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世界水泳に挑む“新生マーメイドジャパン” 元シンクロ委員長・金子正子氏も高く評価

沢田聡子ライター
(写真:松尾/アフロスポーツ)

アーティスティックスイミング(以下AS)の新生日本代表は、6月にブダペストで開幕する世界選手権に向けてスタートを切っている。

日本代表は、昨夏行われた東京五輪ではデュエット・チームともに4位に終わり、メダルを獲得できなかった。その後コーチ陣・選手ともに新しい顔ぶれとなり、東京五輪から約9か月後となる日本選手権(5月1~3日、東京辰巳国際水泳場)にオープン参加している。

チェスをテーマにしているというチーム・フリールーティン(以下FR)は、音楽の表現に現代的なセンスの良さを感じる、躍動感あふれるルーティンだった。東京五輪のチームFRのメンバー8人からちょうど半数の4人が新しく入れ替わっており、新生チームとして期待を感じさせる泳ぎを見せている。

元日本水泳連盟シンクロ委員長であり、現在はミキハウス東京ASクラブで指導する金子正子氏も「新しいことにチャレンジしようとしています。空間に向かって力強く(手足の)角度を振ったりしているところが、なかなかだなと」とこのチームFRを評価している。AS関係者からの評判も上々だという。

「皆さん、今までと違って新しく、切り替えの早いルーティンのいき方を、楽しみにされているんじゃないかと思います」

このルーティンを振り付けたのは、昨年12月に日本代表ヘッドコーチに就任した中島(旧姓・小西)貴子氏だ。中島ヘッドコーチは、現役時代は井村シンクロクラブ(現・井村ASスイミングクラブ)に所属しており、日本代表として2005・07年世界選手権に出場した経験を持つ。世界選手権に向け、井村雅代前ヘッドコーチはソロコーチとして乾友紀子選手を指導しており、教え子である中島ヘッドコーチが五輪種目であるデュエットとチームを他のコーチとともに受け持つことになる。

井村コーチとともに日本の黄金時代を築いてきた金子氏は、早くから中島ヘッドコーチの振り付けの才能に気づいていたという。

「コーチになった最初の頃から、『ルーティンの作り方は上手いな』という片鱗があったんですね。体は小さいですけれども、根性があると思います」

またチームリーダーには金子氏の指導を近くで見てきた東京ASクラブ出身の滝田理砂子氏が就いており、東京五輪でコーチとして得た経験を生かして世界選手権を戦う。

代表選手にも、新しい力が加わった。日本選手権では日本代表デュエットに抜擢された14歳の比嘉もえが注目を集めた。東京五輪では長くエースとして日本代表を牽引してきた乾と吉田萌がデュエットを泳いだが、世界選手権では比嘉が吉田の新しいパートナーとなる。プロ野球選手だった寿光氏を父に持ち、171センチと恵まれた体を持つ比嘉は、ジュニア年代にもかかわらず日本水泳連盟の特別推薦を受けてA代表に選ばれた。当初はチーム要員だったが、吉田とデュエットを組む予定だった安永真白の怪我もあり、デュエット(世界選手権はテクニカルルーティンのみエントリー)も泳ぐことになったという。まだ中学3年生である比嘉は、普通であれば怖気づくような大抜擢にもひるまず、日本選手権でも堂々と泳ぎ切った。金子氏も「スタイルもいいし、すごくいいと思います」と比嘉に大きな期待を寄せる。

「あまり怖さを知らないで戦えるんじゃないかなと思うんですね。そんなに気負っていないところが、若さが溢れていていい」

東京五輪を振り返ると、チーム・デュエットともに金メダルはロシア(ROCとして出場)、銀メダルは中国、銅メダルはウクライナが獲得した。しかし、ウクライナ侵攻によりロシアは世界選手権から除外されており、またウクライナは非常に厳しい状況におかれている。日本は好敵手であるウクライナと親交があり、1988年ソウル五輪銅メダリストの小谷実可子氏が日本選手権の会場で呼びかけて集めた募金を、世界選手権でウクライナチームに贈呈することにしているという。

この世界選手権は、政治がスポーツに落とす暗い影を意識せざるを得ない大会となるだろう。国際情勢により強豪国に影響が出ている世界選手権に臨む日本代表には、複雑な思いもあるかもしれない。ただ、五輪後の世界選手権はその後の勢力図を決める大切な大会だ。金子氏は、厳しい状況の今大会こそ、白いキャンバスに新しい絵を描くような活躍を新生日本代表に期待したいと考えている。

金子氏は「カナダも弱くないですし、藤木麻祐子コーチが教えているスペインも頑張っているでしょうから、難しさはあるでしょう」と予想しながらも、「是非、今までと違うチームの特色を出してやってほしい」と期待する。

「(演技に)もう少し強弱がついたらいいなとは思うんですけれども、今は攻め込んでいますよね。空間の高いところで演技を作ろうとしているから、すごくいいと思います。国の方向性が変わっていき、新しいものが入っていくのはいいこと」

日本代表がブダペストで吹かせる新しい風を、楽しみにしたい。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。2022年北京五輪を現地取材。

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