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貴重な基板は「御神体」 進まぬアーケードゲームのアーカイブ化、問題点は?

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
秋葉原にあるアーケードゲーム基板の専門店「KVC lab.」(※筆者撮影)

拙稿では、これまでにゲームの歴史や文化、資料を残すため、各方面で実施されているアーカイビング(保存活動)の状況、今後の課題などを何度かご紹介してきた。

今回はちょっと視点を変えて、家庭用ゲーム機やPC用ソフトではなくアーケード、つまりゲームセンター用のゲーム基板、および筐体(※「きょうたい」と読む。ゲーム機のガワの部分のこと)の流通と、アーカイビングの現状についてお伝えする。

ゲーム基板とは、簡単に言うとソフト・ハードが一体化したコンピューター機器のこと。ゲームメーカーが新製品として開発した基板は、ます最初にオペレーター(ゲームセンターの経営会社)や、ディストリビューターと呼ばれる流通業者に販売される。

アーケードゲーム基板の一例。古い時代の基板は写真のようにパッケージがなく、むき出しになっているものが多い(※筆者撮影。以下同)
アーケードゲーム基板の一例。古い時代の基板は写真のようにパッケージがなく、むき出しになっているものが多い(※筆者撮影。以下同)

販売された基板や筐体は、やがて設置店での人気や売上が低下すると、中古品も取り扱うディストリビューターや、個人のユーザーにも販売する基板ショップなどに売却される。もし売っても二束三文にしかならない場合は、産業廃棄物として処分されることになる。また基板ショップでは、個人が所有する基板の買取も行っているので、一度ゲームセンターから姿を消した基板であっても、実は即お役御免になるとは限らず、ユーザーと店舗間でもずっと流通しているのだ。

そんなアーケードゲーム基板や筐体だが、家庭用ゲームに比べてアーカイビングが遅々として進んでいない印象を受ける。では、古今東西の基板を日々商材として取り扱う専門店では、アーケードゲーム業界でのアーカイビングの状況をどのように見ているのだろうか?

東京・秋葉原にあるアーケードゲーム基板の専門店「KVC lab.(けーぶいしーらぼ)」の佐々木好光店長にお話を聞いてみた。

古い基板が人気を集める一方、近年の基板は商材にならないことも

まずは佐々木氏に、現在の基板ショップ界隈では、どんなゲームの基板が人気なのかを伺ったところ、以下のようなお答えだった。

「ナムコ(現バンダイナムコアミューズメント)の古いタイトル全般、それからコナミの『グラディウス』や、タイトーの『ダライアス』シリーズなどが人気です。これらのゲームのファンにとっては、もはや基板は『御神体』にも等しい存在なんです」(佐々木氏)

つまり、80~90年代前半にかけて登場したレトロゲームが、「KVC lab.」のように中古品も扱う基板ショップでは今なお人気商品なのだ。同店では新製品の基板も販売しているが、今なおこれらのタイトルに需要があるのは本当に驚きだ。

今ではNintendo Switchやプレイステーション4などで、非常に出来の良い、古い時代のアーケードゲームの移植版が数多く、しかも手頃な価格で発売されている。かつて業界内では、たとえプレミア価格がついたゲームの基板であっても、家庭用に移植されると値段は下がるのではないかと言われていたが、佐々木氏によると実際には下がっていないそうだ。

「移植版が発売されたことで、かえって『本物が欲しい』という需要が出てしまうので、意外と値段が下がらないんです。かつて、ゲームにハマっていた頃の楽しい時間を買いたいという動機も、お客様はお持ちのようですね」(佐々木氏)

「KVC lab.」の佐々木好光店長
「KVC lab.」の佐々木好光店長

新型コロナウイルスの流行以前から、ゲームセンターの店舗数は年々減り続けている。その結果、「最近でも、閉店したゲームセンターや、つぶれたオペレーターから基板がちょくちょく流れてきます」と話す佐々木氏だが、商材が手に入る機会がある一方で困った問題もある。それは、近年発売された基板は値段がつかず、商品にならない場合が多々あることだ。

最近の基板が値段がつかないのは、ネットワークに対応させたことが大きな原因のひとつだ。ネットワーク対応基板は、もしメーカーがサービスを終了してしまうと、スマホ用アプリなどと同様に、もう二度と元の状態では遊べなくなってしまう。つまり、ゲームという商品としての価値が失われてしまうわけだ。

「ネットワーク対応基板に、性能の良いグラフィックボードやハーネス(※筆者注:束にしたケーブルの付いたコネクタのこと)を使っている場合は、そこだけ取り出した分の価値はまああるのかな、というところです。でも、もし基板が最新の状態にアップデートされていない場合は、ちょっと買い取れないですね……」(佐々木氏)

ゲームとして商品にならなければ、あとは廃棄を待つばかりとなってしまう。基板でビジネスをする側にも、アーカイビングを進める際にも、実に頭の痛い問題だ。

「KVC lab.」では新製品も個人向けに販売している。当然ながら定価での販売となるが、それでも注文はかなり入るとのこと
「KVC lab.」では新製品も個人向けに販売している。当然ながら定価での販売となるが、それでも注文はかなり入るとのこと

古い基板は骨董品と同等。熱心なコレクターの存在がボトルネックに?

