に近視の人は増え続けており、2050年までの間に世界人口の約半数の50億人が近視になるという推計もある(※5)。

 小さい頃に暗い場所で読書をすると近眼になるなどと親に言われた人も多いだろうが、これまでの研究から遺伝的な要因と環境因子が近視の主な原因であろうことはわかっている。

 だが、詳しい原因はあまりよくわかっていない。学歴と関連づけられたり、最近では認知機能の高さと関連する遺伝子領域を持っている人は近視になりがちという研究論文も出された(※6)。

 遺伝子の場合、人間の近視には今のところ24の遺伝子領域が関係しているようだ。いずれかの遺伝子が機能不全になったり欠損していたりすると特定のタンパク質が不足したり作れなくなったりし、それぞれが複雑に影響し合った結果、近視になりやすくなるのではないかと考えられている。

 だが、これら遺伝子を制御したり影響を受けたりする関連遺伝子がさらに数百もあると考えられ、近視になるメカニズムを秘めた遺伝子群(Missing Heritability)の相互構造がわからなければ遺伝的な原因を探るのはなかなか難しい。

 双子の研究などから、近視になるのは遺伝的要因が強いという説が以前から提唱されてきたが、学歴や学習時間が遺伝子に強く影響されているわけではない。

 環境に原因を探ろうとしても子どもを使った近視の実験が倫理的にできるはずもなく、成長してから近視群とそうでない群を分け、集団ごとの過去の環境を細かく探っていく疫学的なアプローチしか方法がない。

 子どもの近視と環境との関係では、これまでの研究から、屋外での活動時間の違い、栄養(ビタミンDなど)の影響、目の近くでの読書や携帯端末やパソコンなどの見過ぎ、出産後に浴びた光の量(季節)の違い、兄弟姉妹の数と生まれた順番、母親の年齢、親(特に母親)の喫煙の有無といった原因が考えられてきた(※7)。

やはり環境に原因が

 こうした近視の原因探究に新たな研究が加えられ、英国の医学雑誌『BMJ』に発表された(※8)。

 英国のブリストル大学などの研究グループによるコホート(集団)研究で、2006〜2010年に英国のバイオバンクに遺伝子情報を登録している50万2664人(40〜69歳)の中から遺伝子領域の違い(※9)によりアンケートに回答した参加者6万9798人を抽出し、正規就学期間(教育を受けた年数)などとの関係を調べた。

 アンケートの内容は、過去の教育程度や勉強に費やした時間、専門的な資格などを含んでいる。その後、参加者には眼科の診断で視力の検査を受けてもらった。

 近視に関係した環境要因は多く、そのすべてがバイアスや誤解(交絡)となるので正確な疫学情報を得ることができない。そのため、この研究グループは遺伝子の多型(※10)によりランダム(無作為)化比較試験(RCT)に準じる精度でテストできるメンデリアン・ランダム化試験(Mendelian Randomization、MR、※11)という方法を使っている。

 使用したのは、近視に関連した44の遺伝子変異(アウトカムは教育期間の長短)、そして教育の長さと関連した69の遺伝子変異(アウトカムは近視の度合い)だったという。

 両親のどちらかが近視だった場合、近視になりやすいとされるが、この研究グループの研究者は、最近になって近視の子どもが急増したことと1世代や2世代で現れてくる遺伝的な原因との関係は考えにくく、遺伝子以外の環境要因に注目する必要があると主張する。確かに狩猟採集社会で近視は明らかに不利な表現型なので、社会の生活変化による環境要因のほうが強いと考えたほうが自然だ。

 この研究では、参加者のアンケートによる教育程度や専門資格などとバイオバンクの情報から得た遺伝子領域の関係を調べたという。実際により多くの時間を教育に費やしてきた人が持つ遺伝子領域を評価し、近視のリスクを調べれば、教育機関と近視との関係を見極めることができるのではないかと考えた。

 研究グループが両者を分析した結果、これまでいわれてきたように教育に費やす時間が増えるほど近視になるリスクが高くなることがわかった。1年間、勉強を続けると1年ごとに-0.27D(ディオプトリー)ずつ近視が進むことが示唆され、大学卒業程度の教育期間を経た人と16歳で学業を終えた人を比べた場合、前者のほうが少なくとも-1Dも度数が進んでしまう可能性があるという。

