元大統領たちの“懐事情”、大統領の年収:大統領年金、本の印税、講演料で優雅な第2の人生を満喫
■ 元大統領の様々な第2の人生
トランプ大統領はバイデン新大統領就任式に出席せず、就任式が始まる直前、ワシントン郊外にあるアンドリュー空軍基地から大統領専用機に乗って、フロリダ州パームビーチにある豪邸マー・ア・ラゴに向かった。トランプ大統領は、当面は上院で始まる弾劾裁判に備えて対策に追われるだろう。弾劾裁判にかかる費用は自腹である。クリントン大統領が退任したとき、弾劾裁判で使った費用120万ドルを借金で抱えていた。トランプ前大統領は2度の弾劾裁判で巨額の裁判費用が掛かるが、大富豪なのでお金の心配はないだろう。
大統領が任期を終えた後、どのような生活をするのか。収入はどうなるのか、大いに興味あるところだ。世界最大の権力者の第2の人生は、どんなものなのだろうか。初代大統領のジョージ・ワシントン大統領は、退任後、バージニア州マウント・ヴァーノンでアメリカの最大のウィスキー蒸留会社の所有者になっている。現在でも彼の名前のついたウィスキー「George Washington’s Rye Whisky」が売られている。3代目のトーマス・ジェファーソン大統領は退任後、バージニア大学を設立している。もともと冒険家だった26代目のセオドーア・ルーズベルト大統領は2度目の挑戦であった大統領選挙に敗れると、息子と一緒にアマゾンの密林の探検に出かけている。華麗な転身を遂げたのは第27代目のウィリアム・タフト大統領で、1913年に退任した後、1921年に最高裁首席判事に就任している。34代目のドワイト・アイゼンハワー大統領は牧場に戻り、牛の飼育を行った。最終的に牧場を国立公園局に寄付している。
トランプ大統領のように巨額の資産を持っていれば別だが、民間人に戻った元大統領は自ら稼がなければならない。基本的には、大統領としての年金と講演料や本の印税で稼いだり、団体の顧問などを務めることになる。トランプ大統領は、在任中から、選挙で落選したらテレビ局を開局すると報道されていた。もともとテレビ番組の司会者でもあっただけに、その可能性はある。
■ 大統領年金制度が始まったのは1958年
豊かな第2の人生を送るには、お金が必要である。元大統領がどのようにして所得を得ているのか見てみよう。まず年金がある。1958年に成立した「元大統領法(Former President Act)」で、大統領がどのような公的な支援を得ているかを明らかにする。
同法ができる前、元大統領を対象とする公的年金制度はなかった。同法が制定されたのは、ハリー・トルーマン大統領が退任後、資金的に窮して、厳しい生活を強いられたためだ。元大統領が退任後も威厳を持った生活を維持する必要から、同法が成立した。後で説明するが、大統領の報酬は決して多くはない。4年間、あるいは8年間、大統領職にあっても、それほど多くの貯蓄はできない。退任後、収入源がなければ、トルーマン大統領のように生活苦に喘ぐことになる。ちなみに、元大統領年金法は最もお金を必要としたトルーマン大統領には適用されなかった。最初に年金を受け取った大統領はアイゼンハワー大統領である。年金以外にも「大統領手当法(Presidential Allowance Act)」に基づいて様々な給付も行われる。
■ 年金や諸手当で年間100万ドル
議会調査局の2016年に作成された資料『元大統領:年金、事務所手当、その他の政府給付(Former Presidents: Pension, Office Allowances, and Other Federal Benefits)』に基づいて、どの様な給付が行われているか説明する。元大統領の年金額は約20万ドルである。在任時期によって受取額に若干の差がある。たとえばクリントン大統領は21万8000ドル、ブッシュ大統領は21万4000ドルであるが、カーター大統領とブッシュ大統領(父)はいずれも20万5000ドルである。だが年金以外に、様々な諸手当が支給される。その中で一番額が多いのは事務所経費である。2015年度にカーター大統領は11万2000ドル、ブッシュ大統領(父)は20万7000ドル、クリントン大統領は42万9000ドル、ブッシュ大統領(息子)は43万4000ドルを受け取っている。この資金は、事務所の賃貸料、スタッフの給与などに充てられる。
次に大きな額の手当は、通信費である。これは大統領によって大きなばらつきがある。想像するに、それは実費請求であろう。予算で残った額は、財務省に返還される。調査対象の4人の元大統領で通信費が一番多いのはブッシュ大統領(息子)で8万ドルである。一番少ないのはクリントン大統領の1万1000ドルである。興味深いのは、ブッシュ大統領(息子)が印刷費として2万ドルを受け取っていることだ。一体何を印刷したのか興味あるところだ。クリントン大統領は9000ドルに過ぎない。
