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米小売最大手ウォルマートの管理職が年収2千万円 それでも素直に喜ばれないワケ

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
アメリカの郊外に必ずある、ウォルマート(Walmart)(写真:ロイター/アフロ)

米小売最大手で、売上額が世界最大のウォルマート(Walmart Inc. 本社:アーカンソー州)。同社の従業員数は、全米で150万人に達しており、海外支店の従業員70万人も含めると世界中に220万人を雇用する超巨大企業だ。

同社が5月8日に発表した「環境と社会とガバナンスについての報告書」によると、同社が米国内で雇用しているマネージャー職の平均年収は17万5,000ドル(約1,900万円相当)に達していることがわかった。

米国労働統計局(U.S. Bureau of Labor Statistics)が発表している最近のデータによると、この数字は全米のジェネラルマネージャーおよびオペレーションマネージャーといった管理職の平均給料より5万ドル(約550万円)も高い。

また、時給換算でフルタイムで働いている従業員の平均時給は、今年3月の時点で14.26ドル(約1,570円)ということも、同報告書で明かされた。これは、アラバマ州やニューハンプシャー州などの最低時給7.25ドル(約800円)より2倍高い。

報告書では以下の内容も発表されている

  • 世界27ヵ国にまたがり、総店舗数は11,300店
  • 売り上げ高5,144億ドル以上
  • 2億7,500万人以上/週の顧客に、リーズナブルな食品、生活用品、家電、健康やウェルネス商品などを提供
  • ダイバーシティ化にも力を入れ、米国内の従業員の55%が女性、44%が有色人種で、オペレーション管理部門の75%は時給換算の給料形態で入社

「当社は幅広いキャリアの機会やより良い賃金と福利厚生を整え、仕事を通して成長するための充実したトレーニングを提供している」と胸を張っている。

ただ労働者側の立場では、諸手を挙げて喜ぶ空気でもなさそうだ。

同社は、消費者から、何でも気軽に購入でき「あそこに行けば必要なものがすべてそろう店」として高く支持されている一方、労働者からは低賃金で人材を「使い潰す」ブラック企業としても悪名高く、労働環境や福利厚生、そのほか人種差別や性差別などでも、これまで数えきれない訴訟問題に直面してきた。そして、それらの問題を解消すべく努力を続け、一例として2018年には、スタート時の時給を3段階にわたって上げ、最終的には11ドルになっていた。

しかしながら今回の報告書の実態を深掘りしていくと、同社が雇用している時給換算の従業員の多くは「パートタイム」であって、フルタイムではない。そして報告書ではパートタイムも含めた「全ての時給換算」の従業員の賃金に関する情報については触れられていない。パートタイム従業員の賃金も含めると、平均時給は14.26ドルを下回るのは明らかで、「非常に詐欺的な発表だ」と眉をひそめる人が多い。

実際に同社の従業員になれば暮らしが豊かになる、とは言えないようだ。2018年に全米のウォルマートで働く6,000人の従業員を対象に行われたある調査では、その半数以上がフードインセキュア(その日暮らし)の生活レベルとみなされている。

ウォルマート従業員の生の声

インディペンデント・ドキュメンタリー映画『Dear Walmart』

5月11日 ニューヨーク・プレミア上演

大病を患い退職に追い込まれた元従業員女性や、流産のため許可を取って18日間休職し、その後復職できなかった女性、マネージャー職になった途端、企業体質が見えてきたと語る男性などの証言がトレーラーで確認できる。

実はNY市内には1軒もないウォルマート

AI駆使の系列店を4月オープン

「世界27ヵ国に11,300店を持つ、おばけ企業を一度見てみたい」。日本からアメリカのリテール視察で訪れる企業より、ぜひ店舗を見学したいという要望が時々私のところにも届く。しかしながら、ニューヨーク市内にはいまだ1軒も出店が実現できていない。見たければニュージャージー州など郊外に行くしかない。大都市ニューヨークへの出店は、これまで何でも成し遂げてきた同社の10年以上にわたる悲願であり、2013年には市内3区(ブルックリン、クイーンズ、スタテンアイランド)への出店計画を発表していたのだが。

同社が進出するということは、価格競争できない地域の小商いを廃業に追い込むことになるため、地元のスモールビジネス団体や労働組合から必ず反対運動が起こる。これが出店できていない理由だ。

ただし実店舗はないものの、ウォルマートが2016年に買収し、ミレニアル層を中心に支持されているeコマースのJet.comと2017年に買収した宅配業者Parcelを使って、2018年に市内ブロンクス区に物流拠点として巨大倉庫を構え、市内へ商品を届ける足場を固めたばかり。

ウォルマートはまた、会員制でキャッシュレス化を進めていた系列の「Sam's Club」のニューヨーク支店を、昨年1月閉店したかと思えば、今度はこの4月25日、AIを在庫管理に利用した「Intelligent Retail Lab」(IRL)をニューヨーク州ロングアイランドにオープンしたばかり。

世界のおばけ企業は数々の批判や反対を受けようとも、このように試行錯誤を繰り返しながらあの手この手でジワジワと大都市部にも忍び寄っている。

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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