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求人詐欺に画期的判決 求人票と異なる契約を結ばされても無効に

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

5月の給料日を迎えて、4月分の給与明細を初めて受け取り、自分の賃金などの労働条件が募集要項や面接時の説明と異なっている「求人詐欺」に気づいて困惑している人も多いのではないだろうか。

実際に、私たちに寄せられる労働相談には、「求人詐欺」が後を絶たない。たとえば、求人段階では「基本給20万円」と示されていたのに、残業したのに20万円しか振り込まれておらず、もらった給与明細を見ると「基本給16万円+固定残業代4万円」だった、あるいは求人票と業務内容が全く異なっていた、無期雇用のはずが有期雇用だった、などといったケースだ。

中でも悪質な手法は、入社後に募集要項とは異なる契約書にサインを迫るというもの。すでに入社してしまっている中で、「これにサインして」と言われても、なかなか拒むことはできないだろう。

これまでは、もし求人と異なる雇用契約書を結ばされてしまった場合、それが「契約書」として有効になってしまうと考えられていた。

ところが今年3月30日に、こうした現状に一石を投じる画期的な判決が京都地裁で出され、確定した。本記事では、求人詐欺対策に大きな影響を与えるこの判決の意義を簡単に紹介したい。

無期雇用のはずが、有期雇用の労働契約に署名・捺印させられる

この事件の概要は以下のとおりだ。Aさん(当時64歳)は、ハローワークの求人情報から、社会福祉施設を運営する会社に応募した。求人票には、「正社員」「雇用期間の定めなし」「定年制なし」と記載されていたという。

会社と面談をしたときも、とくに求人情報と異なる条件が示されなかった。その後、最初は短時間勤務で11日間勤務し、ようやく本格的な勤務が開始された。その日の勤務直後、Aさんに「労働条件通知書」が渡された。

この通知書には、求人票と決定的に異なる労働条件の労働条件が示されていた。「契約期間期間の定めあり」(1年間)、「定年制有(満6 5歳)」と記載されていたのである。さらに裏面には「本通知書に記載された労働条件について承諾します。」「本通知書を本日受領しました。」と印刷されていた。

会社側はAさんに1通を渡し、もう1通にAさんの署名押印を求めた。Aさんはそこに自筆で署名し、押印し会社側に渡してしまった。A さんは、署名・捺印を拒否すると仕事がなくなり、収入が途絶えてしまうと考えたという。

署名・捺印しても「後出し」の条件変更は無効

では、この契約について京都地裁はどのように判断したのだろうか。

第一に、判決はまず、面談時に求人票記載の労働条件が、労働契約の内容として成立したことを認めた。「これと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り、雇用契約の内容となる」として、これまでの判例・通説の立場を踏襲したのである。

第二に、より重要な争点は、労働条件通知書に記載された労働条件への変更についての判断である。判決では、事件の事実経過を吟味したうえで、労働条件通知書への原告の署名押印について、「その自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められない」とし、労働条件の変更についての原告の同意がなかったものとした。署名・捺印の事実にもかかわらず、「後出し」での労働契約内容を無効としたのだ。

少し長くなるが、判決の判断理由を引用しよう。

「(労働者の同意の有無について)当該行為を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供または説明の内容などに照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべき…(略)…この理は賃金や退職金と同様の重要な労働条件の変更についても妥当する」

「合意」してしまったとしてもあきらめずに相談を

この裁判において、会社側は求人票について、社会保険労務士からの助言を受けて、なるべく多くの人が応募するように作成したと供述しており、裁判所からも「求人票の記載が応募者を誘引するためだけの空虚な記載であったことをあからさまに認め」たものであると指摘されている。

この事件のように、悪質な社会保険労務士やブラック士業が、法律の抜け道を「指南」している事例は枚挙にいとまがない。悪質な求人詐欺は、こうした「ブラック社労士」の影響もあり、ますます蔓延しているのが実情だ。

だが、今回の判決で、求人票と異なる労働契約を提示され、署名・捺印してしまったとしても、その内容が成立していないと法的に判断される可能性が明確になった。

この事件を担当した弁護士は「ブラック企業被害対策弁護団」および「日本労働弁護団」に所属する中村和雄弁護士である。また、労働組合(ユニオン)の団体交渉でも、不当な契約の無効について争うことができる(裁判よりはハードルが低いだろう)。

無料相談窓口を記載したので、ぜひ求人詐欺に遭ってしまった人は、合意してしまったとしても、あきらめずに労働相談に訪れてほしい。

=無料労働相談窓口=

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

残業代請求サポートセンター(NPO法人POSSE)

03-6600-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/zangyoudai/index.html

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

介護・保育ユニオン

TEL:03-6804-7650

メール:contact@kaigohoiku-u.com

HP:http://kaigohoiku-u.com/

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

日本労働弁護団

03-3251-5363

http://roudou-bengodan.org/

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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