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【3・11再検証】あのときメディアはSPEEDIの真実に迫れなかった

楊井人文弁護士
NHKが未公表のSPEEDI予測結果を報じたのは4月4日だった

あの国民的大惨事から6年。誤報検証サイト〈GoHoo〉を開設してまもなく5年を迎える。最初に発表したのが、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)に関する報道を検証した3本の記事だった。メディアの根本的課題が凝縮されている当時の報道をきちんと検証して記録しておきたいーーそんな思いが、私をGoHooの立ち上げに突き動かした。あの教訓を風化させないために、当時の報道を再検証しておきたい。

2012年4月オープンした時のGoHooサイト
2012年4月オープンした時のGoHooサイト

「拡散予測不能」は誤報 記者たちは事実を把握していた

大震災発生後、最初にSPEEDIについて報道したのは、読売新聞の2011年3月15日付記事「放射性物質の拡散予測不能/原子力安全技術センター/地震でシステム不具合」だった。地震の影響で必要なデータが受信できず、拡散予測ができなくなっている、というもの。実際は、地震後もSPEEDIの拡散予測に必要な気象データは受信できており、運用機関の原子力安全技術センター(NUSTEC)が3月11日から文部科学省、原子力安全・保安院などの依頼を受け、繰り返し様々な条件で予測計算を行っていた。データは、3月14日以降、米軍、在日米国大使館、米原子力規制委員会(NRC)にも提供されていた。

読売新聞2011年3月15日付朝刊
読売新聞2011年3月15日付朝刊

今でこそ広く知られているSPEEDIだが、震災当初は国民一般にはほとんど知られていなかった。いざという時のため100億円以上の国費を投じて開発され、福島県の原子力防災総合訓練でも使われたシステム。当然、専門知識をもった記者はその存在を知っていた。

SPEEDI稼働の事実を最初に報じた「AERA」3月19日発売号
SPEEDI稼働の事実を最初に報じた「AERA」3月19日発売号

朝日新聞大阪科学医療グループのデスクは、地震発生当日にSPEEDIの取材を指示したという。しかし、朝日の紙面にSPEEDIに関する記事が最初に載ったのは3月22日。拡散予測を公表していない政府の対応を追及していたが、すでに事故が最も深刻な状態に陥ってから一週間が経過していた。しかも1面トップでもおかしくないのに、5面の地味な扱いだった。

読売新聞も3月12日から取材を始めていた。しかし、15日に「拡散予測不能」と"誤報"した後は沈黙。23日にようやく、拡散予測が行われていることを前提に非公表の対応を批判的に報じた

SPEEDIの真実を最初に国民に伝えたのは、3月19日発売の週刊誌「AERA」だった。不安を煽っていると激しく批判され、謝罪に追い込まれた号の目玉記事の一つが「国民には『データ隠蔽』」だった。そこには、次のように書かれていた。

風の向き、強さ、雨の有無など気象条件や地形などの科学的根拠に基づいた「放射能拡散予測」のシミュレーションは周辺住民や日本国内のみらず、今や世界各国の関心事になっている。だが、日本政府は11日の地震発生以来、17日まで、一切、発表していない。国は、放射能の拡散を予測するシステムをもっていないのだろうか。

答えは「ノー」だ。

日本では気象庁と文部科学省がそれぞれシミュレーションをしている。

出典:AERA2011年3月28日号「国民には『データ』隠蔽」

拡散予測ができているのに活用していない事実が伏せられ、しかもメディアが全く報道していなかったーー。私はこれを読んで愕然としたことを、今でも鮮明に覚えている。

国民が当時知らされなかった政府とメディアの攻防

メディアはかなり初期の段階から、SPEEDI稼働の事実を掴んでいた。

NHKは、事故翌日からSPEEDIのデータを出すよう政府に求めていたという。NUSTECは15日、「読売新聞の誤認記事について」とのプレスリリースを出し、拡散予測は可能だと明言。午後の文科省ブリーフィングでは、記者から「SPEEDIのデータを朝から何度も出してほしいと言っている」などと矢継ぎ早に要望が飛んだとされる(東京新聞2012年3月10日)。文科副大臣も16日の会見でSPEEDIが稼働していることを前提に受け答えしていた。ところが、こうした事実や政府とメディアの攻防は、当時、一切報道されなかった。

文科省は15日、SPEEDIの予測結果を基に福島県北西部の浪江町に職員を派遣し、高い放射線量を測定していた(NHK2012年6月11日)。一方、同省の政務三役はこの日行われた内部協議で、予測結果の図面を見て「一般にはとても公表できない内容であると判断」し、公表を見送った(文科省の資料参照)。

その後、政府は、国際原子力機関(IAEA)への報告書で、放出源情報に基づく予測ができないという制約下であっても、SPEEDIを「避難行動の参考等として本来活用すべきであったが、現に行われていた試算結果は活用されなかった」との見解を示した。(*1)

