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「まるで脱北者」「映画みたい」だったロシア外交官の国境脱出劇の傍らで心配される北朝鮮情報源の先細り

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
トロッコで国境に向かうロシア外交官ら=ロシア外務省ツイッターよりキャプチャー

 新型コロナウイルス感染防止のため国境を封鎖している北朝鮮から、平壌駐在のロシア外交官とその家族ら8人が手押しトロッコを使って国境を越えてロシアに帰国したことが話題になっている。韓国では「脱北者みたい」との声が上がり、米メディアは「映画のようだ」と表現している。ただ、北朝鮮から各国外交官の脱出が続けば、客観性の高い情報源が細くなるため、北朝鮮関連情報の精度が落ちるという危惧もある。

◇北朝鮮・ロシア国境をトロッコ押して越える

 ロシア外務省は先月25日、在北朝鮮のロシア大使館に勤務するウラジスラフ・ソロキン3等書記官やその娘ワーリャちゃん(3歳)を含む8人が同日、露朝国境を越えて帰国を果たしたと発表した。

 8人は平壌(ピョンヤン)から列車で32時間、バスで2時間かけて国境の町・羅先(ラソン)に到着。ロシアとの国境・豆満江(トゥマンガン)にかかる鉄道橋を渡ってロシア沿海地方の南部ハサンに入ったという。

 鉄道橋を渡る際、事前に準備したトロッコをレールに乗せ、荷物を置き、子供たちを座らせた。ソロキン書記官が中心となってそれを押し、1km以上も線路上をスライドさせるという異例の方法を取った。ハサン駅ではロシア外務省職員らが出迎え、一行はバスでウラジオストク空港まで向かった。

 動画や写真をみると、トロッコが北朝鮮側を走っている際、背後に小さく列車のようなものが確認できるため、豆満江駅に近い場所と考えられる。駅から鉄道橋のロシア側まで1.5kmほどあるため、駅からある程度の場所まで、北朝鮮側の手助けを受けたと想像できる。ソロキン氏もタス通信などにトロッコでの出国を「自分たちが主導した」と明かし、北朝鮮側の承認があったことを示唆した。

 ロシア外務省が投稿した写真では、外交官と子供たちが荷物と共にトロッコに乗り、冬枯れの景色の中を移動している。韓国のインターネット上では「北朝鮮住民の脱北シーンのようだ」という感想が書き込まれる一方、米紙ワシントン・ポストは「古き良き時代の映画のような描写」と表現した。

◇北朝鮮からの外国人発信の情報が減る

 北朝鮮では公衆衛生システムが整っておらず、外界との遮断以外に有効な新型コロナウイルス対策はない。昨年1月以来、国境往来に厳しい制限を課し、すべての民間輸送手段を止めている。昨年、自然災害が起きた際にも、新型コロナ流入への不安から国際援助の受け入れを拒否している。

 加えて、在韓米軍のエイブラムズ司令官の発言(昨年9月11日)によると、北朝鮮当局は新型コロナ流入防止のため中国との国境沿いに特殊部隊を配置。1~2kmほどの「緩衝地帯」を設定し、そこに密輸業者らが侵入した場合には射殺するよう指示しているという。

 こうした国境封鎖後の1年間で、外交官の多くが北朝鮮を離れた。昨年3月には、ロシアのほかドイツ、フランス、スイス、ポーランド、ルーマニア、モンゴル、エジプトの各国外交官が高麗航空の平壌発ウラジオストク行き臨時便に搭乗して一度に出国している。欧米諸国は大使館を閉鎖している。

 現在も厳しい移動制限が続き、住民生活を直撃している。マツェゴラ駐北朝鮮ロシア大使は先月上旬、インタファクス通信とのインタビューで、北朝鮮で生活必需品や医薬品が欠乏していると明かしている。現時点で、国境封鎖は少なくとも年内いっぱいは続くという見通しが住民の間で語られているようだ。

 今回、ロシア外交官が北朝鮮を離れたということは、北朝鮮内部の様子を記録して外部に伝える人物がまたひとり減ったことを意味する。北朝鮮国営報道の検証に欠かせないのが、現地に滞在する外国人の持つ手触り感だ。その情報が多ければ多いほど、北朝鮮国内の実態把握の助けとなる。逆に少なくなれば、北朝鮮当局が発信する情報への依存度が高まり、情報機関やメディアは判断を誤ることになる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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