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[ファクトシート] 1994年に企業献金廃止の合意はあったか

楊井人文弁護士
政治改革合意書に署名する細川首相と河野自民党総裁(衆議院オーラルヒストリー記録)

「1994年の政党助成法成立時に、政党助成金を導入する代わりに、企業・団体献金は廃止の方向となったという事実は実際にございません

「(1994年当時)公的助成が入ったので、企業・団体献金がなくなるという意識を持った者は少なくとも自由民主党にはいなかったと思っています」

 政治改革について議論が行われている臨時国会で、石破茂首相はこのように述べた(12月5日、衆議院予算委員会)。

 1994年、ちょうど30年前に、企業・団体献金廃止の合意はあったのか。

 当時、政治改革関連法案の成立にむけて、細川護熙首相と河野洋平自民党総裁の間で交わされた合意書などを確認し、事実関係を整理した。

ポイント

(1)細川首相・河野総裁の合意書には、企業献金は「5年に限り」とする文言はあるが、「5年後に廃止」という表現はなかった。→【合意書全文】

(2)合意書に署名した1月29日の共同記者会見で、細川首相は「5年後に廃止」と発言し、同席していた河野総裁は特に打ち消す発言をしていなかった。→【共同記者会見】

(3)1月29日、政治改革関連法案が両院協議会で可決成立し、衆議院本会議で、両院協議会議長が、細川・河野両氏の合意が法案成立の前提となっていると報告した。→【衆議院本会議】

(4)河野氏は昨年公開されたインタビューで、1994年の合意に5年後の企業献金廃止が含まれていたと回顧した。→【衆議院オーラルヒストリー】

合意書全文

 1994年1月29日に細川首相と河野総裁の間で交わされた合意書には、「企業などの団体の寄付は、地方議員、首長を含め政治家の資金管理団体(一つに限る)に対して、五年間に限り年間五十万円を限度に認める。」との文言があった。

 全文は次のとおり。(なお、日付は1月28日となっているが、29日の共同記者会見の場で署名をしたとの記録がある。)

     合 意 書

 第一二八国会の会期が残すところ一日となったいま、われわれは、国民の期待にこたえて政治改革関連法案の成立を図らなければ、わが国の議会制民主政治にいやしがたい傷跡を残すとの深刻な認識において一致した。

 成立に向けての双方の話し合いに歩み寄りを生むのは、互譲の精神にほかならない。二人はこれまでの長きにわたる真剣な政治改革論議を重く受け止めるとともに、国家国民のため、今政治が取るべき選択と決断に深く思いを致し、虚心に意を通わせたところである。

 話し合いの結果、左記の事項について合意するに至った。ついては、本合意に基づく修正を第一二九国会において連立与党および自民党の共同で、平成六年度当初予算審議に先立って実現させることを前提に、今国会では施行日を修正した上で政府提出案を成立させることとする。

 なお、成立した法律の施行期日は別に定める施行法によるものとし、当該施行法は本合意に基づく修正と同時に成立させるものとする。

 平成六年一月二十八日

  内閣総理大臣 細川護熙

  自由民主党総裁 河野洋平

 一、比例代表選挙はブロック名簿、ブロック集計とする。ブロックは第八次選挙制度審議会答申の十一ブロックを基本とする。

 二、企業などの団体の寄付は、地方議員、首長を含め政治家の資金管理団体(一つに限る)に対して、五年間に限り年間五十万円を限度に認める。

 三、戸別訪問は現行通り禁止とする。

 四、小選挙区選出議員数は三百人、比例代表議員数は二百人とする。

 五、小選挙区の候補者届出政党、比例代表選挙の名簿届出政党制ならびに政治資金規正法および政党助成法の政党要件の「三%」は「二%」とする。

 六、各政党に対する政党助成の上限枠は、前年収支実績の四〇%とする。ただし合理的な仕組みが可能な場合に限る。

 七、投票方法は記号式の二票制とする。

 八、寄付禁止のための慶弔電報などの扱いは現行通りとする。

 九、衆議院選挙区画定のための第三者機関は、総理府に設置する。

 十、以上の合意の法制化のため、衆参両院からなる連立与党および自民党各六名(計十二名)の委員により、協議を行うものとする。

(出所は21世紀臨調

共同記者会見での質疑応答

 1月29日、細川首相、河野総裁の共同記者会見で、合意書の署名が行われた。その後の質疑で、合意書「二」の企業献金に関して、記者との間で次のようなやりとりがあった。

 細川首相は「廃止ということがはっきりとうたわれている」と述べ、河野氏もそれを否定しなかった。発言内容は次のとおり。

− それでは、御質問をさせていただきます。

 まず、合意書を見ますと取り分け政治資金の問題なんですが、五年に限り年間五十万円を限度に認めると、こういうふうになっておりますけれども、総理は連立与党、取り分け社会党がこういう仕方についてどういうような反応をしているのか。事前に了解を取っているのかどうか。そういう不透明要素はないのか。

