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東京五輪までクールジャパンの使われ方に疑問あり

長谷川朋子テレビ業界ジャーナリスト
東京五輪準備中の日本の注目したCNNで放送中のシリーズ「ディスカバージャパン」

世界の注目は2020年の東京夏季オリンピック・パラリンピック準備中の東京に移り変わりつつある。アピールする機会にもってこいと、海外に向けて日本を紹介する番組が増えているのだが、クールジャパンの使われ方に疑問がある。

欧米基準で制作された日本PRドキュメンタリー

リオオリンピックの閉会式で次期開催都市として、東京、日本の見せ場が作られた。今後こうしてフォーカスされる機会が増えていくことを改めて実感する場面でもあった。

というのも、東京五輪開催が決定したことも追い風となって、海外の放送局などで日本そのものを紹介する番組が続々と作られているからだ。

先日も米ニュース専門チャンネルCNNが日本特集の「ディスカバージャパン」シリーズを展開していることを取材する機会があった。

現在、CNNで放送中(一部英語版がWebにて配信中)の「ディスカバージャパン」は特集タイトルの通り「日本を発見する」という内容のもの。旅や食、ファッション、音楽、テクノロジー、都市構想といった日本が紹介される際に取り上げられる定番のものが扱われているが、それらをブロガーやインスタグラマーなど個人の視点を通じて日本の魅力を見せている。

例えば、シリーズのひとつ「Culinary Journeys(世界食紀行)」で番組をナビゲートするミシュラン2つ星レストラン「L’Effervescence(レフェルヴェソンス)」のシェフ・生江氏は「東京の切り取り方は、天ぷらや寿司だけじゃない。東京は昔のまま残る趣きと変化し続ける新しさの両方を持ち合わせている。そんな多様化する東京の今と重ね合わせて、イメージした料理を楽しむかたちもある。日本のおもてなしの心にも繋がっていくはずだ」と番組完成後に語っていた。CNNの視聴者の興味を抱かせるようなこうしたメッセージが本編で発信されている。

番組はCNNがネットワークを持つ世界各国の国や地域で観られ、視聴者層はビジネスマンや富裕層といったところ。アメリカやアジアに拠点を置く番組プロデューサーが担当し、切り替えの早いカメラワークや視覚で訴える映像美のこだわり、ストーリーテリングがわかりやすい欧米基準で作られたドキュメンタリーである。

決して誇張した見せ方でもなく、こうしたかたちで日本が取り上げられるのは歓迎できる。CNNはターゲットが明確であることから番組のブランディングを追求しやすいから有利だが、残念ながら国内で制作されたPR番組は日本の制作力が発揮されていない類のものも多い。ただただ、政府予算で作られたに過ぎない番組が多いように見える。

10億円の予算に対して経済波及効果は93億円

そもそも、日本の魅力を海外に伝える映像が増えるようになったのは、奇しくも2011年の東日本大震災がひとつの転機となった。そこから流れが変わっていったと分析している。

当時、海外に向けて日本の魅力を伝えるドキュメンタリー番組がイメージ回復策に有効だと判断され、復興予算で番組制作が支援強化されたのは印象的だった。翌年には政権が交代し、政府のいわゆる「クールジャパン戦略」が強化されるようにもなり、海外に番組を売る際に字幕をつける費用やプロモーション活動に対して助成金が出る制度も初めて作られた。立て続けに東京オリンピックの開催が決定したことで、ますます日本のPR番組に太鼓判が押され、増えていった。

成果はというと、日本全国の各地域の魅力を紹介する番組が機内上映や海外現地の放送局で発信されることでインバウンド効果が得られていると報告されている。1997年から取り組んできた北海道は、その成功事例に語られることも多い。

例えば、政府がASEAN6か国(フィリピン、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、ミャンマー)を対象に行った2014年度の映像製作支援モデル事業は10億円の予算に対して、インバウンド、アウトバンド合わせて93億円ぐらいの経済波及効果があったと総務省が換算した数字が発表されている。

放送することが売上に直接結び付くものではないため、成功しているかどうかの基準があいまいで判断しにくい面もある。しかし、政府案件によるPR番組は情報を羅列しただけのものや地上波の番組を焼き直ししたような作りの番組も多く、PRにも関わらずブランディングに対するこだわりが欠けている。税金で作られるものが妥協したレベルでいいのか疑問に思う。

問題を制作者だけに向けているわけではない。根本は仕組みにある。政府が民間に委託し、事業が進められているかたちになっているが、民間主導が名ばかりであったり、責任のありどころがわかりにくい。2020年に向けてますます日本をPRする機会が増えていくだろうこのタイミングをきっかけに、問題点を議論すべきではないか。

テレビ業界ジャーナリスト

1975年生まれ。放送ジャーナル社取締役。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。得意分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威あるATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や、業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)、「放送コンテンツの海外展開―デジタル変革期におけるパラダイム」(共著、中央経済社)。

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