「くしゃみの速度は新幹線より速い」は本当か? コロナ禍の研究で判明した真の速度
「くしゃみの速度は新幹線よりも速い」と書いてある雑誌を子どもの頃に読んだことがあります。私はそれ以来「くしゃみはびっくりするほど速い速度で飛び出す」という固定観念を抱いていました。実は、世界中の科学者がくしゃみの速度を研究しているのです。
時速360km!?
くしゃみの速度が速いとされる理由は、ウェルズ氏という科学者の報告により最高時速360kmと推定されたためです(1)。ウェルズ氏は、結核が空気感染することを証明した、呼吸器内科学における偉人の一人です。
新型コロナはエアロゾルを吸入することによって感染することがありますが、常時N95マスクを要する感染形式ではないことから、ウェルズ氏が言ったような古典的な空気感染とは別の用語を再定義すべきという論争が起きています。この議論については、今回は割愛させていただきます。
さて、ウェルズ氏が推定したくしゃみの時速は、実測ではなく推定値です。しばしば「新幹線より速い」とセンセーショナルに取り上げられることがあり、私が子どもの頃に読んだ本もそうだったに違いありません。
最先端の科学で速度を測定
くしゃみ速度を測定する場合、飛沫の速度を測定するのか、空気の流れ(気流)の速度を測定するのかによって、観測値が異なります。
たとえば、ストロボ撮影で飛沫のみを追った場合、初期の実験では時速166kmという速度が得られています(2)。これも古い研究結果であり、現代においては不正確という指摘があります。
ところが2013年、とある論文で、「くしゃみはそこまで速くない」という見解が発表されました。成人被験者6人の複数サンプルを用いたところ、飛距離から推定された速度は最大で時速16.2kmだったのです(3)。私たち人間が走る速度くらいです。
しかし、くしゃみの「初速」はさすがにそこまで遅くはないだろうという見解がありました。確かに、くしゃみの速度は一定ではありません。初速は速く、その後おそらく急激に減速することは感覚的に理解できます。そのため、正しい「初速」を測定する技術が必要でした。
ここで登場したのが高周波の粒子画像流速測定法(PIV)です。目に見えない気流の動きを可視化し、解析する、紛れもない世界最先端の技術です。
コロナ禍において、咳やくしゃみに注目が集まるさなか行われた研究によると、10人の健康な若者のくしゃみの速度は、最初の0.02秒でピークに達し、最大瞬間速度は時速57.2kmという結果になりました(4)。速度は0.02秒を中心にガンマ分布に近いパターンになります(図1)。
くしゃみの飛距離は?
ちなみにくしゃみの飛距離は、これまで2~3m程度と考えられていましたが、条件によっては「ガス状の雲」に変化して最大7~8mに到達することがあります(5)(図2)。
まとめ
最新の研究によると、くしゃみの速度は新幹線ほどは速くないが、自家用車くらい速いことが分かりました。なるほど、言われてみればそのくらいの気がします。
条件によっては、かなり遠くまでガス状の「くしゃみの雲」が到達するため、コロナ禍であろうとなかろうと、密な場所でマスクなしでくしゃみをするのは避けたいところですね。
(参考文献)
(1) Wells WF. Airborne Contagion and Air Hygiene: an Ecological Study of Droplet Infection. Cambridge, MA: Harvard University Press. 1955:423.
(2) Jennison MW, et al. Proc Roy Soc Exp Biol & Med. 1940;43:455458.
(3) Tang JW, et al. PLoS One. 2013;8(4):e59970.
(4) Han M, et al. Build Environ. 2021 Nov;205:108293.
(5) Bourouiba L. JAMA. 2020 May 12;323(18):1837-1838.