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『ブランデンブルク協奏曲』を「ワニ」に聴かせるとどうなるか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 ワニは、爬虫類の祖先が持っていたであろう多様な機能を今に伝える貴重な生物だ。最近、ワニにクラシック音楽を聴かせると脳がどう反応するかという研究がなされたところ、その後に分岐進化した鳥類や哺乳類と共通の機能を持っていることがわかったという。

ワニをfMRIに入れる

 最近の研究によれば、ワニを含む爬虫類の祖先は、約2億4000年前に恐竜へ進化する仲間と分岐したと考えられている(※1)。2億4000万年前といえば三畳紀(トリアス紀)になるが、ワニはその祖先からほとんど変化せず現在に至っているという希有な生物だ。

 そのため、ワニの脳はその後の鳥類や哺乳類など脊椎動物の基本形といえ、ワニの大脳にあたる部分(終脳、Telencephalon)を調べることで、爬虫類と鳥類、哺乳類などの脳の共通機能をより正確に探ることができ、大脳皮質の進化の秘密を解き明かすことができる。

 音に対する脳の機能でいえば、単純な音が活性化させる脳の領域と、音楽や声などのような複雑な音響刺激が活性化させる脳の領域は、霊長類や鳥類といった多くの生物種で共通であることがわかっている。

 子ワニが卵から孵ると鳴き声を出して母ワニを呼ぶ。ワニも音声でコミュニケーションをとっているというわけだ。

 先日、機能的MRI(磁気共鳴画像法、fMRI)を使ってワニの脳を調べた研究(※2)が、英国王立協会の科学雑誌『Proceedings of the Royal Society B』に掲載された。

 これはドイツのルール大学ボーフムの認知神経科学研究所などの研究グループによるもので、ナイルワニ(Crocodylus Niloticus)の頭部をfMRIでスキャンし、視覚的な刺激とバッハの管弦楽協奏曲を含む多様な音を聴かせ、脳の反応を分析したという。

 バッハの楽曲は『ブランデンブルク協奏曲:第4番:ト長調アレグロ』を使ったというが、これは軽やかなリコーダーの音色が優しく響く楽曲だ。fMRIは、脳の中で起きている血中ヘモグロビンの磁性の変化(Blood Oxygenation Level Dependent効果、BOLD Effect)と血流の変化を画像化したものだが、特殊な拘束具にとらわれていたとはいえ、ワニは暴れることなくfMRI装置の中に大人しく収まっていたという。

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(a)はfMRIの中で頭を固定されたナイルワニ、(b)は赤色の光の点滅刺激、(c)は単純な音刺激とバッハの『ブランデンブルク協奏曲』を聴かせた様子。Via:Mehdi Behroozi, et al., "Functional MRI in the Nile crocodile: a new avenue for evolutionary neurobiology." Prceedings of the Royal Society B, 2018

ワニと同じバッハを聴く

 視覚的刺激は赤色の点滅を使い、音の刺激は1000Hzと3000Hzの単純な音とバッハのクラシック音楽という複雑な音源を使った。なぜバッハの『ブランデンブルク協奏曲』かといえば、鳥類を使った過去の同じような研究(※3)に沿ったという。

 fMRIによる分析の結果、赤色の点滅という視覚刺激では吻側の側脳室背側尾根(Anterior Dorsal Ventricular Ridge)などが反応し、これは爬虫類や鳥類を使った過去の研究から予測どおりだった。

 音の刺激では、単純な音とバッハの音楽という複雑な音とでワニの脳の反応が異なり、歌を歌う鳥類や鳴き声でコミュニケーションをとる哺乳類と同じ3種類の脳の部位が反応したことがわかった(※4)。これらの脳の知覚処理機能は、ワニとの共通祖先が分かれた3億年以上前に存在していた可能性があると研究者はいう。

 これは、ワニという巨大な捕食性爬虫類をfMRIで調べた最初の研究だが、ワニと我々とでバッハの音楽に対する反応にそれほどの違いがないということでもある。音に対する反応や音声を使ったコミュニケーションなど、人類の言語能力の解明にもつながる研究といえるだろう。

※1:Tiago R. Simoes, et al., "The origin of squamates revealed by a Middle Triassic lizard from the Italian Alps." nature, Vol.557, 706-709, 2018

※2:Mehdi Behroozi, et al., "Functional MRI in the Nile crocodile: a new avenue for evolutionary neurobiology." Proceedings of the Royal Society B, Vol.285, Issue1877, doi.org/10.1098/rspb.2018.0178, 2018

※3:Vincent Van Meir, et al., "Spatiotemporal properties of the BOLD response in the songbirds’ auditory circuit during a variety of listening tasks." NeuroImage, Vol.25, 1242-1255, 2005

※4-1:Thomas A. Terleph, et al., "Auditory topography and temporal response dynamics of canary caudal telencephalon." Neurobiology, Vol.66, Issue3, 281-292, 2006

※4-2:Steven D. Briscoe, et al., "Neocortical Association Cell Types in the Forebrain of Birds and Alligators." Current Biology, Vol.28, Issue5, 686-696, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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