また具体的な内容が分からないが、カーター大統領以外に「個人手当(personal compensation)」という名目で他の3人の大統領に9万6000ドルが支払われている。年間、元大統領に払われている公的な資金の合計額はブッシュ大統領(息子)が109万8000ドル、クリントン大統領が92万4000ドル、ブッシュ大統領(父)が79万4000ドル、カーター大統領が43万ドルである。年金以外は経費として支出されるので、元大統領の手元には残らない。
数字は極秘にされていて不明だが、相当な額のシークレット・サービスの警護費用が掛かっている。元大統領と配偶者には生涯、子供は16歳になるまでシークレット・サービスの護衛が付く。2016年にシークレット・サービスの経費を含む諸手当の上限を設定する法案「大統領手当近代化法(Presidential Allowance Modernization Act)」が提出されたが、オバマ大統領は拒否権を発動して、その実現を阻止している。
また「大統領移行法(Presidential Transition Act)」に基づく支出もある。大統領は任期を終えると、ホワイトハウスから出ていかなければならない。その際にかかる経費は国の予算から支出される。適用期間は退任後7カ月である。オバマ大統領は950万ドルを受け取っている。これは引っ越し費用や、使われずに放置されていた自宅の改修費などに充てられる。もう一つ付け加えれば、故レーガン大統領のナンシー夫人に通信費として6000ドルが支払われている。その趣旨が良く分からない。また夫が受け取っていた年金が夫人にどう引き継がれるかは確認できなかった。
ただ元大統領が年金や諸手当を受け取れないこともある。まもなくトランプ大統領を巡って2度目の弾劾裁判が開かれる予定である。1974年に司法省は、任期途中に辞任した大統領と弾劾された大統領に対する取り扱いに関する方針を明らかにした。それによると、途中で辞任した大統領は年金と諸手当の受取ることができるが、弾劾によって罷免された大統領は受給資格を剥奪される。ニクソン大統領は任期途中で辞任したため、年金・諸手当を受給することができた。もしトランプ大統領が弾劾裁判で有罪判決がくだされ、罷免されたら、年金・諸手当の受給資格を失うことになる。ただ大富豪のトランプ大統領にとって受給資格が剥奪されてもなんの痛痒も感じないだろう。
■ 元大統領を潤す莫大な講演料と本の印税収入
これだけの年金や諸手当がもらえれば、品格ある生活を維持するのに十分であろう。だが年金などの公的支給は、元大統領にとって、それほど重要ではなさそうだ。元大統領の威光で、講演料や本の印税で巨額の資金を稼ぐことができるからだ(資料「Speaking Fees for Presidents Top $750,000」、ThoughCo, 2020年2月4日)。例えば、クリントン大統領は2011年に香港で行った一度の講演で75万ドルを受け取っている。通常、彼の場合、25万ドルから50万ドルが講演料の相場である。2001年から2012年の間に講演料の総額は1億0400万ドルに達している。オバマ大統領も講演で稼いでいる。退任後1年の間にウォール街で4回講演をして、合計120万ドルの講演料を得ている。一回の講演料は40万ドルで、これがオバマ元大統領の講演料の基準となっている。クリントン大統領よりは少ない。
ウォール街での講演で稼いでいるのは、オバマ大統領だけではない。クリントン大統領も同様にウォール街を最大の顧客としている。保守派が、「民主党政権は金融界と癒着している」と批判するのも、こうした事実があるからだ。ちなみにバイデン内閣で財務長官に就任するジャネット・イエレン元FRB議長も、上院に提出した財務長官承認のための金融報告を見ると、金融機関を対象に行った講演で巨額の講演料を受け取っている。
やや金額的に落ちるが、ブッシュ大統領(息子)の講演料は10万ドルから17万5000ドルである。同大統領は少なくとも退任後200回以上の講演をこなしている。単純計算すれば、最低でも2億ドルを稼いでいることになる。異色なのがカーター大統領で、基本的に講演料は受け取らなかった。受け取った場合も、その全額を福祉施設に寄付している。彼は敬虔なエバンジェルカルであるが、極めて穏健な人物であった。退任後、「宣教師になりたい」と夢を語っていた。講演料は5万ドル程度だったと言われている。
