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社員2000人以上処分のかんぽ生命、変革するには? カギは「社員の不満」

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:ロイター/アフロ)

かんぽ生命の不適切販売で処分対象者が2000人を超えました。2020年12月14日に日本郵便から発表され、各報道機関から一斉にニュースが流れましたが、ストレートニュースが多く読み応えがありません。朝日新聞では踏み込んだ報道があり、「不正への関与を理由に処分された上司はほとんどおらず、現場の郵便局員にばかり厳しい傾向は鮮明だ」と報じています。このように中半端な処分状態で、再生はできるのでしょうか。今回は、組織変革コンサルタントの仁科雅朋さんとこの問題を考えます。

上司に「違います」と言えないのは日本の文化?

私は、2019年の7月の記者会見から追いかけており、2019年の中間報告書、2020年の最終報告書も読み、ここのヤフー記事でも2回取り上げました。社内調査も第三者による報告書も手ぬるいことを指摘しましたが、全て現場が悪いのでしょうか。3月26日の追加報告書では、「ごく少数の募集人だけが不適切な販売をしていたと思っていた」「経済合理性のない乗換契約であっても、契約書類に顧客の署名・押印があるからそれは顧客ニーズであると思っていた」など、現場を把握していない経営陣のコメントがちりばめられていたからです。朝日新聞の報道では、「不正問題を調べた特別調査委員会の報告書でも、上司が不正を黙認・助長していたとの証言は多い。成績の悪い郵便局員に怒声を浴びせてプレッシャーをかける一方、好成績の局員の不正には目をつぶる職場が少なくなかった」とあり、認識のギャップはこの処分でも露呈しているように見えます。

企業風土、組織変革に長年取り組み、日本郵便での研修経験もある仁科さんは、この処分についてどう思いますか。

―私は、この問題に関わった2000以上の社員を、誤った号令で向かわせたにもかかわらず、処分して事を収めようとする姿勢には賛同できません。この問題を考察すると日本郵政は半官半民の企業で、巨大な売上と利益があり、日本国に守られている企業です。株の半分以上が国の保有、保有証券の多くが国債という事実からみてもそうです。つまり働いている従業員は役人です。役人は「与えられた仕事を使命と捉え、遂行する」というものだと、ある官僚の方から聞いたことがあります。役人道は日本の精神、武士道に近いものがあるように思います。上からの指示には忠誠を誓うという精神性です。一方、この問題は「私は貝になりたい」という映画を想起させます。戦時中に上官の指示により捕虜を竹やりで刺し殺した二等兵が東京裁判で死刑を宣告されて、そのまま絞首刑になったという話ですが、裁判の時に主人公は「戦時下で、上官の命令に従わない判断などできるはずがない」と反論するシーンがあります。現場の調査をとことんする必要があります。

日本人は「恥の文化」だと説いたのはR・ベネディクトの「菊と刀」でした。恥の文化とは、恥じないこと、人に後ろ指を指されない生き方をしなさいという精神性のことなのですが、これを掘り下げると、自分勝手なことをするな、人に迷惑をかけるな、最後は人と違う事さえするなということにもなります。この精神性のお陰で、何の罰則もないのに、緊急事態宣言が出されれば、外出を控え、三密を控えるという従順な国民でもあります。しかし、全体が違う方向に向かっても「違います」とは言いにくく、右に倣えと甘んじてしまう弱さもあります。そういう意味では、役人体質の悪い面、日本人の脆弱な部分が露呈したのがこの問題の背景にあろうかと思います。

旧経営陣トップ3は2019年の12月に辞任していますが、最終報告や処分が出る前に先にとっとと辞めてしまった印象です。責任を取るということは、現場の声をきちんと聴いて、原因に向き合って反省することだからです。途中で投げ出したようにしか見えません。報告書から根本原因についてどう考えましたか。

