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沈黙の名将シメオネ。アトレティコを去るのか?戦闘意欲の”移植術”。

小宮良之スポーツライター・小説家
チャンピオンズリーグ決勝で采配を振るうシメオネ。(写真:aicfoto/アフロ)

ディエゴ・シメオネ監督の去就が定まっていない。欧州チャンピオンズリーグ決勝を戦って以来、沈黙を守ったまま。マイアミでバカンスを過ごした後、メキシコで休暇を過ごしている姿がメディアに確認された。

「シメオネはバカンス中。それだけのことだ。あと4年契約が残っている」

所属先であるアトレティコ・マドリーの幹部は一点張りだが、シメオネ本人が来季について明らかにしていない。アトレティコの監督として2度目のチャンピオンズリーグ決勝を戦い、PK戦の末にまたしても敗れたことで、「サイクルの終焉を感じてしまった」という関係者の声も聞かれる。

そして世界有数のサッカー監督になった男は、引く手あまたである。フランスのパリSGも「筆頭リストに入れて交渉に入った」という報道が現地では出ている。パリSGは世界で最も金回りのいいクラブの一つであり、補強には資金を惜しまない(巨額の移籍違約金も支払える)。シメオネの「新しいサイクル」と合致すれば・・・。

しかし、稀代の闘将がアトレティコを去るとなると、フットボール界は紛糾することになる。

「彼がアトレティコを去るなんてあり得ない。そんなのマジやばいっしょ?シメオネのチームでプレーすることで、学びたいことがたくさんある」

アトレティコのエースであるアントワーヌ・グリーズマンが明かしているように、選手たちの動揺は計り知れない。

戦闘意欲の移植術

シメオネは今シーズン、センターハーフの選手をサイドに配置し、突破よりも封鎖することで制圧する回路を作り上げた。その戦法は欧州サッカーのトレンドとなりつつある。

しかしそんな戦術策など、彼を説明する一端に過ぎない。

<鋭い牙がある上で、ナイフを咥えている>

そう形容される男は、戦うために生きる。彼は自らの戦闘意欲を、そのまま選手に“移植”できる。それはリーダーとして稀有の才能と言える。

そもそも、シメオネが監督に就任するまでのアトレティコは波の激しさのあるチームだった。5連勝したかと思えば、5連敗する。勢いに、自らも流されてしまう危うさがあった。

イノセント。

一言に集約するなら、アトレティコの印象はそうなる。赤ん坊が天使の笑顔を浮かべていたかと思えば、悪魔のように泣きじゃくる。無垢なる本性を持っている。

アトレティコが本拠とするビセンテ・カルデロンとそこに集まるアトレティ(アトレティコのファン)は、とことん熱い。応援するチームと一緒に熱流を作り上げ、点に向かって巻き上がるような印象を受ける。ファンも選手もお互いが無垢であるが故、愛する者に対する憎しみや罵声のぶつけ方も遠慮がない。ぶつかり合ってチームが壊れてしまうなら、それも本望というやけっぱちですらある。

シメオネ着任までのアトレティコは、そうした自ら背負う無垢さの業に敗れてきた。勝負の世界ではしばしば、禍々しいまでの老獪さを持った方が有利となる。アトレティコの熱は愚直すぎた。

しかし、シメオネは本来の熱を失わせることなく、ふてぶてしくしたたかに勝てるようなチームを作った。アルゼンチン人指揮官は理屈をこねない。むき出しの闘争本能を目覚めさせる。極限まで血を滾らせ、疲労で倒れそうになる肉体を動かし、道理を超えた戦いができるように仕向けた。

「話を聞ける選手というのは、必ずプレーを向上させられる。監督である私の話なら、誰もが聞いていると思うだろう。しかしそれは違う。私の方に顔を向けているだけ、という選手もいる」

不敵に語るシメオネは手足のごとくに選手を掌握することにより、指図することもなく動ける精鋭軍団を作り上げた

「私のスタイルは勝つことである。用いる選手によって、勝つための考え方を浸透させていく。その点、自分がプレーを気に入るか、他の連中が好ましいと思うか、まったく構わない。だいたいが、すべての試合、同じ戦い方など一つもない。フットボールは生き物であり、同じやり方で戦えるはずもないだろう。私が譲れないのは、選手のパッションだ。これはアトレティコの選手にとって、生きることと同義かもしれない。ボールプレーはどこにでもあるが、我々のようにフットボールを戦えるチームは少ない」

シメオネはフットボールという“獣の頭”に成り代われる。彼自身の号令により、獣は力を漲らせ、爪を立て、牙をむき、尾を打つ。シメオネは現役時代、まさにピッチの上で獣の頭脳となるような選手だったが、今はそれをベンチで行っている。彼の求める情熱が、選手たちの血を沸かせるのだ。

野獣のごときアトレティコはその頭を失うのか?

それは獣そのものの存在に関わる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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