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「Sアミーユ川崎幸町」相次ぐ高齢者虐待の“ウラ事情”

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著作者: Vacacion

入所者3人が相次いで6階のベランダから転落死した介護付き有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で、虐待が明らかになったのは、先週のこと。報道された映像には、耳を疑いたくなるような暴言と、目を背けたくなるような暴力的な動作、そして、「死んじゃうよ……」と振り絞るような悲痛な声が映し出されていた。今年3月に男性入所者(当時83歳)が入浴中に死亡していたことも明かになっている。

で、今回。同施設と同じ系列の施設で、あいついで虐待の可能性が報じられている。

“事件”の現場となった、介護付き有料老人ホームを運営する「メッセージ」は、介護業界の大手だ。業界に先駆けて入居金をゼロ円にするなど、「介護される方」の視点に立ったサービスで事業を拡大し、グループ施設は全国に300以上ののぼる。

現在、会長である橋本俊明氏は医師であり実業家で、81年に橋本胃腸科外科医院を創業し、87年には医療法人自由会、94年には社会福祉法人敬友会を設立し、理事長に就任。97年にメッセージを設立し、2000年に介護保険制度が開始されたのを機に、介護付き有料老人ホーム「アミーユ」を展開して急成長。2004年4月にジャスダック上場を果たした。

老年医学・老年看護学を専門の研究領域とする橋本氏は、いくつもの研究論文などを発表しているのだが、2007年に介護雑誌に寄稿した「介護の生産性向上に向けた工夫ー『非定時介護』に関する調査とその意義」という論文は、非常に興味深い。

介護のスケジュールに沿ったケアを「定時介護」、スケジュール外の突発的なケアを「非定時介護」と定義し、

「対人サービスである以上、突発的なサービスが生じるのは仕方がない。しかし臨時サービス(非定時介護)が増えるとスケジュールを組むことが困難となり、介護者のストレスが増え、介護の質が低下する」

と記している。

その上で、介護に関わる人たちの知識を向上させ、適切なマネジメントをすることで非定時介護を減少させることが、ケアの効率化(=介護職員の負担軽減)につながると訴える。それが結果的に、介護の質を保つ、と。

「介護事業者は、顧客至上主義から一歩距離を置き、あらかじめ行われた交渉に沿ってケアを提供する態度が必要である」

こう自らの思いを述べているのである。

つまり、「管理」じゃなく、「自由」。

「カスタムメイドケアの提供により、高齢者が障がいを持っていても自宅と同様に『普通の生活』を送っていただける環境を整えています」

と、同社のホームページでうたっているように、「自由ある生活」をウリにしているのだ。

「自分で決められる自由」「自分で選択できる自由」は、介護を受ける人の生きる力を高める。

「自分でできることがある」ことは高齢者の自信にもつながる。喪失感に苛まれる高齢者にとって、「今までできたことができなくなる」現実は、想像以上にこたえるものだ。

だが、「自由」には当然ながら、「リスク」が伴う。家族ならまだしも、そのリスクをどこまで介護施設で負うことができるのだろうか?

実際、多くの施設ではリスクを恐れ、「管理」を徹底する傾向が強い。

「寝たきり老人は作られるんです」――。

夫と二人で介護施設(メッセージとは関係ない施設)に入居中の知人が、ちょっとばかりショッキングな実情を話してくれたことがある。

「夫は車椅子の生活を余儀なくされていたんですが、伝い歩きをすれば家の中は歩ける状態でした。ところが、施設では至るところに監視カメラが設置されていて、伝い歩きしてると『危ないですから歩くのをやめてください!』と警告アナウンスをされる。瞬く間に夫は全く歩けなくなったんです。

そしたら、ケアマネさんが、

『これからは出歩けないので楽になりますね』って。

とても一生懸命ケアしてくれる人だったんですけど、ついホンネが出ちゃったんでしょうね。

ヨタヨタ歩かれて転倒でもしたら、責任問われますから。施設でいちばん恐いのは事故が起こって、訴訟問題や新聞沙汰になることです。

車椅子や寝たきりになった要介護4・5の入所者がいる施設には国から補助金が下りるって聞きました。ひとりで入所している車椅子の方は、食堂までヘルパーに連れられて来て、ヘルパーさんが口に食べ物を運んで食べさせる。見ていてせつない。まさしく生かされてる」

「親の介護が限界にきた時点で施設へ入れる人が多いので、入所させた子供は“やれやれ”とつらい介護から解放されるからか、入所後、面会に来てくれません。だから、私たちは施設を“姥捨て山”って呼んでます。これが果たして本人の幸せなのか? 考えさせられます」

この女性は自活できる介護状態にはないが、「ハサミ、果物、ナイフ、針、ドライヤーなど刃物や電気製品すべて禁止」。ロビンソンクルーソーのような毎日を余儀なくさせられている。

施設での管理。管理が奪う自由。管理を施設に託し、面会に来ない家族――。

日本の高齢化の問題は、こういったカタチで“高齢者”に降り掛かっているのである。

いかなる状況にあっても、暴力や虐待は許されることでない。だが、介護施設の事件や事故を、いち職員、いち介護施設の問題だけで終わらせていいのだろうか? 

「介護職が虐待するっていうニュース……誰にでも、実はそういう事件を起こしてしまう立場にあるんだなぁって……常に思う」

「入居者の方から、お金は出してるんだからこれくらいのサービスはて当たり前って感じがあって。ご家族からも、『どうしてできないの?』と要望が強い感じはある」

これは以前、介護の現場の方たちを番組でインタビューしときの“ナマ”の声だ。

介護施設で長年働く知人も、今回の事件は「他人事じゃない」と言い切る。

「施設は共同生活の場です。でも、入居者の中には、共同生活にそぐわない言動をする方もいる。入居者同士のトラブルは困るので、ときには強く注意するわけです。それぞれの人生、価値観で長年過ごしてきた高齢者の方に、注意するのはとても気を使います。ところが、ちっとも聞いてもらえないことがあって。何度言っても分かってもらえないんです。そんなときは怒りの気持ちが出てきて、ついキツい言い方になってしまうことがあって。言った途端にハッとわれに返るんですけど、自分をコントロールするのに必死で。ホント他人事じゃないんです」

低賃金、重労働、高齢化社会、複雑化する家族関係と、介護の現場の問題は山積している。「他人事じゃない」――。そう感じた介護現場の方たちは多いに違いない。

メッセージが取り組んだ、非定時介護を減らすことは、確かに働く人たちに降り注ぐ“ストレスの雨”を減らすことができる。だが、生き生きと働くには、プラスの力=“元気になる力”が必要不可欠。

そのプラスの力を、今の介護の現場で増やすことなどできるのだろうか? 

人数も、賃金も、時間的余裕もすべてがギリギリで、施設の「管理」に任せきりにする家族、事故や訴訟を恐れ「自由」のない生活で、介護を受ける人たちは、人生の最後に満足できるのだろか。

繰り返すが、いかなる状況にあっても、暴力や虐待は許されることでない。 

だが、介護をする人、介護を受ける人、その家族……。もっと根っこの部分、なかなか聞こえてこない“声”に耳を傾けないことには、悲劇は後を絶たない。とにかく現場のナマの声を届け続けることが大事だと思い、取り上げました。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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