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英国のバイオバンクのデータによる、近視の進み具合(ディオプトリー、Dioptrie、-0.5Dで近視とされる)と正規就学期間の終了年齢の関係。Via:Edward Mountjoy, et al., "Education and myopia: assessing the direction of causality by mendelian randomization." BMJ, 2018

 だが、研究グループの研究者は、今回の手法(メンデリアン・ランダム化試験)では、近視の原因が環境要因だということがわかるだけで、教育の時間がどの程度、近視や近視の進行に影響を与えるのかはわからないという。

 これまでの研究(※12)や東アジアで急増する近視の子どもの数を勘案すれば、教育に費やす時間、つまり勉強している時間の増加はすなわち屋外で過ごす時間の減少であり、それが近視を引き起こしている直接の原因ではないかという。

 明るい教室でも500ルクスしかなく、12万ルクスもある屋外とは比較にならないほど暗い。ならば、明るい屋外で勉強すればいいのだろうが、天候も季節もあり物理的に難しそうだ。教室や勉強部屋の明るさを屋外並に上げるのも非現実的だろう。

 子どもの時期は、なるべく家の中にいないで外へ出て遊んだりスポーツしたりする、というのが最も簡単な予防法のようだ。

※1:Alicja R. Rudnicka, et al., "Global variations and time trends in the prevalence of childhood myopia, a systematic review and quantitative meta-analysis: implications for aetiology and early prevention." British Journal of Ophthalmology, Vol.100, No.7, 2016

※2:Sara J. McCullough, et al., "Six Year Refractive Change among White Children and Young Adults: Evidence for Significant Increase in Myopia among White UK Children." PLOS ONE, DOI:10.1371/journal.pone.0146332, 2016

※3:日本眼科学会:「近視眼」(2018/06/10アクセス)

※4:ディオプトリー:-0.25〜-3.00は軽い近視、-3.25〜-6.00は中程度、-6.25〜-10.00は重度の近視、-10.25以上が極度の近視とされる

※5:Brien A. Holden, et al., "Global Prevalence of Myopia and High Myopia and Temporal Trends from 2000 through 2050." American Academy of Ophthalmology, Vol.123, Issue5, 1036-1042, 2016

※6:Gail Davies, et al., "Study of 300,486 individuals identifies 148 independent genetic loci influencing general cognitive function." nature COMMUNICATIONS, doi:10.1038 / s41467-018-04362-x, 2018

※7:Dharani Ramamurthy, et al., "A review of environmental risk factors for myopia during early life, childhood and adolescence." Clinical and Experimental Optometry, Vol.98, 497-506, 2015

※8:Edward Mountjoy, et al., "Education and myopia: assessing the direction of causality by mendelian randomization." BMJ, Vol.361, k2022, doi.org/10.1136/bmj.k2022, 2018

※9-1:2つのコホート研究:genome-wide association study(GWA study、GWAS):23andMe、Social Science Genetic Association Consortium(SSGAC)

※9-2:遺伝子領域の違い:the BiLEVE Axiom array(Affymetrix, High Wycombe, UK)、the Biobank Axiom array(Affymetrix)から抽出

※10:遺伝子の多型:我々の遺伝情報であるゲノムの塩基配列の中には一塩基が変異した多様性があり、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる場合に一塩基多型(SNP、Single-nucleotide polymorphisms、SNPs)という。この遺伝子の多型(SNP)は1000万以上あり、我々には50万〜100万ほどのSNP遺伝子型があると考えられている

※11:メンデリアン・ランダム化試験:無作為抽出でランダム化できない場合でも遺伝子情報があれば可能な手法で、交絡(Confounding、一種のバイアス)を排除するために使われる。ある遺伝的変異が結果(アウトカム)に影響を与える交絡と関連しないと考えられ、なおかつその遺伝的変異が結果に影響を与えるリスク要因に関連していると考えられている場合、その遺伝的変異はリスク要因を経て、なおかつ交絡を排除して知りたい結果(アウトカム)がわかるとする

※12-1:Kathryn A. Rose, et al., "Outdoor Activity Reduces the Prevalence of Myopia in Children." The American Academy of Ophthalmology, Vol.115, No.8, 2008

※12-2:P J. Foster, et al., "Epidemiology of myopia." Eye, Vol.28, 202-208, 2014

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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