 それから、河野総裁にも同じように慎重派ですが、この問題だけではなくて容認したこと全般に対して慎重派を説得出来るのかどうか。その辺のことを含めてお願いします。

○細川総理 それでは、私からお答えいたしますが、社会党の方々のみならず、この問題については出来る限り厳しく抑制をしていくべきであるという声が確かに強かったと思います。そのことは十分私も認識をいたしておりますし、また直接に社会党の村山委員長からもそういう社会党の中の声というものも強く伺っておりました。

 しかし、この最後の土壇場に来て、大きな観点から是非私に判断はお任せをいただきたい。それは一任は出来ないというお話でございましたが、私の最終的な決断でそこのところは踏み越えさせていただいた、判断をさせていただいたということでございます。大変苦しい判断でございましたが、しかし五年後の廃止、少なくとも現行よりも透明度などの点でも増しておりますし、また廃止ということがはっきりとうたわれている訳でございますから、現行の制度よりも大きく前進をしたものである。当初の案よりは、おっしゃるように確かに後退をしたものになりましたけれども、この点については御理解を是非いただきたいと、このように思っております。

○河野総裁 政治改革を実現させようという気持ちは、我が党議員だれしもが持っている気持ちでございます。ただ、その内容になりますとさまざまな意見があって、議論が随分と続いてきた訳でございます。

 しかし、この臨時国会の最後の場面、ここでどうしてもこの問題には決着をつけて、我々は取り組まなければならない問題がたくさんある。その次の問題に進みたいという気持ちを持って、政治改革に対して慎重な態度をとられる方々の御意見も十分伺いながら、私は昨日来からの会談に臨みました。今、御指摘の部分について言えば、総理は大変この問題の決断には悩まれた、あるいはこの決断には大変苦労をなさったというふうに思いますが、私どものかねてからの主張でもございました、ここは是非理解をしてほしいということをお願いをした訳でございます。今回のこの合意は、お互いに互譲の精神がなければ合意は出来ない訳でございまして、党内同志の皆さんの理解を求めるために、これまでも随分多くの方々の意見を聞き、やってきた訳でございまして、私は必ず御理解はいただけると確信をいたしております。

(太字は引用者。出所は「データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)」)

衆議院本会議での政治改革関連法案成立の報告

 1月29日、両院協議会で政党助成法を含む政治改革関連法案が可決。衆議院本会議で、協議会議長である市川雄一議員(当時、公明党)が報告を行い、細川・河野「合意書」が、可決された法案(協議会案)の前提となるものだが、これを内容とする協議案を用意することは時間的に不可能だったと述べた。

 だが、市川氏は、両院協議会案の前提となる主な合意事項を読み上げ、企業献金に関する合意内容にも言及した。その際「廃止」という表現はなかった。

 発言内容は次のとおり。

○市川雄一君 公職選挙法の一部を改正する法律案外三件両院協議会の経過及び結果を御報告申し上げます。…(略)…

 本日の第三回両院協議会においては、本院側から新たな提案を行いました。この提案は、昨二十八日に土井衆議院議長からの提案をきっかけとして行われた細川内閣総理大臣と自由民主党の河野総裁との間の協議で調った合意を前提として行ったものであります。なお、この合意には、日本共産党及び二院クラブは参加されていないことを付言いたしておきます。
 合意された事項は、政党間の合意でありますので、直ちに両院協議会の協議の対象となるものではありませんが、協議案の前提となるものでありますので、そのうち主な事項を申し上げます。
 すなわち、小選挙区選出議員の定数を三百人、比例代表選出議員の定数を二百人とすること、比例代表選出議員の選挙は全国を十一のブロックに分けてそれぞれのブロックにおいて行うものとすること、企業・団体献金は五年間に限り公職の候補者が届け出た一つの資金管理団体について年間五十万円を限度として認めるものとすること、戸別訪問は現行どおり禁止とすること、政党要件を三%から二%に改めること、各政党に対する政党交付金の額の上限は合理的な仕組みが可能な場合において当該政党の前年収支実績の四〇%とすること、慶弔電報等の扱いは現行どおりとすることなどであります。
 しかしながら、現実の問題として、本日は今国会の会期最終日であります。これらの合意事項を内容とする協議案を用意することは時間的に不可能でありますので、これらの合意事項は、第百二十九回国会において、連立与党と自由民主党とが共同して、平成六年度当初予算審議に先立って実現させるとの合意を前提として、今国会では、衆議院議員選挙区画定審議会設置法案の施行期日を「公布の日」から「別に法律で定める日」に改めた上で、各衆議院議決案を成立させることを両院協議会の成案といたしたいと提案したのであります。
 この提案につきましては、協議の後、採決の結果、三分の二以上の賛成多数でこれを本両院協議会の成案とすることに決した次第であります。
 以上、御報告申し上げます。(拍手)

