敵に塩を送って自らの首を絞めた愚かな野党政治家
今朝の新聞各紙には軒並み「3分の2」の見出しが躍った。参議院選挙の結果、自民、公明、おおさか維新、日本のこころの4政党と無所属の議員を合わせ、憲法改正に賛成の議員が発議に必要な3分の2を超えたというのである。
しかし昨日投票した有権者は憲法改正の発議を求めて投票したわけではないだろう。選挙戦で憲法改正の発議を巡る議論が戦わされたわけでもない。それが選挙結果を伝える朝刊の見出しになったのは、野党が「3分の2を阻止する」と訴えてきたからである。
安倍自民党も公明党も「憲法改正」を選挙争点にすることを避けた。そして「アベノミクス」のエンジンを「さらに吹かせる」とひたすら訴えた。その「アベノミクス」は国際社会から既に「失敗」の烙印を押されている。ところが野党は「アベノミクス」のポンコツぶりを国民に意識させるより、それを脇に置いて「3分の2阻止」を訴え、それに失敗したのである。
さぞかし安倍総理はにんまりしているに違いない。そもそも安倍総理は憲法改正を難しいと考えたから、衆参両院議員の3分の2の賛成が必要な発議の条件を緩和しようとしたり、集団的自衛権の行使容認を政府の解釈を変えることで実現した。
そのやり方が立憲主義に反すると昨年は多くの国民が怒りの声を上げ、そのやり方の是非を審判するのが今回の参議院選挙のはずであった。ところが野党は、前回の衆議院選挙からここまでの安倍政治の審判という参議院選挙の位置づけを無視し、「これから憲法が改正されるぞー」と国民の目を将来に向け、国民には何の実感も経験もない「憲法改正の発議」を争点化しようとした。
国民の関心は将来の目に見えない世界ではない。目の前には上がらない賃金や子育ての厳しさ、将来に目を転ずれば年金、医療、介護、老後破産などの現実不安が連なって見える。そうした時に「憲法改正の不安」という抽象的なことを言われても国民にはピンとこないのが正直なところではなかったか。
安倍総理は憲法改正をしばしば口にはするが、私の見るところ野党を説得する自信も信念もないから堂々とした政治の王道を放棄して解釈改憲に打って出た。その解釈改憲はアメリカの要求通りでアメリカは十分に満足である。それ以上の憲法改正には日本がアメリカから自立する道を拓く可能性もあるので望むところではない。
公明党にとっても解釈改憲がせいぜいの許容範囲で、それ以上の協力には慎重な姿勢を見せている。おおさか維新にしても安倍自民党の改憲論と同じではない。そして憲法改正の必要を感じている議員は民進党の中にこそ多くいるはずである。そうした内実を考えると「改憲勢力が3分の2を超えた」という見出しに何も実質的な意味はない。
ただ意味があるとすれば安倍総理が「民意は憲法改正を求めている」と都合のよい解釈をして、国民に憲法改正の発議を意識させ、それを安倍政治の失点隠しに利用する恐れが出てきたことである。
「アベノミクス」という車がポンコツであることは世界が認めている。円高基調が続く限りこれからも日本経済の舵取りは容易でない。また秋の臨時国会でTPPの審議が再開されれば、これも与党には重い足かせとなる。この選挙で東北の1人区が野党の優勢を許したところにそれが表れている。
「アベノミクスはまだ道半ば」と言いながら3年半。これから先にどれほど有効な経済政策が打てるのか、今のところまだ何も見えてはいない。そうした時に経済から目をそらさせるために用意されているのがプーチン大統領との日ロ外交だが、それ以外に憲法審査会での議論に国民の関心を集めることができるようになった。
安倍政権はおそらく9条など議論が対立する条文の改正には踏み込まないだろう。しかし選挙とは異なる国民投票という運動に国民を巻き込み、それを経験させることで、形だけの憲法改正を実現させれば安倍総理は歴史に名を残すことができるかもしれない。
安倍総理の自民党総裁任期は2018年9月。その年の通常国会会期末に衆議院解散を設定し、総選挙と国民投票を連動させれば、憲法改正に手を付けた政府与党が勝利する可能性は高い。そこから逆算して憲法審査会の議論を終え、衆参両院が3分の2以上の賛成をもって発議するタイムスケジュールが作られていくと思う。
そして総選挙の勝利をもって安倍総理は自民党総裁任期延長を実現し、2020年東京オリンピックを総理として迎え、歴代総理の在任期間1位の座を狙うことになる。おそらく今朝の朝刊に躍った「3分の2」の見出しを眺めながら安倍総理はそんなことを考えたのではないかと推測する。
私の見るところ安倍総理に塩を送ったのは野党である。本来、憲法改正は与党と野党が協力しなければ実現してはならないという意味で3分の2という高いハードルが設定された。したがって野党第一党が与党と協力して改正を行うのが望ましい。それが今回のように「3分の2阻止」を掲げた野党第一党が選挙に敗れて与党が3分の2の議席を支配できるようになったのだ。
これから野党第一党は憲法改正にどのような関わり方をするのだろうか。実は2000年1月から2003年末まで衆参両院の憲法調査会は「21世紀の日本のあるべき姿」と題して参考人質疑を行った。将来の憲法改正に備え有識者と国会議員が400時間に及ぶ議論を行ったのである。
その時の審議内容をつぶさに見た私は有識者の証言を『憲法調査会証言集「国のゆくえ」』(現代書館)として出版した。当時の野党第一党民主党は憲法改正を巡って党内が分かれていたが、自由党との合流によって「論憲」から「創憲」へと踏み込む姿勢を見せ、ゆくゆくは自民党と協力をして憲法改正を行う可能性を感じさせた。
それから10年余り、安倍政権による解釈改憲の強行で国内には対立と分断がもたらされ、それを審判するはずの選挙が「改憲勢力3分の2超える」と報道される結果となった。昨年の国民の怒りはどこに向かうことになるのだろうか。
欧米の政治に地殻変動が起き「大衆の反乱」が相次いでいるときに、日本で安倍自民党の「一強」を支えているのは、国民大衆というより選挙協力に磨きをかけた公明党支持者の存在である。そしてそれ以上に大きいのが選挙協力をやり切れずに敵に塩を送る野党指導者の勘違いではないかと思う。