“アイドルファンがキセル乗車”で見えた問題点
先日、人気アイドルグループのファンたちが共謀して新幹線で「キセル乗車」を行ったとして、警察が逮捕するという事案があった。
「キセル乗車」という言葉を耳にしたことがある人は多いだろう。これは、乗車駅付近と降車駅付近のきっぷだけを用意し(お金を支払い)、中間部分のきっぷを買わずに(お金を払わずに)乗車することを、喫煙具の「キセル(煙管)」が両端の部分のみ(金)金属でできていて、真ん中の筒部分は竹などでできている(金をかけていない)ことになぞらえている。今回検挙された男は、JR岡山駅で入場券を購入して新幹線ホームへ向かい、そのまま新幹線に乗車。JR東京駅では仲間の男が用意した入場券を使って出場し、岡山〜東京間の運賃や料金を支払わなかったという。
これは何も新幹線に限られた手口ではなく、在来線や私鉄でも行える方法だ。新幹線は全駅で自動改札機が導入されており、キセル乗車は難しくなっているものの、不可能ではない。具体的な手口は不正につながりかねないため、ここでは説明を控えるが、それにしても腑に落ちない点がある。
それは「なぜ、これまでキセル乗車が発覚しなかったのか」である。
上記報道で「今まで150回くらいやった」とあるように、この男のキセル乗車幇助は常態化していたようである。さらに、「追っかけファンのネットワークがあり、キセルの手助けができる人は全国に数百人いる」ということは、全国各地でこのような行為が、それこそ数百回以上行われていることになる。
他の報道を見てみると、
とある。自動改札機が何らかの反応をしたのか、それともこの男が不審な行動を起こしたのかは明らかになっていない。だが、この男は150回以上のキセル幇助で、今回初めてそのようなミスをおかしたのだろうか。あるいは、これまで何度かのミスは気づかれずに済んでいたのか。
筆者もこれまで、きっぷの磁気がおかしくなったり、ICカードがエラーを起こして自動改札機を通れなかったことが何度かある。窓口の駅員に申告し、きっぷやICカードの状態を確認してもらって無事に出場できたのだが、その時に感じたのは「機械もミスを起こすことがある」ということである。もちろん当たり前のことであり、人間では防げないミスを機械がフォローしてくれることもあるのだが、逆に人間なら見つけられていた不正が、機械化されていたがために見抜けなかったということも多いのではないだろうか。
少し話はそれるが、近年ローカル線で多くの駅が無人化されたり、都会でも駅員の数が減らされるところが増えている。ワンマン列車で運転士に定期券やきっぷを見せず、後ろの扉から降りる乗客や、自動改札機でエラーが出ているにもかかわらず、閉じたゲートを“強硬突破”する姿を見かけることも多い。駅や列車に係員が配置されていれば防げる、こうした行為はれっきとした犯罪であり、もちろんこれは実行している人間(=犯罪者である)が悪いのは当然として、そうした行為が簡単にできてしまうような鉄道会社のシステムにも対策の必要があると思うのは、私だけだろうか。人員の効率化も必要だが、正当に運賃を払っている利用者のためにも、こうした不正を許さない、毅然とした対応を鉄道会社にもお願いしたい。
もうひとつ気になるのは、今回の事件で仲間の男は岡山→東京を新幹線で移動していること。少なくとも3時間以上、列車に乗っていたことになるが、ご存知の通り、新幹線では車内検札がある。先日からは自動改札機の読み取ったデータを車掌が持つ端末に転送し、指定席の発券状況が見られるので、乗客が座っていないはずの指定席に人がいた場合は分かるようになっている。そうした乗客や自由席の乗客には、当然車内検札が行われているはずなのだが、今回は(そしてこれまでも)行われなかったのだろうか。あるいは、ずっと通路やトイレにいたのだろうか。もしそうであれば、そういう乗客にこそ乗務員は声をかけるべきなのではないか。
これについては、JRの関係者から「実際には声をかけづらい」という声を聞く。例えば乗客がたまたまトイレへ立ったタイミングだったり、混雑した列車で空席がなかった場合など、何度もきっぷを見せてもらうことになり、乗客の気分を害してしまう…というのが主な理由だという。実際に、これが原因で乗客からクレームを受けることもあるそうだ。
だが、これについても鉄道会社は毅然とした対応をするべきだろう。規則的なことを言えば、鉄道営業法第十八条では「旅客ハ鉄道係員ノ請求アリタルトキハ何時ニテモ乗車券ヲ呈示シ検査ヲ受クヘシ」、つまり乗客は鉄道係員から求められた場合は、いつでも乗車券を提示しなければならない、とされている。検札に応じることは、乗客としての義務なのだ。
また、そのような規定を持ち出すまでもなく、列車の安全を守るという意味からも検札は重要である。2015年には東海道新幹線の車内で乗客がガソリンに火をつけて焼身自殺するという事件が起こったが、この乗客が持っていた乗車券は正当なものではなかった。適正な検札が行われていれば、この事件を防ぐことができていたかもしれないし、もし乗務員が前述のような理由から検札を躊躇していたのであれば、とても残念な話だ。
今回の事件を受け、おそらく各駅や列車内での検札や、係員によるチェックは厳しくなるだろう。ほんの一部の人間が起こした愚行のために、多くの利用者が余計な手間を強いられるのは迷惑な話だが、それも列車や自分たちの身を守り、健全な公共交通を育てるため。係員から検札をお願いされた際には、面倒だと思わず「お疲れ様です」の一言を添えて対応するよう、心がけたいものである。