―この問題についてまず考えなければならないことは、営業(郵便局員)の目的は何かということです。言い換えれば営業の定義をどう捉えていたかです。この事象を見る限り、日本郵便の営業はノルマを達成することという定義で活動を行っていたという事になります。自社都合優先、ノルマの達成が個々の営業、組織の使命となっていたのではないでしょうか。日本郵便に限らず、このような古い考え方をしている組織、営業マンは少なくありません。「お客様の為」と標ぼうしながら、現実的には目標というノルマを優先し、その達成のみに活動を向かわせるという管理手法です。人口が伸び、市場が伸びていた時代には、とにかく頑張れ、さすれば偉くなれるという紋切り型のスローガンを掲げれば、頑張れた時代には辛うじて通用していたやり方ですが、今の時代には全くそぐわないやり方で、この旧態依然の考え方を変えられなかったというのがこの問題の根本原因だと思います。

意味のない仕事の繰り返しは人を狂わせる

確かに、かんぽ問題を私が語ると、「今だに営業現場ではよくあることだよ」「無理に数字を作るのは日常茶飯事」「パワハラは普通。何とも思わない」と諦めの声を耳にします。話をしていると私の感覚がおかしい、と思えてくるほどです。かんぽ生命は時代錯誤もいいところと思っていましたが、もしかして、これは日本全体の姿かもしれないと危惧しています。ノルマ至上主義はまだまだ日本に根強く残っているのでしょうか。高齢者の契約を意味もなく書き換えさせて売上を上げる行為に心が痛まなかったのかと。日本の営業現場はどうなっているのでしょう。

―本来はお客様のために最適なソリューションを提案するという使命であるはずの営業が、自分のノルマの為に、不適切な提案をして「数字を獲得する」行為をやっていたわけです。察するに、日本郵便の営業の方々のモチベーションはかなり低かったと推測されます。ノルマを達成すれば、また、より高いノルマがやってくるというバッドスパイラルに陥っていたのは間違いありません。つまり、目的と手段をはき違えた活動をしていたのでしょう。人は目的が見えない、健全ではないことをするとストレスがかかります。意味もなく、穴をほって、その穴をまた埋めるという仕事は人を狂わせます。なぜならば意味がないからです。もし、意味をつけるとしたら「拷問」ということになるでしょう。

まさに、企業の中だけ、数字だけみることで狂ってしまったのでしょう。そういう意味で集団や組織は簡単に人を洗脳します。売上だけで企業を判断する時代は終わっています。そんなことに上司、経営者が気づいていないことにがく然としています。ある外資大手外資メーカートップは「売上ではなく、ブランド、バリューの時代だ。全社員が充実したトレーニングを受ける権利がある」と豪語しています。このような外資が相手では日本の企業は生き残れません。売上至上主義では、郵便局というブランドが築き上げてきたブランド、バリューを失墜させてしまいます。

―日本の人口減少がどんどん進んでいく中、やみくもな業績拡大志向は時代に合わなくなりました。そこを見ていては組織は成長しません。日本郵政の決算報告を見てもやはり、対前年で伸びたのか、減ったのかという数字のオンパレードです。どれだけお客さんに貢献できたのか、社員の満足度が上がったのかという指標は見当たりません。人は本来、誰かのために役に立ちたい、貢献したいという気持ちをもっています。さらに、自分の仕事が社会に貢献できているという実感があれば、それだけで幸福になれます。つまり、営業の目的はお客さんに貢献することであり、その行為が社会の為になっているということを確信できれば、仕事にやりがいを感じます。その使命感を見失っていたので、このような事象が起きてしまったという事ではないでしょうか。その定義を会社が掲げて、それを上司が部下指導の中心に置いていれば、上から何といわれようと、「それは会社が目指す目的と合わないのでできません」ときっぱり断ることができたはずです。さらに、そのような組織風土ができていれば、定義に合わないことを部下に強要することもなかったと思います。

