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蔡英文総統の地震日本語ツイートが大反響、日台で共感広げる相手言語のパブリック・ディプロマシー

野嶋剛ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授
日本の地震への救援隊派遣の準備完了を伝える台湾のメディア

地震直後の発信に11万件のいいね

今週発生した福島県沖の地震に対して、台湾の蔡英文総統が発信した日本語のツイートが、大きな反響を呼んでいる。

「東北地方を中心に、日本がまた大きな地震に襲われたと聞き心を痛めています。被害が最低限にとどまるように祈っています。台湾はいつも日本の皆さんと一緒です。支援が必要であればいつでも言ってください。」

19日午前時点でリツイートは1万7千回。「いいね」は11万件に達している。ニュースとしても報じられた。特筆すべきは発信の素早さ。16日深夜の地震発生に対して、17日朝にもうツイートが行なわれている。

蔡英文総統の日本語発信が話題になるのは今回が初めてではない。3月11日の東日本大震災11周年のときにも「台湾と日本は心から相手を思いやることができる本当の友人同士です!」と発信していた。

外交なき関係を「言葉」で補う

直接の国交がない日本と台湾では政府間の首脳会談などが行なうことができない。台湾側には、こうした日本語発信によって、日本との関係強化に役立てたい、という考えがある。同時に、台湾には「困難な時に真の友情(患難見真情)」という言葉があり、困難な時にこそ友人ならば役立つべきだとの気持ちもこめられているところが、日本社会を感動させているようだ。

正式な政府間同士の外交ルートによる伝統的外交とは別に、こうして直接相手にメッセージを届ける方法はパブリック・ディプロマシーと呼ばれる。

外務省は、パブリック・ディプロマシーを「広報文化外交」と呼び、その定義を同省HPで『「パブリック・ディプロマシー」とは,伝統的な政府対政府の外交とは異なり,広報や文化交流を通じて,民間とも連携しながら,外国の国民や世論に直接働きかける外交活動』と定義している。

グローバル化とSNSの進化によって、パブリック・ディプロマシーの重要性が高まっていることは誰もが認めるところだ。

同HPでも『政府として日本の外交政策やその背景にある考え方を自国民のみならず,各国の国民に説明し,理解を得る必要性が増してきています』と述べる。

首相官邸が繁体字発信を開始

ただ、言うは易く、行うは難しで、外国語で相手国にメッセージを伝えるには、ネイティブ並みの言語能力を持つ人材やSNSの性質を知悉しなければならず、お堅い行政機関としては苦手な分野になる。

どの国でも必ずしもうまくできているわけではなく、日本も例外ではなかったが、日本政府も最近は次第に外国語発信に力を入れるようになった。そのなかで、台湾で使用する繁体字中国語の発信も活発になっている。

岸田首相官邸のHPでは、今年1月、首相による旧正月の新春挨拶を繁体字で行なった。過去、首相の新春挨拶は大陸中国が使用する簡体字中国語のメッセージを載せていたが、世界を見渡せば、台湾、香港、各国の華人・華僑など膨大な数の人々によって繁体字が使用されている。

官邸側で特に念頭に置いていたとみられるのが、日本と同じ民主主義を掲げる台湾の世論への働きかけだった。そして、その効果は想像以上だった。

台湾のメディアは軒並み、その繁体字発信を取り上げ、「初めての繁体字発信は、日本の台湾への重視の表れ」と読み解いた報道を行なった。

実際に台湾重視とは官邸は明言していないが、現地で注目されることで繁体字発信がパブリック・ディプロマシーに効果を生んだことは明らかだった。

3月10日にも、ウクライナ情勢について、日本政府がロシアに対して行なった制裁措置やウクライナへの支援などを列挙した「日本與烏克蘭同在(日本はウクライナと共にあります)」を繁体字で発信した。

繁体字によるウクライナ問題への説明を掲載した首相官邸HP
繁体字によるウクライナ問題への説明を掲載した首相官邸HP

これも台湾メディアに相次いで取り上げられ、筆者も台湾メディアから「なぜ繁体字で発信するのか」と取材や問い合わせを受けた。

日本にとっても、中国の軍事的拡張や威嚇に対抗する民主主義陣営として、台湾と一致できることは外交的にも意味が大きく、中国の冒険的行動を抑止する効果も生まれる。

台湾に対して米国は武器供与を行い、日本と米国は同盟関係にある。日米台がウクライナ問題についてロシアに厳しい共同行動を取っていると言葉の上でも示すことは、将来の台湾有事のリスクを減らす意味があるのだ。

一方、東京都の小池知事は、この3月、新型コロナ対策について、台湾のローカル言語である台湾語の動画を配信し、台湾では大きな話題になった。

台湾語は発音が難しく、小池知事の言葉もたどたどしいものではあったが、台湾の人々には「一生懸命我々の言葉で伝えようとしてくれて温かみがある」などと好意的に受け止められている。

SNSでは、言葉のスキルよりも、発信の「熱意」が尊ばれるのも特徴である。

小池東京都知事によるコロナ対策の台湾語による説明

震災めぐる「善意の連鎖」

こうした相手言語による情報発信が日本と台湾との間で効果を発揮する背後には「善意の連鎖」とも呼べる相互支援の流れがある。東日本大震災のとき、台湾は日本に対して現レート換算で250億円の巨額の義援金を送って日本を驚かせた。

そのころから、お互いの震災や火災などに対して、他国に率先して支援を呼びかけることが続いてきた。それは以下の通りだ。

 2016年2月 台南地震/日本から支援物資が大量に送られる

 2016年4月 熊本地震/台湾の国民党政権や民進党から義援金が送られる

 2018年2月 台湾・花蓮の地震/日本から救援チームを派遣

今回の日本の地震でも、台湾で嘉義市など複数の都市から緊急救援隊の派遣が準備され、「必要ならばいつでも日本に向かう」という姿勢が示された。

実際には被害の性質から支援が必要とされないケースはあるが、蔡英文総統のように、リーダー自らが「心配している。大丈夫でしょうか」と相手の言葉で声をかけるパブリック・ディプロマシーが、こうした「善意の連鎖」の歴史と相乗効果を起こして現在の日台関係を盛り上げている。

蔡英文総統の地震へのツイートに対し、岸田首相が繁体字のツイートで「感謝台湾!」と短くでも応えていたら波及効果はさらに大きくなったはず。今後の課題としてぜひ日本政府には検討してもらえたらと思う。

ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。朝日新聞入社後、政治部、シンガポール支局長、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港や東南アジアの問題を中心に、各メディアで活発な執筆、言論活動を行っている。著書に『ふたつの故宮博物院』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。最新刊は12月13日発売の『台湾の本音 台湾を”基礎”から理解する』(平凡社新書)』。

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