メジャーリーグ恒例の新人通過儀礼と、行動規範をどうすり合わせるのか。
恒例行事の新人選手仮装
今年のメジャーリーグのレギュラーシーズンは間もなく終了する。
9月になるとロースター枠が拡大され、新人選手が昇格してくる。シーズン終盤のこの時期に、各チームでは「新人いじめ(rookie hazing)」と称し、仮装や女装をして次の試合先へ移動しなければいけない日を作る。ルーキーの洋服は隠され、ベテラン選手たちが用意したコスチュームを身につけて移動しなければいけない。もちろん、これは非公式なもので、選手仲間内での遊びである。日本球界で実績を上げた選手たちもメジャーのルーキーとして仮装をして球場の通路などを歩く写真が報道されてきたので、日本でもよく知られていることだろう。
今年の9月末には、ドジャースのルーキーたちプロレスラーに扮し、メッツではスーパーヒーローに仮装、カージナルスのルーキーは水着姿になった。いくつかはツイッターに画像がアップされている。新人選手の変装を伝える米国メディア。
この他にはシーズン中に救援投手陣のなかで一番若い投手に、女児用のかわいらしいピンクのイラスト入りリュックサックを背負って、ベンチからブルペンへ移動することを課しているチームもある。
新人選手に仮装を求め、女児用のリュックサックを背負合わたりする通過儀礼は新人いじめを意味するHazingと呼ばれていても、陰湿ないじめと結びつけられることはない。ほとんどの新人選手たちもメジャーリーガーになった喜びとともに楽しんでいるようだ。
名将ショーウォルター監督の対策
しかし、遊びの範囲を大きく逸脱し、年長の選手やベテランが新人選手をからかうことが続くと、それは文字通りの新人いじめHazingになっていきかねない。
名将といわれるオリオールズのバック・ショーウォルター監督は有望な若い選手が新人いじめによって萎縮してしまわないように目を光らせてきた。若い選手が委縮することはチームにとってマイナスであると考えているからだ。同監督は筆者の取材に対して「私は、Hazingは嫌いだ。相手がルーキーであっても、自分が人からしてもらってうれしいように接するべきだと思っている。年長者を敬うことと、新人をいじめることは違う」と話した。
同監督はヤンキースの監督時代には若かったバーニー・ウィリアムスを、からかっていた選手から守ったとされている。4年前にはオリオールズのウィ―ター捕手が何人かのベテランから新人いじめされていることを知り、それをやめさせた。
職場における行動規範
メジャーリーグのクラブハウスには、職場における行動規範が掲示されている。メジャーリーグ機構では人種、宗教、出身地や性的指向にかかわらず雇用の機会均等を確保するとしており、職員や選手を差別してはいけない、ハラスメントしてはいけないと書かれている。そのような言動を見聞きした場合には、監督、ゼネラルマネジャー、コミッショナー事務局、選手会に報告すること、としている。
米国内では性的少数者の人権を守るための整備がなされつつあり、プロスポーツ界のメジャーリーグ機構でもこの課題に着手しはじめた。メジャーリーグ機構が性的少数者の人たちの人権も、他の人と全く同じであることを保障し、グラウンド内外の空気を変えていくことができれば、メジャーリーグの現役選手や審判、スタッフらのなかからも性的少数者であることを公表する人が出てくるかもしれない。
新人選手たちが仮装していた9月末、アスレチックスは10月からの教育リーグに女性コーチを招へいすることを発表した。臨時のポジションではあるが、メジャーリーグでは初の女性コーチだという。職場における行動規範はマイナーリーグでも適用される。女性であることを理由に差別したり、ハラスメントしたりすることは行動規範の違反である。
女性のフルタイムのコーチが誕生する頃には、仲間内の楽しみである新人選手のHazingも様子が違ってくるかもしれない。性や性的指向によってハラスメントを受けないことと、行事化したHazingをどうすり合わせていくのか。新人選手に女児用のリュックサックを持ち運ぶことや、女装するよう求めることはなくなっていくのかもしれない。