(太字は引用者。出所は国会議事録

河野洋平・元自民党総裁の回顧録

 1994年「合意書」を交わした当時、自民党総裁だった河野洋平・元衆議院議長は、衆議院事務局のオーラルヒストリーで、この時の合意や、企業献金の廃止について、次のように語っていた。

 インタビュワーは、紅谷弘志氏(元議長秘書・元衆議院事務次長)。

○紅谷 トップ会談は院内の常任委員長室で開かれましたが、誰が入っていて、どういう話だったのでしょうか。

○河野 細川、河野に、小沢、森が陪席して四人、後ろに鈴木恒夫さんと成田総理秘書官がいたのかな。だから、六人入っていたと思うんです。

 会談が始まったけど、森さんも小沢さんもほとんど発言しないから、僕と細川さんとのやり取りだったけど、細川さんは、何を言っても分かりましたで、結局、今度は丸々自民党案になったんです。

…(略)…

 それで、僕にしてみれば一番の問題は企業献金の廃止で、社会党は企業献金の廃止だけは絶対譲らないといって強かったから、細川さんもその場では、企業献金の廃止は当然だと言う。ただ、それについて自民党は、今は何億と企業献金をもらっていて、来年からいきなり廃止というわけにはいかないので、激変緩和のための時間が欲しいと提案し、五年後に見直しという条件で企業献金を廃止することで合意できたんです。

…(略)…

○紅谷 トップ会談での合意事項ですが、定数配分とブロック制に加え、もう一つの大きな柱は企業献金についてでした。

○河野 トップ会談で決めたのは、小選挙区制でいくよ、それから企業献金はやめるよという、この二つが政治改革の車の両輪だと僕は思っていたんです。ほかの慶弔電報を打っちゃいけないとかいうのは全く技術論ですよ。それで、時間が経過して今考えてみると、小選挙区制は良くも悪くも制度としてできて動いているけれど、企業献金の方は全く動かなかった。だから、今は両輪が片っ方しか回っていないという感じです。

・・・(略)・・・

○紅谷 この改正では、政党助成の制度を新しく導入して、国民一人コーヒー一杯分二百五十円ということで、総額が当時は三百億円余りでしたが、公費として政党に分配されることになりました。

 一方で、企業献金については、すぐにゼロにするわけにいかないので、五年後に廃止しましょうということで、取りあえずの間は、資金管理団体を一つだけ認めましょう、その代わり政党助成についても五年後に見直しましょうというのが附則にありました。しかし、政党助成の見直しはされず、片や政党に対する企業献金はそのまま残っているわけですから、それは二重取りじゃないかという意見があります。

○河野 それは、企業献金を廃止するから、一方で公費助成をするというトレードオフの関係なのに、終わってみたら、こっちは取ってあっちはそのままという、今は当時の考えとは全然違う状況になっていますよね。…(略)…

 企業献金の廃止は、個人献金に振り替えろという話はなかなか難しいだろうから、企業献金を止めて公費助成にしようということでした。だから、公費助成が実現したら企業献金は本当は廃止しなきゃ絶対におかしいんですよ。しかも、激変緩和のため五年後に見直すと法律の附則に書いたのにスルーした。見向きもしないでスルーしてもう二十五年たったんだからね。

 政治改革の議論が起こったときは、経団連も、傘下の会員に企業献金は慎もうと言っていたのに、最近の経団連は、自民党に献金してくださいと進んで言うようになっているからね。

 この頃は、企業献金が多いから税制を始めとしていろいろな政策がゆがんでいる、庶民から企業の方へ政策のウェートがかかって、企業献金が政策のゆがみを引き起こしているから、それを止めろということだったのに、それが今またああいうふうになっているというのは、本当におかしいと思いますね。

(太字は引用者。出所は衆議院、⑤自民党総裁時代より)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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