横浜市民が「カジノ」反対の理由〜「ギャンブル依存症」製造施設?
カジノを含むIR(統合型リゾート施設)計画が日本各地で発表されつつある。誘致に動く自治体で地域住民の反応は様々だが、横浜では反対派の住民がすでに行動を起こしていた。2019年10月3日には横浜市中区にあるホールに反対派の住民が結集、カジノ批判の著作もある大学教授が講演し、市民や反対派の市議らが気勢を上げた。
市が出した数字の根拠は
この「横浜にカジノはいらない・市民集会」を主催したのは「カジノ誘致反対横浜連絡会」だ。会場となった関内ホールの席は満席。主催者発表で1200部の資料が全てなくなったという。
この記事では集会で講演した鳥畑与一・静岡大学教授の講演から特にIR型カジノによるギャンブル依存症の部分をピックアップし、集会の報告とともに書いていく。鳥畑教授は『カジノ幻想〜「日本経済が成長する」という嘘』(KKベストセラーズ)の著作もある国際金融論を専門とする経済学者だ。
講演でIR型カジノの危険性をていねいに説明する鳥畑教授。地域経済を衰退させ、ギャンブル依存症を増やし、自治体の負担はむしろ増える。IR型カジノは高齢者の老後資金を吸い上げるのが目的という。写真撮影筆者
講演ではスライドを使い、まず林文子・横浜市長や横浜市が提示した資料に対して数字をあげて反論していく。市は、横浜は日帰り客が多いのでカジノを含むIR施設で観光客を呼び込むとしているが、そもそも2013年から2018年で東京都(2.4倍)や愛知県(2.5倍)、京都府(2.4倍)などと比べても横浜の外国観光客の宿泊数の伸びは高い(2.6倍)とした(※1)。
そして、市はバイアスや操作のない正確な情報をきちんと市民に示していないのではないかと疑問を呈す。さらに、カジノありきのIRについて細かな数字をあげつつ説明していくのだが、特に重要なのはIRではカジノの収益が9割を占め、投下資本の回収や高額の株主還元のため、カジノによる収益追求を前提とした施設になると指摘した。
IRは地域の消費を吸い上げる
すでに世界140カ国にカジノがあるが、観光資源のない地域に集客するため、人工的に作られることが多い。IRにはカジノのほかにホテル、レストラン、娯楽施設、会議場といった付随施設があるが、カジノの収益でこれらの施設を低価格で提供して集客する。
つまり、せっかく固有の観光資源があるのにもかかわらず、日本のカジノはシンガポールやマカオ、韓国にすでにあるカジノと競合をせざるを得なくなる。その結果、投下資本回収や集客のために不毛な国際競争の泥沼に引きずり込まれることになるという。
また、カジノを含むIRは自己完結型で、IRの中で客に金を使わせるため、周辺地域に消費は向かいにくい。鳥畑教授は、カジノへ集客するためにホテルやレストランなどを安価で提供するので、周辺地域は価格競争で太刀打ちできず、地域の消費はさらにIRへ吸い上げられてしまうだろうと指摘した。
ギャンブル依存症を作り出すカジノ
カジノは24時間営業でフル回転する。ホテルと合体しているので帰宅する必要がないため、カジノ漬けになりやすく、カジノ側もずっとギャンブルを続けさせようとする。
カジノに用意されているのは、ブラックジャックやポーカー、バカラといったカードゲーム、ルーレットやバックギャモンのようなテーブルゲーム、スロットマシンなどだ。これらは偶然に勝つ要素が高いわりに、長くギャンブルを続けていくと確率的に客が必ず負けるようにできているという。
そのため、カジノのギャンブルの特徴は他の賭け事に比べ、長時間、高額、高頻度、となり、ギャンブル依存症になりやすい。窓のない室内で24時間ずっとギャンブルをし続けさせるというのが、カジノのビジネスモデルだ。つまり、一定数の客をギャンブル依存症にしなければ、IRは成立しないという。
ギャンブル依存症はすべからくそうだが、常に勝ち続けるわけではなく、むしろ勝ち続けるとおもしろくない。勝ったり負けたりを繰り返し、次第に勝敗よりもギャンブルをすること自体が目的になってしまうのだ。
ターゲットは日本人
鳥畑教授はさらに恐ろしいことを話し始める。日本のIRは、カジノで富裕層や高齢者の個人金融資産を吸い上げるための事業だという。つまり、中国人などの外国観光客ではなく日本人をターゲットにしているのがIRの正体だったのである。
日本政府はギャンブル依存症の対策をするといっているが、それも効果が怪しいと指摘する。日本のカジノを含むIRはシンガポールをモデルにしているが、シンガポールの依存症対策は自国民にカジノを開放しない方法をとり、さらに常習性があったり資産のない客をカジノに立ち入らせない自己排除プログラム(Self- Exclusion Program)が奏功した結果、ギャンブル依存症が減っているのだという。
