「ノルウェーサバが獲りすぎで国際認証停止」の背景
2018年のノルウェー漁業は絶好調で、最高の一年でした。今年も勢いは続いており、2019年の1月の輸出金額は昨年比で13%も増えています。
https://www.undercurrentnews.com/2019/02/06/norway-kicks-off-2019-with-new-record-month/
とはいえ、全てが順調というわけではありません。今日は、「ノルウェーサバが獲りすぎで国際認証停止」というニュースについて解説をします。
水産エコラベルは、水産資源が持続的に利用されているかどうかを示すものです。数ある水産エコラベルの中で、世界中で最も信頼されてるのがMSC(Marine Stewardship Council)です。このMSC がノルウェーサバの認証を停止した背景について整理します。
ノルウェーサバ(大西洋サバ)は国際資源
日本ではノルウェーサバとして知られていますが、正式名称は大西洋サバです。大西洋サバは、図1のように、スペインからノルウェー北部まで、広域に分布しています。この資源を漁獲しているのは、ベルギー、デンマーク、エストニア、フェロー、フランス、ドイツ、グリーンランド、アイスランド、アイルランド、ラトビア、リトアニア、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スペイン、スウェーデン、英国、ロシアなどの国です。ノルウェーだけが利用しているわけではありません。
欧州では、ICESという研究者のコミュニティが、水産資源の評価を行って、漁獲枠を勧告しています。ICESのサバの資源評価結果は、こちらからダウンロードできます。
かつては、ICESが勧告した漁獲枠をEU、ノルウェー、ロシアで配分して、大西洋サバを共同で管理していました。温暖化の影響と見られているのですが、2005年頃からサバの分布が北に広がって、これまでサバを漁獲していなかったフェロー諸島やアイスランドが、サバ漁業に参入しました。
アイスランドとフェロー諸島が、サバの漁獲枠を要求したのですが、ノルウェーがこれに反対をしました。談判決裂し、漁獲枠の国際的な合意形成ができなくなりました。アイスランドとフェロー諸島は、一方的に自国にサバの漁獲枠を設定して漁獲を拡大していきます。これに対抗してノルウェーも独自の漁獲枠を設定することになり、「サバ戦争」とも呼ばれるような対立構図に陥ってしまったのです。各国が自国に有利な配分ルールに基づいて漁獲枠を設定したために、漁獲枠の総量が科学的な勧告を上回るという事態が現在まで続いています。
科学的な勧告を無視した漁獲によって、大西洋サバがすぐに減ったのかというとそうではありません。下の図が大西洋サバの産卵親漁量(SSB)の推定値です。卵の生き残りが良好だったこともあり、大西洋サバ資源は2006年から右肩上がりで増加し、2011年にはほぼ倍の水準に達しました。その後、卵の生き残りが平年並みに下がったことから、資源が減少に転じています。
魚は減りすぎると親が少なくなって増加力が低下します。逆に、魚が増えすぎても、餌が不足したり、成長が遅れたりして、増加力が損なわれていきます。資源の増加力が一番高くなる水準がBMSYと呼ばれています。資源量をBMSY付近に維持して、増えた分だけ漁獲をすると、持続的に最大の漁獲量を得ることが出来ます。これがMSY(Maximum Sustainable Yield)という考え方です。この図では、オレンジの線(MSY Btrigger)がMSY状態を維持するために下回ってはならない資源量です。現在の産卵親漁量はオレンジの線を少し下回っているので、漁獲にブレーキをかけて、更なる減少を食い止めるべき局面です。
下図が漁獲死亡係数(漁獲率みたいなもの)です。2012年までは、資源の増加に伴って漁獲圧が減少していましたが、現在は上昇傾向にあります。オレンジの線がMSYを維持できる漁獲死亡係数(0.21)なのですが、これを大きく上回っています。資源を回復させるために、漁獲死亡をオレンジの線よりも低い水準に抑えたいところです。ところが、今回も漁獲枠の国際合意に達することが出来ずに、各国が勝手に過剰な漁獲枠を設定するという状況が続いています。
乱獲への警笛となるMSC認証一時停止
ここ数年、ICESの勧告する漁獲割当に対する沿岸国の合意が得られなかったため、漁獲圧が科学的勧告を上まわり続けてきました。しかし、資源量がMSYを実現できる健全な状態であったために、持続性に問題が無いとして、審査機関はMSC認証を与えてきました。去年から、漁獲にブレーキをかけないといけない局面に入ったにもかかわらず、漁獲努力量が依然として科学的勧告を上回っているために、今年の1月31日から大西洋サバの認証を停止することになりました。
認証停止となった漁業は以下のことを示す行動計画を立てるまでに90日間の猶予が与えられます。
1. 沿岸国が合意した資源の回復計画
2. 科学的勧告に基づく漁獲量を超えない範囲での漁獲割り当てに係る沿岸国の合意に向けた漁業側からの働きかけ
これらの行動計画を立てた後、科学的勧告に則った漁獲枠設定などの適切な対応がとられた場合には認証停止が解除されます。2021年5月9日までに、十分な対策が講じられない場合は、認証の取り消しになります。
欧米の量販店の多くは調達方針としてMSCを採用しています。MSC認証を失うと、多くのビジネスチャンスを失うので、漁業にとって大きな痛手です。アイスランドもノルウェーも、落とし所を探る交渉を余儀なくされるでしょう。どちらも、自国のEEZ内での資源管理のノウハウがある国ですので、対応策がとられる可能性が高いと筆者は考えます。