メディアの追及を受け文部科学省がSPEEDIの対応を協議した記録(日本報道検証機構が情報公開請求で入手)
メディアの追及を受け文部科学省がSPEEDIの対応を協議した記録(日本報道検証機構が情報公開請求で入手)

「政府の説明を突き崩せなかった」という教訓

読売新聞は翌年の検証記事で、「政府の説明を突き崩せなかった」と当時の報道を総括している。

事故発生当初、政府、東電が意図的に情報を隠し、国民の不信感をいたずらに拡大させた。

その典型例が、目に見えない放射性物質の脅威から住民を守る放射性物質拡散予測システム「SPEEDI(スピーディ)」の混乱。データ公表を巡って、昨年3月11日の事故直後から、政府とメディアの攻防が続いた。

12日、1号機で水素爆発が起き、原発周辺の放射線量は上昇した。「スピーディが活用される」。1999年のJCO臨界事故などでの取材経験から、読売新聞はスピーディを所管する文部科学省の取材に着手した。だが同省は、原発の機器故障で、正確な放出源情報が得られないことなどを理由に、予測データの提供を拒否した。

メディアは同省の記者会見で公開を再三要求し、本紙は23日付朝刊で専門家の意見を添え、政府の後ろ向きな姿勢を批判した。これを受け、政府はその日に公開を始めたが、表に出たのはごく一部。実際には、事故直後から放射性物質の放出量を仮定して、様々な予測を繰り返していた。そのデータは住民避難など肝心の時に活用されなかった。…(略)…

だが、こうした「隠蔽体質」を、メディアも追及しきれなかった。スピーディの運用規則では〈1〉放出源情報が不明でも、仮の数値で計算する〈2〉住民避難に活用するなどが定められていたが、記者側の理解が不十分だったため、その場しのぎの政府の説明を突き崩せなかったという教訓が残った。

出典:読売新聞2012年3月5日付朝刊「東日本大震災1年 原発報道検証」

読売の検証記事でも触れているように、地震で「不具合」が生じたことは事実だ。SPEEDIとは別に、原子炉の事故進展状況や放出量を予測する「ERSS」(緊急時対策支援システム)が、プラント情報の伝送が途絶えて本来の機能を果たせなくなった。これによって、ERSSが使えた場合に比べれば予測の精度(信頼性)は落ちたかもしれないが、もともとSPEEDIは仮の放出源情報による予測結果を活用することも想定されていた。

放射性物質、放射線の放出は始まっていないが、放出源予測情報も得られていない場合であって、放出開始前に住民の不安が高まり、混乱が生じている場合(勝手に住民が自主避難しているなどの情報がある場合)には、単位量放出による放射能影響予測結果に基づき、ある程度の範囲の住民の屋内退避、避難等を検討する。

出典:文部科学省「原子力事故・災害対応マニュアル」平成20(2008)年10月版

しかも、ERSSには、最悪の事態を想定して「PBS」(プラント事故挙動データシステム)という、オフラインでも使えるバックアップがあった。これを用いた事故進展予測も初日から行われ、PBSの放出源情報をもとにした予測計算も実施されていた(原子力安全・保安院、平成23(2011)年9月2日発表)。

ERSSのバックアップであるPBSの画面
ERSSのバックアップであるPBSの画面

私たちは6年前、「東日本壊滅」(故・吉田昌郎福島第一原発所長)の一歩手前という非常事態に直面した。このとき、メディアは「SPEEDIは使えない」と文科省などにミスリードされ、真実を浮き彫りにできなかった。その後、メディアがこの問題を追及するようになり、多くの情報開示につながったことは評価すべきことである。だが、やはり人々が最も必要としているときに、真実に迫る報道ができなかった事実は重い。

将来、何らかの不測の緊急事態が起きたとき、メディアは国民の側に立って報道できるか。二度と"大本営発表報道"の誹りを受けることのないよう、あのときの教訓を忘れないでほしいと思う。

(*1) 文部科学省は2012年7月の報告書の時点で、SPEEDIの有効な活用が必要との立場を維持していたが、原子力規制委員会が2014年10月、SPEEDIを活用しない方針を打ち出し、国の事業としては事実上廃止された。なお、民間事故調委員長だった故・北澤宏一氏(元科学技術振興機構理事長、2014年死去)は文科省の検証報告書案が明らかになった際、NHKの取材に次のように答えていた。

予測が実際の放射線量に結びつくことが分かった段階で、SPEEDIは不確かとは言えず、直ちに公表して住民の被ばくを深刻なものにさせないよう必死に努力するのが責任だ。この検証ではSPEEDIを生かすにはどうすればよかったのか、住民の立場からの検証が決定的に欠けている。

出典:NHKニュース2012年6月11日「SPEEDI実測でも非公表」

(2017/3/12 1:00追記)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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