シンガポールのこうした規制は、NCPG(National Council on Problem Gambling)という独立性の高い機関が行っている。日本政府は2019年秋からの臨時国会でカジノ管理委員会の人事案を提出するが、内容は不透明でシンガポールのような強い規制を行えるかどうかわからない。
日本にできるカジノは、日本人の場合、7日間で3回という制限があるが、鳥畑教授は24時間営業なので居続ければ最大で6日間、カジノに入り浸れると指摘する。米国の例をみれば依存症対策が効果を発揮することは期待できず、特にカジノから距離の近い地元にギャンブル依存症が増えると警告した。
客が負け、ギャンブル依存症になることで成立
林市長や横浜市は財政の健全化のためにカジノが必要と言っているが、カジノがあることで逆に税収が減り、地域の負担が増える懸念もある。例えば、カジノができれば地元のパチンコ店は売上げが減るだろうし、前述したようにIRへ客が吸い集められれば地域経済が疲弊し、消費が低迷することも予想され、ギャンブル依存症の人が増えれば社会的なコストも増える。
そもそもカジノは何も生産的なものを産み出しはしない。客に負けさせることで成立するビジネスモデルだ。1000億円の税収を得るためには、6700億円のギャンブル消費、つまり客の負けが必要となる。鳥畑教授は、高齢者の老後の資金を奪い、ギャンブル依存症を増やして借金まみれにさせ、家庭を崩壊させるのが横浜市にとって必要な政策なのかと問いかけた。
日本にはカジノを含んだIRなどなくても他国にない魅力がたくさんある。むしろカジノができれば、横浜のブランド力を損なう結果になるだろうという。横浜はカジノに依存しなくても十分、港湾の再開発が可能だし、パシフィコ横浜をみればMICE(※2)による競争力もあると断言した。
鳥畑教授は最後にIR型カジノの「罠」とし、政府の計画では誘致自治体とカジノ業者の間に30年間という実施協定期間を締結するとしているが、一度、契約を結べばカジノとの腐れ縁がずっと続くと指摘した。
カジノに収益を上げさせるためには他国・他地域との競合のために投資をし続け、ギャンブル依存症を増やし続けなければならない。自治体がまさにカジノ依存になってしまう。逆に、カジノが経営不振になれば自治体が損失補填し、客を集めるために規制を緩めざるを得なくなる。するとさらに地域の負担が増えることになるというのだ。
会場に集まったカジノ反対を唱える市民ら。カジノ誘致に対する危機感はかなり強いようだ。写真撮影筆者
住民投票か市長リコールか
横浜市議会は多数派を占める自公がカジノ推進派の参考人しか呼んでいなかった。だが、野党の働きかけで鳥畑教授も市議会でカジノの危険性を説明する機会を得られたという。
横浜へのカジノ誘致に反対する多くの市民が集まった今回のイベントだったが、今後の活動の方向としては市議会に対して誘致に関する住民投票を求める署名を集め、並行して林市長のリコールの署名活動もするという。年内に何度か同様の集会を開く予定だそうだが、横浜市はこうした動きにどう対応するのだろうか。
集会の後、何人かに感想を聞いてみた。鶴見区から来たという60代の女性は「大勢の人が集まって良かった。カジノについてまだよくわからない人も多いと思うから是非を問う住民投票から始め、少しずつ声を広めていくべき」と言っていた。中区在住の70代の男性は「カジノ止めますか人間止めますかというくらいの気持ちで反対している。市長自身がカジノ依存になっている。リコールしたほうがいい」と怒りをあらわにしていた。
若い世代の3人連れ(女性30代=保土ヶ谷区、男性20代=金沢区、男性20代=神奈川区)にも感想を聞いた。「はっきりした情報がなかったので、こうした機会にいろいろなことを聞けて良かった。カジノ誘致した場合、しなかった場合、真ん中はないのでどちらがいいのか、たらればでしかわからない。むしろ、白紙と言っていたのに推進し始めるという政治手法を問題にすべきで、そのためには住民投票が若い世代にもわかりやすいのでは」と言っていた。
彼らが言うように、林市長も自公などの市議もカジノに関しては「白紙」として立候補し、推進も反対も表明しないまま当選、首長になったり議会に入ったりしている。政治家の言葉がどんどん薄っぺらくなっている昨今だが、市民を欺くような言動で選挙に勝って何がうれしいのだろう。
●薬物依存などに関する相談先
※1:観光庁「宿泊旅行統計調査」
※2:MICE:Meeting(会議)、Incentive tour(報奨旅行)、Conference、Convention(国際会議、学術会議)、Exhibition、Event(展示会)