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【連載・第3回】援交少女「本当は親に抱きしめてほしい」~若年女性の“見えない傷”と「レジリエンス」

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

地方を、そして日本を本当の意味で活性化させるために必要なものは、何でしょうか。それは、実はとてもシンプルで、若い女性たちのもつ力を最大限活かすこと。彼女達の声に耳を傾け、必要とする支援を提供することで、安心して働き、家族を作り、定住できるようになるでしょう。そうすれば、自ずと人口は増え、地方自治体は消滅から再生へと向かうはずです。

この短期連載では、東北の若年女性への聞き取り調査「Tohoku Girls Voices」と、調査チームへの取材をもとに、地方創生、そして日本再生のヒントを探ります。震災当時、10代~30代始めだった女性たちの声から今後の政策が見えてくるでしょう。

調査分析を手掛けたジェンダー専門家の大崎麻子さんは言います。「災害によって顕在化された社会の構造的な問題や、個々人が持つ脆弱性の問題と向き合い、ひとりひとりがエンパワーされることによって、復興は、単にもとの状態に戻るのではなく、より良い社会を作ることにつながります」

こうした発想は国際社会の潮流でもあります。若年女性が負った傷と、そこから回復する過程で使われる能力や資源(=レジリエンス)を生かすことこそが、今後の日本の発展には不可欠なのです。

今回お話をうかがったのは、NPO法人BONDプロジェクトの代表・橘ジュンさんです。

BONDは、10代20代の生きづらさを抱える女の子を支援する女性のグループで、街頭に直接出て行って女の子たちの話を聞き続けてきました。女の子が支援を必要とする場合は医療機関や弁護士、行政につなげることもあります。ただし、押し付けがましくしないのが特徴。一緒にご飯を食べるなど、共に時間を過ごすことを重視し、本人の意志を尊重しながら、時に何年もかけて女の子の人生に寄り添います。

橘さんは、女の子が抱える困難だけでなく、彼女たちの人生が良い方向に代わる可能性や、そのために大人ができることも話して下さいました。ぜひ、参考にしてください。

BONDプロジェクト代表の橘ジュンさん。10代20代の女の子に寄り添う
BONDプロジェクト代表の橘ジュンさん。10代20代の女の子に寄り添う

■路上の女の子たちが変わってきた

―― 10代20代の女の子の話を聞く活動は、いつから始めたのですか?

橘さん:私が19歳の時からなので、もう20年以上前になります。

最初のうちは「アウトロー」の女性を取材していました。そういう女性達は、15歳、16歳でお父さんが分からない子どもを出産したりしていました。でも「親はいないけど、仲間がいるから大丈夫」という感じだった。強い女性たちです。世間体なんか気にしない、カッコいい女性達。「私はこういう人間です」と自分の生き方がハッキリしていました。ところが、ある時期から、街に出ている女の子たちが変わってきたな、と感じました。

―― どんな風に変わってきたのでしょう。

橘さん:今から10年くらい前、2005年くらいから「生きづらい」と言う子が増えてきました。それで、人には言えない傷がある女の子の声を集めて「VOICES」というフリーマガジンを作り始めました。「色んな生き方があっていいんだよ、キミの声を伝えたい」という意味をこめて。

そのうちに「私の声を聞いて」と女の子から連絡がくるようになりました。そういう子達の話を聞いていると、家出や援助交際やリストカットなどの問題が多くて「色んな生き方」という以前の問題を感じました。

―― 女の子たちは傷ついていた、ということでしょうか?

橘さん:そうです。例えば、駆け込み出産とか、単に話を聞くだけでは解決しない課題をたくさん見るようになって、2009年に、私となっちゃん(前回記事に登場した竹下奈都子さん)とカメラマンのケンで、BONDプロジェクトを始めました。

行政や病院の支援を必要とする女の子も増えてきたので、信用度を上げるためにBONDをNPOにしました。出会った女の子たちの声を聞き続けているうちに、今に至る…という感じです。出来る限り会って話を聞く時間を大事にしています。

今回、東北で若い女性の話を聞く調査に関わらせていただきましたが、私は渋谷でも東北でも、女の子が感じている困難は同じだと思います。もちろん、繁華街のあぶなさなどは、地方と東京で違いはありますけれども。

■身体目当てでない同性との会話を喜ぶ女の子たち

―― BONDの活動は、オフィスを構えて女の子の連絡を「待つ」のではなく、自ら街に出て行って、女の子に声をかけるのが特徴です。

橘さん:パトロールと呼ぶ活動をしていますが、これは、女の子たちが犯罪に巻き込まれるのを防ぎたくてやっていて「街をよくする」ということは、あまり考えていません。女の子の声を聞きたい、というのが、私の一番のモチベーションです。

