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「宇宙線」からAIを守れ〜超高度集積時代の危機管理

石田雅彦科学ジャーナリスト
J-PARCミュオン科学実験施設(MUSE)パンフレット2009より

 宇宙から降り注ぐ宇宙線が半導体を誤動作させ、電子機器デバイスが不安定化することを宇宙線による「ソフトエラー」という。この現象は半導体が小型化し、超集積化する中、AIやIOTが普及する社会にとって見過ごせないリスクになっている。今回、九州大学などの研究グループは、宇宙線の中のミュオン(ミューオン、ミュー粒子、Muon)がソフトエラーを引き起こすことを実証した。

宇宙線ミュオンによる誤動作とは

 地球には常時、宇宙から電子、陽子、中性子、ニュートリノなどの多種多様な宇宙線が降り注いでいる。こうした宇宙線が、RAM(Random Access Memory)やCPU(Central Processing Unit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)などを構成する半導体メモリにぶつかるとノイズが生じ、2進法の0-1で動作するメモリの値が逆転(ビット反転)することが起きる。

 こうした誤動作を宇宙線によるソフトエラーというが、ごく一時的な現象であり、演算が繰り返されるなどデータが上書きされたりすると正常な動作に戻ってしまう。そのため原因がわからずエラーもランダムに起きるので技術的に解決できず、デバイスが不安定な状態に置かれ続けてきた。

 最近ではデバイスの小型化や集積化が進み、メモリ自体の電荷も省電力化によりごく微小になってきている。宇宙線の衝突によるノイズの影響が無視できないものになっているが、今回、九州大学や大阪大学、高エネルギー加速器研究機構などの研究グループは宇宙線の一種であるミュオンの負ミュオンによるビット反転が正ミュオンよりも約3倍多く起きることを実証(※1)し、その成果を米国に本部を置く電気電子工学系の学術団体IEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers)の「IEEE Transactions on Nuclear Science」誌電子版に発表した。

 半導体に悪影響を与える宇宙線は中性子によるものが知られてきたが、今回、研究グループはミュオンに注目した。ミュオン(負)は、電子と同じ電荷を持つが質量は電子の約200倍という素粒子(物質を構成する最小単位)で、電子を含むレプトン(lepton)のグループの一員だ。素粒子の中でも寿命が長く生成しやすいため、原子炉などの構造物や火山などの内部をレントゲン写真のように探る機器に使用されている。

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負ミュオンが半導体メモリデバイスに入り、捕獲反応(※3)で発生した二次イオン(陽子やヘリウムなど)により電荷が加えられ、その結果として「0000」→「0010」のようなビット反転が起きる。Via:九州大学のプレスリリース

 負ミュオンの照射実験には、茨城県にあるJ-PARC(※2)の「MUSE(ミュオン実験装置)」を使い、メモリのビット反転の発生確率を測定した。その結果、負ミュオンのほうが正ミュオンより確率が高くなることを観測した。研究グループによれば、ミュオン(負)を使っての照射実験によるビット反転への影響評価はこれまでなく、AIやIOTが不可欠な超スマート社会の実現にとって欠かせない研究という。

 電気通信や交通インフラに限らず、AIを利用する自動運転や手術ロボットなど、現代社会には膨大な数のメモリが存在している。万が一、これらメモリの誤動作が連鎖的に拡がっていけば、社会に大きな混乱を生じさせるだろう。

 これまで宇宙線によるソフトエラーは見過ごされがちだったが、我々の生活に直結するようなリスクになりつつある。宇宙線を物理的に防ぐことは非現実的であり、エラーの影響をできるだけ軽減する技術の研究開発も急務だろう。宇宙線の荷電粒子の約75%が電子機器内へ飛び込んでくる透過性の高いミュオンであり、中性子の研究と同時にミュオンの挙動について注目していく必要がありそうだ。

※1:Seiya Manabe, et al., "Negative and Positive Muon-Induced Single Event Upsets in 65-nm UTBB SOI SRAMs." IEEE Transactions on Nuclear Science, DOI: 10.1109/TNS.2018.2839704, 2018

※2:J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex):素粒子物理、原子核物理、物質科学、生命科学、原子力など幅広い分野の最先端研究を行うための陽子加速器群と実験施設群の総称。大学共同利用機関法人・高エネルギー加速器研究機構、国立研究開発法人・日本原子力研究開発機構J-PARCセンター

※3:ミュオン捕獲反応(Muon Capture):核反応の一種。γ線を出して安定すること。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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