Yahoo!ニュース

乾友紀子『鳳凰伝説』に込めた思い パリ五輪メダル獲得の「チャンスはある」と井村コーチ AS日本選手権

沢田聡子ライター
100回目を迎えたAS日本選手権で、井村ASクラブは7種目完全優勝を達成(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

■新星は“待つ”のではなく“作る”

第100回の記念大会となるアーティスティックスイミング日本選手権が、5月3~5日の三日間、東京アクアティクスセンターで行われた。元日本代表ヘッドコーチの井村雅代氏が代表として率いる井村ASクラブが、7種目完全優勝を達成。井村ASクラブの指導陣には昨年10月に現役引退を表明した乾友紀子氏も加わっており、中学生を中心とした年代のBチームを指導した。

乾コーチが指導したBチームのメンバーには、アジアエージグループ選手権(3月)にソロ種目の代表として出場した14歳のホープ・田所新菜もいた。田所は今大会でもソロ・フリールーティンに最年少の選手として出場、美しい女性というテーマを演じた(17位)。すらっと伸びた長い手足を持ち、プールサイドに立った瞬間から人目をひく田所は、ミックスゾーンでは初々しい中学3年生という印象だった。

「最初から、一日目から不安なことだらけだったんですけど、泳いだらとても楽しかったです」(田所)

田所は、井村コーチからは基礎のスカーリングを、乾コーチからは足の素早い動作を学んでいると話した。

井村コーチによれば、田所のいいところは「手足の長さと、パッと立った時の素敵さ」、課題は試合に対する精神的な臨み方だという。田所から「来年の世界ユースでソロを泳ぎたい」と聞かされた乾コーチは「田所選手は、彼女なりの目標というのが常にしっかり明確になっているところがすごいなと思う」と語った。

「その気持ちがあったら、絶対強くなっていけるんじゃないかなと思っています」(乾コーチ)

井村コーチは、若手の育成について「楽しみな選手を作っていかないと」と考えている。

「日本は楽しみな選手を待っている国じゃないから、作っていかないと駄目だから。まずは、自分の手元だったら一番作りやすいからと思っている。そう思ったら、やはりいろんなクラブにパッパッと(有望な若手が)いるんですよ。それを育てるかどうかはコーチ(次第)ですから」

「発掘、要するに出てくる(を待っている)のは、日本は無理です。中国やロシアは出てくる子を育てたらいいけど、日本は『育てて世界で戦わせる』という国だと思います、スポーツに関しては」(井村コーチ)

日本選手権と同じ時期に、日本代表はパリ五輪のテスト大会を兼ねたワールドカップ・フランス大会に出場していた。パリ五輪について井村コーチは、「まだ考えているところです」「行きたいなとも思っています」と、現地で観戦する可能性を示唆した。日本にはまた表彰台の常連国になってほしいかという記者の問いかけには「いや、今年はなれるいいチャンスだと思いますよ」と答えた。

「メダルをとっても、不思議じゃない。とれる大きなチャンスだと思いますよ。東京(五輪)に比べて、もっともっとチャンスはあると思います」(井村コーチ)

■ASの根源を追求したエキシビション

日本選手権で井村ASクラブは圧倒的な強さをみせたが、大会最終日に乾氏が演じたエキシビションは、「今の競技とまた一つ違う良さを出したい」(井村コーチ)という思いを込めたものだった。

「三日間終わって、みんな一回解き放して。もう一回『アーティスティックスイミングがなぜ好きだったか』という原点に戻っていただこうという気持ちがあって。今の競技とはまた全然違う良さを出したいと思って、今回のプログラムを作りました」(井村コーチ)

乾氏が泳いだのは、『鳳凰伝説』と『川の流れのように』だった。

「『鳳凰伝説』は、私の中ですごく思い入れのある演目で。世界選手権で、初めて金メダルを獲得した演技でもあります。ソロを本格的に始めるにあたって、2014年からこの『鳳凰伝説』をやり始めて。最初はなかなか上手く表現できなかったんですけど、そこから本当に自分の代名詞というような演目になったんじゃないかなと思っていたので。とても大好きなので、選びました。

『川の流れのように』は、(2023年世界選手権)福岡(大会)のガラ(エキシビション)で泳いでいたんですけど、やはり私にとっても大好きな曲ですし、観ている方も楽しんでいただけるのではないかなと思ったので、選びました」(乾氏)

乾氏は、新ルール下で行われた最初の世界選手権となった福岡大会のソロ種目を圧倒的な強さで制した。しかし難度点を重視せざるを得ない新ルールに対応することで、アーティスティックスイミング本来の魅力が失われていく危機感もあったようだ。

「今選手をやっている子達にも、本来アーティスティックスイミングが好きで始めた子達がたくさんいると思う。今は毎日毎日『回り切っていない』『角度が違う』ということばかり言われていると思うので、『水中でこんなことができるんだ』という楽しさもこの競技の魅力だということを、今日見ていた選手達には伝えたかったです。競技を観客席から観ていらっしゃった方も、多分同じような演技ばかり三日間見続けてきたと思うので、『やっぱりこうあってほしいな』というふうに、ちょっとでも思ってもらえたらいいなと思っています」(乾氏)

新星を育て、アーティスティックスイミング本来の魅力を伝える。井村コーチと愛弟子の乾コーチは、日本のアーティスティックスイミングを支え続けている。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。2022年北京五輪を現地取材。

沢田聡子の最近の記事