講演料の次に大きな収入をもたらしているのが本の印税である。アメリカでは、大統領が回顧録を書くのが普通になっている。大統領以外でも国務長官、国防長官、商務長官などが回顧録を書いている。こうした回顧録は重要な歴史資料にもなるが、なによりも元大統領、元高官にとって大きな収入をもたらす。例えばカーター大統領は『信じること働くこと:ジミー・カーター自伝』、ブッシュ大統領(息子)には『決断の時』がある。クリントン大統領の本には『マイ・ライフ:クリントンの回想』がある。クリントン大統領とヒラリー・クリントン元国務長官のクリントン一家は、2001年から2014年の間に約2億3000万ドルの所得があった。その内、二人が得た講演料収入は51%を占めている。本の印税は24%を占めている。オバマ大統領は『約束の地 大統領回顧録』を出版しているが、出版契約を締結した時点で6500万ドルのアドバンスを受け取っている。蛇足だが、こうした回顧録は自分で書いているのではなく、ゴーストライターを使うのが普通である。トランプ大統領が回顧録を書くとなれば、出版社から破格のアドバンスが提示されるのは間違いない。
■ 現役大統領の報酬はいくらか
次に現役の大統領の報酬を見てみる。現在、大統領の報酬は40万ドルである。2001年に20万ドルから40万ドルへと倍に引き上げられた。倍というと大きいと感じるが、建国以来、大統領の報酬の引き上げが行われたのは“5回”に過ぎない。自動引上げの制度やインフレ調整は行われない。初代ワシントン大統領の報酬は2万5000ドルであった。現在価値に換算すると60万ドルに相当する。現在の40万ドルの報酬はワシントン大統領の報酬より相当少ない。
憲法第2章第1条第7項に「(大統領の)報酬額は、その任期中に増額あるいは減額してはならない」と規定されている。要するに、大統領は在任中に“お手盛り”で報酬を引き上げることができないのである。引き上げを決めても、実際に恩恵を受けるのは次の大統領である。とすれば、現職の大統領が報酬の引き上げに一生懸命になることはない。その結果が、240年で5回の引上げである。
40万ドルの報酬以外にも収入はある。経費として5万ドルが支払われる。さらに非課税の交通費として10万ドル、交際費が1万9000ドル支払われる。報酬以外に16万9000ドルが支払われている。交際費は信じられないほど少ない。日本の首相は会食で情報を得ているそうだが、アメリカ大統領は情報を取るために会食など必要ないのである。日本では巨額の“機密費”が存在しているが、アメリカにはない。支給された交通費も使わなかった額は財務省に返還される。世界で最大の権力者であるアメリカ大統領の年収は中小企業の経営者の年収程度しかない。ただ大統領はホワイトハウスに住み、住居費はかからない。ホワイトハウスの中には映画館もある。食事も無料である。在任中、お金を使う必要はない。ホワイトハウスに入居する際に改装するのが普通であるが、その費用10万ドルも支給される。
報酬を受け取ることを拒否した大統領が3人いる。ハーバート・フーバー大統領とジョン・F・ケネディ大統領、そしてトランプ大統領である。いずれも大富豪で、大統領報酬をもらう意味がなかった。だが法律で受け取りを拒否できないため、3人の大統領はいずれも慈善団体や政府機関に寄付をしている。ケネディ大統領は上院議員の時も議員報酬を受け取っていない。
ちなみにバイデン新大統領の報酬も40万ドルである。大統領に就任した時点での純資産額は900万ドルである。比較で言えば、オバマ大統領の就任した時点の純資産額は130万ドルであった。だが2020年段階で、その額は400万ドルに増えている。
■ 上院議員、州知事の報酬はいくらか?
次に州知事の報酬を見てみる。州によって大きな格差が存在する。2016年時点では、最も報酬が少ない知事はメイン州の知事で、7万ドルに過ぎない。アメリカの家庭の平均年収を若干上回っている程度である。最も報酬が高いのが、ペンシルバニア州の知事で、19万ドル強である。50州平均の額は14万ドル弱である。大統領の40万ドルとは比較にならない。
上院議員の報酬はいくらだろうか。2021年の数字で17万4000ドルである。最も報酬の高い州と同程度の水準である。2009年に16万9300ドルから現在の額に引き上げられている。その後、13年間、据え置かれたままである。
■ 日本の総理大臣、議員の年収はいくらか
最後に日本の総理大臣や議員の給与を見てみよう。内閣官房が出している「主な特別職の職員の給与(2020年1月7日現在)」によると、年間総額4049万円である。これには「俸給」「地域手当」「期末手当」などが含まれている。ただ、なぜ「地域手当」という項目があるのか理解できない。大臣は2953万円である。
国会議員はどうか。2019年の国会議員の平均年収は約2200万円である。それ以外にも各種手当が約2000万円支給されている。日本の国会議員の給与は世界で最も高いとの推計もある。
日米ともに所得税がかかるので、単純比較はできない。ただ政治家は給与に見合った活動をしているのかどうかが問題である。議員に限っていえば、日本の議員は党議拘束に縛られ、党の決定に異議を唱えることはできない。そのため“陣笠議員”と揶揄されるように主体性を発揮することができない。アメリカの議員は、党ではなく、有権者に忠誠を示す。党の決定であっても、自分の信念に合わなければ、平気で党に反旗を翻す。日本には、そんな気骨のある政治家はいなくなった。