家庭用と同様に、アーケードゲームの基板も古くから熱心なゲームマニア、コレクターが買い集めており、なかには1人で数百枚にもおよぶ基板を保有する猛者も存在する。貴重な基板が廃棄される前に、好事家たちがコレクションする形で保存されるのは好都合かと思いきや、実は厄介な問題が潜んでいる。

「一度手に入れた貴重な基板は、以後表には一切出さなくなる方もいるので、そういう意味でも『御神体』になってしまうんですね。ですから、人気のあるものは買い取り価格も売り値も高くなるので手に入りにくく、ほかのどの基板ショップでもあまり在庫を持っていません。こういった基板を、いかに掘り起こすのかも我々の仕事ですね」(佐々木氏)

確かに筆者も、基板の現物だけでなく、保有リストすらも伏せるコレクターが昔から多い印象を受ける。アーカイビングにおいては、所有者情報の共有は重要なポイントとなるのだが……。

「アーケードゲーム業界は非常に狭い業界なのですが、表に出たがらず、何を持っているのかを教えない秘密主義の方が結構いて、なかなか情報が流れてこないですね。家庭用の場合は、ゲーム保存協会さんなどでアーカイビングの実績がありますが、アーケードゲームのほうは閉鎖的な面もあり、あまり進んでいないと思います。

 もし流通が全国的に少ない基板を全部集めようと思ったら、あとはもうマニアを探し出して買うしかない、まさに骨董品の世界なんです」(佐々木氏)

店頭に並んだ、80~90年代に発売されたレトロゲームの基板。人気のものほどなかなか出回らず、入荷するとすぐに売れてしまうそうだ
店頭に並んだ、80~90年代に発売されたレトロゲームの基板。人気のものほどなかなか出回らず、入荷するとすぐに売れてしまうそうだ

海外への流出、修理がどんどん困難になる問題も

海外にアーケードゲームの基板や筐体が数多く流出しているという話が、以前からいくつかのゲームメディアで報じられている。では、実際のところはどうなのだろうか?

「流出しているのは本当です。特にシューティングゲームは、海外のファンの方は値段が高いものでも買ってくださいますね。うかうかしていると、いずれは日本人が買えない金額にまで高騰するかもしれません」(佐々木氏)

アーケードゲームは、家庭用ソフトのように何万、何十万単位で生産されるタイトルは非常に少ない。専用の大型筐体を使用したり、あまりヒットしなかったタイトルの場合は、数百枚ほどしか生産されなかったものもざらにある。だからこそ、海外への流出が長年続いている状況は、アーカイビングをするにあたっては極めて深刻な問題だ。ひょっとしたら、このままでは江戸時代の浮世絵と同じ歴史を繰り返すことになるのかもしれない。

元々は大型の専用筐体を使用したゲームを、家庭用のパッドでも遊べるように改造した商品もある。たいへん高価だが、それでもすぐに買い手が現れるという
元々は大型の専用筐体を使用したゲームを、家庭用のパッドでも遊べるように改造した商品もある。たいへん高価だが、それでもすぐに買い手が現れるという

メーカーが生産、サービス対応を終了した古い基板や筐体は、故障修理の際は基板ショップに持ち込まれる。メーカーが対応しなくなった基板でも修理ができる技術者の存在は、アーカイビングを進めるうえでも実に頼もしい。しかし、修理に必要な部品の入手が年々難しくなるという、これまた困った問題が起きている。

「新しい部品が手に入らない場合は、同じ基板のジャンク品から、いわゆる部品取りをするか、代替品を使って直します。ですが、メーカー独自の特注品だった場合は、もう入手できません。つまり、物が手に入らないということは、正常に動く基板がどんどん減っているということですね」(佐々木氏)

部品調達の物理的な問題だけでなく、佐々木氏のように基板の知識や修理経験を豊富に持った人物のノウハウを、どのようにして後世に残すのかという問題もある。ゲームセンター勤務時代、基板のメンテナンスや修理対応が非常に難しいことを、身をもって経験した筆者から言わせていただくと、技術的なノウハウの継承を素人だけで行うのはとうてい不可能だ。

「当店のスタッフではありませんが、実はありとあらゆる基板を修理できるエキスパートが1人いらっしゃいまして、私以外の同業者の皆さんも、普段からいろいろと助けていただいております。ですが、もうかなりのご高齢なので、もし引退されてしまうと正直痛いですね……。アーケードゲームの保存は、専門の知識や技術がないとできませんから、もし情報を知っている人を蔑ろにしてしまうと、今後はゲームがどんどん消えてしまうでしょう」(佐々木氏)

今や骨董品と化したアーケードゲームのアーカイブ化は、かくも難しい。ゲームの開発者だけでなく、基板や筐体のメンテナンスのエキスパートがまだ健在なうちに、行政や業界団体、メーカーが連携したアーカイブ化の仕組み作りを早急に進めるべきではないだろうか。

願わくは、海外ではすでに存在するゲームミュージアムのように、大型筐体の保存も可能な公共の施設ができるといいのだが……。

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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