リモート化が進み人や会社との心的距離が遠くなってくると、自分を冷静に見つめる機会も増えるでしょう。また、時間に余裕ができたので、副業を始める人も多くなっています。つまり、今務めている会社に頼らなくても生きていける、会社に生殺与奪の権を握られることのないサラリーマンが増えていきているという事です。そうなると、会社から給与をもらっているのだから、指示通り働くのは当然だろうという論理で従わせることがもはやできなくなってしまったという事になります。上司の権限は給与評価にあったものが、その唯一が無くなってしまったのです。これからはポジショニングパワーで屈服させる上意下達のマネジメントは通用しない世の中になりました。通用しないというよりはそこから脱皮しない限り、会社が存続できない時代になったといった方がもはや正しいかもしれません。そのためには、今一度企業の目的を明確にし、お客様と社会に貢献することを掲げ、その実現のためにどうしたらいいのかをひたすら追求する会社を目指すことです。営業の評価も数字を達成することではなく、お客様に貢献し、どれだけ信頼を得たかをKPIとする時代に移行したのです。つまり、会社の理念に合うか合わないか、働き甲斐を見いだせるかどうかが、もはや就職活動の大きな判断基準になりつつある、否、すでになっています。

「リスクの芽」である社員の不満を出し切る

郵便局に限らず、日本企業は、上司と部下の関係性がすっきりしませんね。フラットではないというか、意見が言えない関係というか。だから部下はストレス抱えて病気になってしまいます。一緒に目的を共有することができていない。「働きがい」を共有できる組織は理想ですが、かんぽ生命、日本郵便、日本郵政の組織変革は可能なのでしょうか。

―どんな組織も変革は可能です。私がこの会社を立て直す立場ならば、という観点で考えると、①日本郵便の社会的使命を再考し、②その実現のための具体的な目標を掲げ、③社員の評価はその実現にどれだけ貢献できたか、④逆に会社の評価はどれだか社員満足度を上げられたか、を軸にします。そして、透明性と誠実、信用と信頼を掲げ、日本一働き甲斐のある会社を目指す方向に舵を切ります。

経営者が、社員の「不満」を集め、実行可能なものから順次解決に向かい、お客様の信頼とともに、社員の信頼回復を図ることが第一歩です。許可を出せば「不平不満」は出ます。この不満出しのポイントは5分、10分と時間を区切ることです。問題を変革のチャンスと捉え、大胆な改革が行われることを期待します。「変われるんだ」という変革のムーブメントになるところまでもっていけるといい。その改革がこれからの日本再生の模範になれば、むしろ大きな社会貢献になるでしょう。

「不平不満」は「リスクの芽」と私達は呼んでいます。ここに向き合わないとリスクマネジメントを進めることができません。現場の不満に向き合うことが第一歩ですが、ここが案外できていない。不満を出させるのが怖いのかもしれませんが、「時間」を区切って不満出しをするのであればうまくいきそうですね。延々と不満が出ると聞いている方もモチベーションが下がりますから。上司の処分はまだ調査継続になるようですが、処分で再生できるわけではありません。信頼回復の道のりは長くなるでしょうが、この問題は引き続き追いかけていきたいと思います。本日はありがとうございました。

【石川慶子執筆のかんぽ関連Yahoo!記事】

・社長が驚いたと言っている場合ではない 現場の声と苦情が届かなかったかんぽ生命

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishikawakeiko/20200420-00173032/

・最悪だった2019年の記者会見はかんぽ生命の不適切販売

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishikawakeiko/20191226-00150799/

<仁科雅朋氏プロフィール>

1966年生まれ。大学卒業後、味の素に入社。戦略型商品のシェアアップの功績により、入社歴最速で社長賞を獲得する。当時から自部門のみならず他部門の同僚からの相談を受けることが多く、いつしか、より多くのビジネスマンや組織を支援したいという思いが加速し、30歳でコンサルタントに転身。業績の良い組織は何が違うのかを徹底的に分析し、「明確な目標と戦略のもとに、チームでPDCAを高速化させれば、業績は必ず向上する」ことを実証、以後、20年間、20億から1兆円を超える大企業を指導し、関わったすべてのクライアント業績を向上させてきた。「いつでも、どんな組織も輝かしい業績を上げることはできる」をモットーに全国を飛び回り、日々多くの企業にモチベーションと革新を起こしている。

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危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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