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ダメ新人だった私が20年仕事を続けられた理由~上司や先輩の言葉がけで変わる人もいる

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
新人への言葉がけは長期的には育成につながります(ペイレスイメージズ/アフロ)

 21年前の4月、新卒で入社した出版社から定期券を支給されました。それは、6カ月分。通勤にかかる交通費をこういう形でもらうと知らなかった私は、入社早々、自分で1カ月分の定期券を購入していました。なぜ1カ月だったか、と言えば「自分は社会人としてうまくやっていけるか分からない。たぶん、1カ月も、もたないだろう」と思っていたからです。「仕事ができないから、クビになるかもしれない」という覚悟もありました。日本企業がそう簡単に正社員を解雇しないことさえ、知らなかったのです。

 当時私が働いていた出版社の編集部門では、原稿をパソコンのWordで書いて印刷し、担当副編集長の机に提出していました。副編集長は原稿を読み、赤ペンで直しを入れて戻してくれます。出来が悪い時は赤ペンの修正ではすまず「ここに注意してもう一度、書き直して」と言われました。

上司のフィードバックから逃げていた

 自分が提出した原稿を、副編集長が読んで直し終わると、口頭で呼ばれます。「治部さん、いい?」と呼ばれるのが怖くて、原稿提出をわざと夜にしてみたり、副編集長が取材で外出している時に提出してみたりしたこともありました。逃げてもいずれ、向き合わなくてはいけないのに、フィードバックを受ける時間を先延ばしにしていたのです。仕事ができない人の典型的な症状と言えます。

 一事が万事この調子で、すべてがうまくいかない感じは入社数カ月後も続いていました。仕事ができない人にありがちなことを当時の私もやっていて、昼食も夕食も食べずに夜11時まで会社に残ってふらふらになって帰宅したり、成果が出ないために休みを取る気になれず、休まないから疲れが取れない悪循環に陥ったりしていました。

絶対夏休み取って!と言ってくれた先輩

 ある時、隣の席の先輩が言いました。「治部さん、絶対に夏休みは取らなきゃダメだよ!」。行き詰っている様子が何となく伝わったのでしょう。先輩に言われて、部署に貼ってある夏休みカレンダーに自分の休みを書き込みました。「取らなきゃダメ」と言われなかったら、仕事ができないのに休むなんて…と思って、初年度は夏休みを取らなかったでしょう。

 朝から晩まで会社にいるため、夏休みを取ってもやることが思いつきません。特にやりたいことも決まらない中、顔見知りの女性の先輩に助けを求めました。部署は異なるものの、女子トイレや廊下で顔を合わせるたび、優しい感じで話しかけてくれたので、この人には弱音を吐いていい、と思えたのでしょう。その先輩は飲み会に誘ってくれました。お酒をあまり飲まなかった私ですが、お茶か何かを飲みながら「何をしても仕事がうまくいかない」というような話をしました。「大丈夫!」とその先輩が何度も言ってくれたことを、覚えています。

人は環境や周囲の影響で変われる

 本や雑誌が好きで出版社に入社したにもかかわらず、あまり役に立たない人だった私が、今まで21年も仕事を続けることができたのは、大事な時に的確な言葉をかけてくれた先輩や上司や同期の友人たちがいたからです。あんなに就労意欲が低かった自分が、今、女性のキャリアに関する仕事をしているのは、何だかウソみたいに思えることもあります。ひとつ、ダメ新人だったからこそ言えるのは、最初からやる気がある人ばかりではないということと、環境や周囲の影響で変われる人もいる、ということです。

 夏休み以降、少しずつ仕事が楽しくなってきた私に、当時の上司だった編集長がよく尋ねてくれたのは「あなたは、何をしたいの?」ということでした。何がしたいと言えるような自信も実力もなかった私は、いつも曖昧な返事をしていました。それでも「これは、どうしたらいいですか?」と仕事の指示を仰ぐたび「治部さんは、どうしたい?」と聞き返してくれた上司との会話を通じて「仕事で自分の意見を持っていい、というより、持つべきなんだ」と学んでいきました。

 その後、仕事に多少の自信がつき、記事の企画提案を積極的にするようになると、違う壁にぶつかります。それは、未熟さゆえに説得力のあるプレゼンテーションができないこと。やる気だけが空回りして提案を却下された私が怒っていると、これまた飲み会の席で「僕は治部さんの提案はいいと思う」と言ってくれる上司や先輩がいました。

性別問わない能力主義がやる気を引き出す

 ここまで書いた事例の多くは男性上司と先輩で、20年前の日本企業でこういう人たちに出会えたことは本当にラッキーでした。なぜなら、私が就職試験を受けた企業の中には「女性は補助業務で、男性は営業や企画をします」と言い切るところもあったからです。性別を問わず能力主義で採用し育成してくれた先輩や上司たちのおかげで、ダメ新人だった私でも自律的に仕事ができるようになり、仕事は面白い、と思えるようになりました。

 近年、女性活躍政策が注目される中、企業側からよく聞く悩みに「女性社員がやる気を見せない」とか「女性社員が昇進したがらない」というものがあります。そういう人もいるかもしれませんが、私自身の経験から言いたいのは「これまで女性がやる気を持てないような育成や、言葉がけをしてきたのではないでしょうか」ということです。

「女性はやる気がない」は本当か?

 女性に限らず、やる気がないように見える人が本当にやる気がないのか、果たして能力を発揮する機会を与えられていないのか。先輩社員や管理職の方には、立ち止まり振り返って日々の言動について見直していただけたら、と思います。

 私が勤務していたのは経済系の出版社で、女性は同期が2割程度、管理職女性はとても少なかったのですが、助けてくれた人は大勢いました。20代の頃、私が遠距離交際をしている、と話すと仕事の打ち合わせそっちのけでご自身の結婚生活について話を聞かせてくれた女性の先輩もいました。プライベートで休みを取る必要があり、仕事のアサインメントを変更してほしい、と相談したら、即調整してくれた女性の上司もいました。

今、落ち込んでると言える仲間がいること

 そして何より、取材がうまくいかない時、上司から原稿のOKをもらえないで落ち込んでいる時「夜ご飯行かない?」とメール1本で誘い合い、会社の近くでカレーや蕎麦やパスタを食べつつ、愚痴を聞いてくれた同期の友人たちに何度救われたか分かりません。

 辛い時、逃げ出したい時に助けてくれた人たちのことを思い出すと、女性の就労継続には制度も大事ですが、人のつながりや言葉がけは、もっと大事だと思います。もしもあなたが、若い人を育てたいとか、女性も活躍できる職場を作りたい、と本気で考えているなら、明日から身近にいる若い人や女性に、ひとこと、言葉をかけてあげてほしいです。もしかしたら、かつての私のように、空回りしている人が、あなたのひとことふたことで、10年後に変わっているかもしれません。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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