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「新型コロナ拡大」は北朝鮮に核実験を思いとどまらせるか

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
政治局会議でうなだれているように見える太炯哲書記(朝鮮中央テレビより)

 北朝鮮は2年3カ月にわたって一貫して強調してきた「わが国には1人の新型コロナウイルスの感染者もいない」という主張から転換し、ついに感染者の存在を認めた。これを機に北朝鮮はワクチン受け入れに舵を切るのか。新型コロナ蔓延が核実験に向けたプロセスを揺るがすのか。国際社会が注目している。

◇映像から見える会議の内容

 朝鮮中央テレビの報道を整理すると、今月8日の段階で、防疫当局が平壌市民から採取した検体の遺伝子配列を分析した結果、当該市民が新型コロナ「オミクロン型」の派生型「BA.2」の感染者と確認され、その4日後に開かれた朝鮮労働党政治局会議で対策が話し合われた。

 会議の映像には、金正恩(キム・ジョンウン)総書記本人がマスクをする姿がとらえられている。金総書記のマスク姿が放映されるのは初めてだ。これまで北朝鮮当局が金総書記のマスク姿を放映してこなかったのは、「新型コロナを恐れない、超越した存在である点をアピールする狙い」「マスクを着用した画像は金委員長のカリスマ性を傷つける」などの理由があったとみられる。

 そんな存在の金総書記でさえ、警戒するほど事態が深刻になっている――宣伝扇動当局はあえて、これを強調したわけだ。

 会議では、防疫部門が矢面に立たされ、「警戒心の欠如」「油断」「無責任」「無能」と酷評されている。映像では、これを象徴するかのように、新型コロナ対策担当の太炯哲(テ・ヒョンチョル)書記が起立させられ、うなだれている。

 金総書記は感染拡大が深刻であっても住宅建設などの重要事業は期日内に完成させるよう指示している。また、軍担当の朴正天書記には陸海空での警戒を強化して、安全の空白が生じないように万全を期すよう求めた。

 朝鮮中央テレビの映像には、注目すべき場面がある。李善権(リ・ソングォン)外相と金成男(キム・ソンナム)党国際部長が同時に起立しているシーンだ。金総書記は両者から、中国を含む国際社会の新型コロナ対策について聴取したうえ、受け入れ可能な措置について意見を求めたのではないか。また、李善権外相には各国の大使館や国際機構を通じたワクチンの手配、金成男部長には中国製ワクチンの調達などを指示した可能性があるように思える。

 北朝鮮はこれまで、米国や国連からのワクチン支援の提案に応じていない。だが、北朝鮮当局は今回の報道によって、ウイルスとの戦いに必要な国際支援の必要性を暗示している可能性もある。

◇全国的なロックダウン

 北朝鮮当局はこれまで新型コロナ感染者の存在を認めず、最近でも金日成(キム・イルソン)主席生誕110年(先月15日)の市民パレードや、朝鮮人民革命軍創建90周年(同25日)の軍事パレードをはじめ、各地で大規模な行事を相次いで開催してきた。大勢の市民が動員された軍事パレードでは、参加者はマスクを着用していなかった。

 ところが同月末から「原因不明の熱病」が急拡大し、発熱者の累計は人口(約2500万人)の1%を超える35万人に達したという。16万2200人は完治し、6人が死亡。うち1人が「BA.2」感染者だった。12日の1日間で1万8000人あまりの発熱者が発生し、18万7800人を隔離して治療中という。

 北朝鮮国内は全般的に医療態勢が脆弱で、特に地方都市で感染が拡大すれば、隔離以外に食い止める手立てがない。だが、新型コロナは平壌に加え、地方都市でも既に蔓延している恐れがあり、金総書記も全域での都市封鎖により感染を抑え込むよう指示している。

 北朝鮮情報サイト「NKニュース」は10日の段階で「全国的なロックダウン」「国家的な問題」が発生したと伝える。一部で物資の供給不足が起きてパニック状態に陥っているという情報もある。

◇核実験はどうなるか

 北朝鮮は「国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画の重点目標」を達成するため、核実験を強行する動きをみせている。関係各国は、今回の新型コロナウイルス感染拡大が、この核実験計画に影響を与えるかという点に注目しているようだ。

 北朝鮮当局は厳格な新型コロナ対策を敷いているため、核実験に関連した人やモノの移動が難しくなる可能性がある。一方で、韓国軍などは核実験準備が最終段階に入ったとみており、実施するかどうかはカウントダウンの段階に入っているという見方もある。

 北朝鮮情勢に詳しい専門家ほど、新型コロナ拡大による国内の停滞ムードを振り払うためにも、核・ミサイル実験を強行するのではないか、と見立てる。「コロナに負けない強い指導者・金総書記」を強調するためにも、軍事や建設分野での事業を予定通り遂行することで求心力アップにつなげるというわけだ。実際、北朝鮮は感染者発表と同じ日、短距離弾道ミサイル3発を発射している。過去の経緯を考えても、北朝鮮は、防疫と兵器開発はそれぞれ分けて進めていくように思える。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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