売れるから売る、売るから下がる、下がるから売るの悪循環を断つために
投資の損失は、取引費用を小さくしようとすることで、取引が誘発され、取引費用を増加させることに起因するのなら、その逆方向に投資の利益があるはずです。
取引費用の尺度としての流動性
取引可能なものは必ず買えて、買えるものは必ず売れます。しかし、取引には必ず取引費用を伴いますから、取引費用が大きくなっていけば、どこかで取引を実行することの経済合理性が失われます。
投資の世界で流動性といわれるものは、この取引費用の尺度のことで、取引費用が大きいことを流動性が低いというのです。流動性のない資産とは、取引費用が大きすぎて、事実上、売買が不可能なもののことであり、逆に、現金は、流動性が高いどころか、取引費用のない資産として、流動性そのものです。
取引費用は多様な要因によって規定されていて、投資の本質に深く関係しています。第一の要因は投資対象を調査する費用であって、現金に取引費用がないのは、調査する必要がないからです。それに対して、例えば、不動産の取引には、必ず物件の価値評価を伴うのですから、そこに費用が発生するのです。債券でも、国債の流動性が高いのは、敢えて国債の価値評価をする必要はなく、低格付社債の流動性が低いのは、十分な調査を行わないと価値評価ができないからです。
また、調査は完全たり得ずに、隠された瑕疵を発見できない可能性がありますから、買い手としては、その危険について、価格の割引を求めることで、対応することになります。例えば、低格付社債の流動性が低いのは、買い手としては、理論値よりも高い破綻確率を想定せざるを得ないからです。
取引量および流通量と流動性
取引量ではなく、需給の均衡が流動性を規定しているのだと考えられます。買いにしろ、売りにしろ、一方に偏って大量の注文が入れば、需給の均衡を欠くことになって、価格変動率が著しく大きくなる、即ち、取引費用は増大しますが、多数の参加者が多様な動機で取引すれば、売買が拮抗して、取引が連続的に円滑に成立するので、結果的に、取引量は増加し、取引費用は小さくなります。要は、取引量が多いから流動性が高いのではなく、流動性が高いから取引量が多くなるのです。
流動性は、流動性を規定します。例えば、同じ満期10年の国債でも、10年債として発行直後のものは、証券取引業者の在庫として市場に大量に存在し、その潜在的な売りは、投資家の潜在的な買いと均衡して、活発な売買がなされているので、流動性が高くなります。それに対して、10年前に20年債として発行されたものは、その多くが投資家の長期保有の対象となっているために、敢えて売買しようとすれば、価格変動率が大きくなり、取引費用が増加します。
時価総額の小さく浮動株が少ない株式が典型ですが、流通量が少なくて流動性の低い投資対象は、売る立場からいえば、取引費用の大きさが損失になりますが、買う立場からいえば、取引費用の大きさは利益になります。つまり、流動性の低いものは、一般に、割安に放置されやすいので、投資においては、流動性は付加価値源泉にもなり得るのです。
リスク管理と流動性
機関投資家のなかには、金融機関等のように、流動性を重視するものがあります。それは、投資対象の売買によって、リスク管理を行う必要があるからです。リスク管理とは、投資対象の諸属性を一定の範囲内に収めることで、例えば、投資可能な債券について、信用格付の下限を設けるのが代表例です。
こうして、リスク管理によって、投資対象の諸属性について基準値を設けておくと、例えば、信用格付の引下げなど、環境に応じて諸属性は常に変化していくので、基準値への抵触が生じて、その都度、保有資産の売買が生じるために、流動性を高く維持しておく必要が生じるわけです。
しかし、リスク管理の難点は、金融機関等に典型的にみられるように、類似したリスク管理手法を採用する投資家が多いために、売りの偏在を招き、安い価格での売却を強制されやすいことです。このことは、信用格付の引下げられた債券は、売りの集中により価格が急落しやすいことを考えれば、容易に理解できます。こうして、売却の集中した投資対象は、当然に、割安になるのですから、リスク管理を徹底する投資家は、自らの損失のもとで、他の投資家に有利な機会を与えてしまうわけです。
また、資産担保証券等のように仕組みが複雑で調査費用の大きくなる投資対象や、発行後の時間が経過した債券など、流動性が低いものは、一般に、割安に放置されているわけですが、リスク管理のもとで流動性を高く維持しようとすれば、そうした投資対象を避けることになり、大きな機会損失が発生します。
要は、流動性を高く維持しようとすることには、それなりの費用が発生するわけで、逆にいえば、低い流動性を許容すれば、そこに有利な投資機会が発生するということです。
プロシクリカリティと流動性
資本規制を受ける銀行等の金融機関にとって、投資対象の価格の下落によって発生する評価損は、資本の控除項目になります。資本が減少すれば、規制上、保有できる資産のリスク総量も減少し、一部の資産の売却が必要になります。つまり、資産価格の下落により、強制的な資産売却が誘発され得るので、保有する資産には、高い流動性が要求されざるを得ないわけです。
この資本制約の構造問題は世界共通ですから、全世界の多数の金融機関が一斉に資産売却をすることになりかねず、そのことに起因する市場への大きな影響は、更なる価格の下落を誘発し、それが更なる売却を誘発するという連鎖を招き得るわけで、これが危機、あるいはプロシクリカリティと呼ばれる現象です。
シクリカリティは、下がれば上がる、上がれば下がるという価格変化の交替的循環ですが、プロシクリカリティは、下がれば下がる、上がれば上がるという価格変化の一方向への累積です。シクリカリティのもとでは、一般に、取引費用は小さい、即ち、流動性は高いのですが、プロシクリカリティが起これば、取引費用は激増する、即ち、流動性は極端に小さくなります。
つまり、流動性は、投資対象ごとに異なるだけでなく、同じ投資対象でも、環境によって大きく変化するわけです。このことは、一方では、安い価格での資産売却を強制される危険ではありますが、他方では、著しく安い価格での資産取得を可能にする機会でもあるわけです。
資金使途と流動性
資金使途が具体化している資金を運用するときは、当然のことながら、現金化が常に意識されなければならず、そもそも、流動性とは、そうした換価の必要性から、重視されてきたものだと考えられます。しかし、財団、年金基金、金融機関等の機関投資家においては、運用資産そのものに使途があるわけではなく、投資の果実だけが払い出されるのですから、換価の可能性としての流動性は重要ではありません。
低い流動性を許容できる投資家は、高い流動性を求める投資家が存在する限り、割安なものに投資できます。例えば、銀行等の資本規制のもとでは、金融機関が規制に準拠するための費用を支払い、資本規制のない一般投資家が利益を得るという基本構図が成立するわけです。故に、実際に、年金基金や財団などは、低い流動性を許容できる利点を活かして、投資戦略を策定しているのです。
ただし、資産を換価する必要がないとはいっても、投資の果実は払い出されるのですから、果実が現金化してくることは必要です。つまり、投資の果実は、利息、配当金、賃料などとして、資産から自然に分離して現金化してくるもので構成されるべきなのであり、果実が現金化してくるからこそ、果実を生む資産自体の現金化は必要でなくなるのです。