この事例から何がわかること
1)複数国にまたがる資源の管理は難しい
漁業者・加工業者は、より多くの漁獲枠を求めます。各国は自国の利益を求めて国際交渉をします。なので、国際政治の世界では折り合いがつかずに、水産資源の持続的利用が難しくなる構図があります。アイスランドもノルウェーも自国のEEZの漁業は管理できていて、資源管理が利益を生むことはよくわかっているはずです。それでも国際的な合意形成に失敗しました。この問題を困難にしているのが、分布の拡大によるアイスランドとフェロー諸島の新規参入です。漁獲実績が無い国にとって、伝統的漁業国が行っている過去の漁獲実績ベースの配分に合意するメリットはないので、国際的な対立を招きチキンレースになってしまいました。日本近海でも、サンマで同じような事が起こっています。
2)MSCは水産エコラベルの社会的役割を果たしている
では、ノルウェーサバが乱獲で消滅するかというと、そうではありません。資源水準は現在でもBMSYに近い水準なので、これから漁獲にブレーキを踏めば十分間に合います。マーケットに強い力を持つMSCが早い段階でダメ出しをしたことによって、早期に事態の収拾が図られる可能性が高まってきました。
欧州では、持続可能な漁業を目的とするNGOが、無責任な政治に待ったをかけているというのは興味深い構図です。今後、各国政府が何らかの妥協をして、漁獲枠を科学者の勧告まで下げることができるかどうかに注目したいとおもいます。
3)資源評価の独立性が重要
漁業者および各国政府は、より多くの漁獲枠を求めます。資源評価には、いろいろな形の政治的圧力がかかってきます。研究者が政治的な圧力に屈して、漁獲枠を水増ししてしまうと、長い目で見れば資源の減少や漁業の衰退を招きます。
ICESは歴史を持つ研究者の独立コミュニティであり、特定国の政府が圧力をかけるのがほぼ不可能です。政治や業界の圧力から独立した科学者コミュニティが存在するので、欧州の資源評価は一貫して厳格な勧告をすることが可能です。
ICESの勧告を無視したにもかかわらず、2006年からサバが急増したときには、「資源評価が保守的すぎるのではないか」と業界から疑問の声も上がりました。研究者はひるまずに一貫して厳しい勧告を続けて、結果として、今回のように早いタイミングで漁獲にブレーキをかける世論が形成されつつあるのです。
日本と欧州の科学者の勧告の比較
今回の事例は日本にとっても参考にすべき点が大いにあります。日本では、水産庁からの委託事業で、水産庁の天下りが理事を務める独立行政法人が資源評価をしています。人事と予算を水産庁が握っているので、資源評価の独立性は期待できません。その結果、どうなるのか。実際に日本と欧州の科学的な勧告の内容を比較してみましょう。
下の図は、大西洋サバと日本のマサバ(太平洋系群)を比較したものです。オレンジの棒は漁獲規制の目標となる水準を示しています。日本のサバのBMSYは、183万トンと推定されています。大西洋サバのMSYBtriggerは257万トンです。これらの数値は一概に比較はできませんが、日本のサバはBMSYの半分以下なので資源回復が必要な水準です。親魚の量は欧州が235.3万トンに対して、日本は90.6万トンと半分以下です。この状況で、日本の科学者が勧告した漁獲枠は、104.9万トンと欧州の3倍以上です。日本では産卵親魚量を超える漁獲枠が慢性的に設定されている結果として、未成魚を中心の漁獲が続いています。大西洋サバの勧告された漁獲枠と比較してみると、日本の漁獲枠設定の甘さが良くわかります。これが独立性のない資源評価の弊害です。
70年ぶりに漁業法が改正されて、日本でも行政による漁獲規制が強化されるのですが、業界目線で過剰な漁獲枠を設定する資源評価のあり方が変わらない限り、水産資源の持続的利用には繋がらないでしょう。日本でも水産エコラベルが徐々に普及し始めていますが、小売店の多くは依然として「安ければ良い」という調達方針です。日本のNGOが脆弱なこともあり、持続的な漁業を求める世論は高まりません。マスメディアにしても、「規制で魚が高くなる」などと、消費者を脅しているような状況です。水産資源の持続的利用には、法改正のみならず、資源評価の独立性と、NGOと小売店が連携して持続的水産物を応援する仕組みの構築が急務です。
サバの値段はどうなるの?
最後にノルウェーサバの値段についても考察します。ノルウェーサバの価格は間違いなく高くなります。というか、既に高くなっています。昨年、ノルウェーのサバが不漁だという報道がありました。
関係者にオフレコで話を聞いたところ、天気は関係ないようです。ノルウェーの漁船は荒天を前提に設計されているので、何ヶ月も船を出せないことなどあり得ないということです。ではなぜ漁獲が遅れたというと、意図的な価格のつり上げとのことでした。
科学者から厳しい勧告がでていることや資源水準がBMSYを下回ったことを、ノルウェーの漁業者は熟知しています。今後の漁獲量削減が濃厚になれば、在庫確保のためにサバの相場は上がっていきます。ノルウェーの漁業者にしてみれば、漁獲を遅らせればそれだけ、値段が上がって利益が出るというわけです。蓋を開けてみたらどうなったかというと、漁獲枠が189482トンに対して、最終的な漁獲量は187045トン。消化率は98.71%でした。ノルウェーの漁業者はしたたかですね。