―― 女の子たちは、橘さんに声を掛けられるとどんな反応をしますか。

橘さん:すごく喜びますね。彼女たちは身体目当ての男の人から声をかけられることには慣れているのですが、女の人から声をかけられることは全然ないそうです。だから「お茶しよう」と言うとすごく嬉しいそうです。

―― 話をしていて、どんなことを感じますか。

橘さん:女の子たちは、割り切っているように見えて、割り切っていないのです。例えば「3000円、余計にもらいたかったな」とか言う子がいます。彼女は援助交際のようなことをしていて、自分を買った男性からキスされた。それに対する感想として、こういうことを言うわけです。

でも「本当はぎゅっと抱きしめてほしかったんだ」とか「お父さんお母さんにぎゅっとしてほしかったんだ」と思っていたりして、話を聞くうちに、そういう本音がポロッと出てくる。「3000円、余計にもらいたかった」という最初の言葉はすごく強がって割り切っているように見えますが、実はそんなに割り切っていない。そういうところに、彼女達の魅力を感じます。彼女たちの、今しか聞けない声を聞きたいと思っています。

■女の子を生きづらくしているのは周囲の大人

―― 「本当はぎゅっと抱きしめてほしかった」という言葉は、子どもを持つ親としては、とても切ないです。

橘さん:そうですね。女の子たちの「生きづらさ」というのは「変われない」ことからきています。例えば性被害に遭った女の子からLINEで「1年も経ったのに、今も苦しい。苦しんでいる私がいけないんですよね」というメッセージがきたりします。

でもそれは、彼女が悪いんじゃない。大人が彼女を苦しめているのです。「1年もたった」というのは、周囲の大人が言っていることですから、大人の方が態度を変えれば彼女は少しは楽になるのかもしれない。被害を受けた女の子だけが置いてきぼりになっていることが問題なのです。こういう問題は東京でも東北でも沖縄でも起きていて、生きづらさにつながっています。

辛かったのに、それを乗り越えなきゃと思っていたり、彼女たちはすごく健気です。東北でも「私は被災者じゃない」って若い女の子たちはみんな、そう言います。

―― 私も東北でインタビューした若い女性から同じ言葉を聞きました。ところで、女の子たちは「生きづらさ」は乗り越えられる、とお考えですか。

橘さん:もちろん。変わるチャンスで一番大きいのは、人との出会いです。本物の安心につながる出会いがあれば、人は変われる。そもそも、ちゃんと愛されていないと「自立しなさい」と言っても無理ですよね。

■同じ時間を過ごすことの大切さ

―― 橘さんは、女の子たちにとっての「変わるチャンスになる出会い」だと思います。どんなことに注意して、彼女達と接していますか?

橘さん本人の意志を大事にします。「VOICES」のインタビューをする時は「あなたの伝えてもいい声を、伝えてもいい形で伝えたい」ということをはっきりさせています。「VOICES」に載ったことで、同じ悩みを抱える女の子の役に立てて嬉しい、と感じる子も多いです。

また、一緒にお茶を飲んだりご飯を食べたり、同じ時間を過ごすことも大事だと思います。ただし、相手が望まないことをしない。押し付けたら女の子は逃げちゃいますから、ある程度の距離を持ちつつ、必要な時は話を聞くよ、困った時や話をしたい時は、言ってね、というスタンスで接しています。

―― お話をうかがうと希望を感じます。

橘さん:たとえ今は生きづらくても、皆がずっとトンネルの中にいるわけではないと思います。光を感じながら歩いている子もいる。ただし、変わるチャンスになるような大人との出会いは、早ければ早いほどいいと思います。

―― 活動が評価されて東京都荒川区から、若者の相談事業を委託されています。

(参考:荒川区のウェブサイト http://www.city.arakawa.tokyo.jp/kurashi/shogaisha/kenkoujouhou/bondproject.html)

橘さんはい。火曜・木曜・日曜の15時~21時まで、日暮里駅近くの相談室で面談による相談を受け付けているのと、同じ曜日の17時~20時までは電話相談も受けています。行政と連携ができることは、私たちにとって嬉しいこと。生活保護などの行政窓口とすぐにつなげることができます。それによって、中長期的な支援もできると思います。

今後は、女の子たちがたくさん集まっている新宿や渋谷でも、行政と連携して相談事業をやりたいな、と思っています。

橘さんのお話から、若年女性のエンパワーメントに必要なものがよく伝わってきました。大人は彼女達の声に耳を傾け、愛情と安心を感じられる居場所を作るのが何より大事であるということ。そして何より、若い女性自身が持っている、回復する力や、困難を乗り越えてより良い人生をいきていく力を信じること。

東京でも東北でも地方でも、女の子が感じる困難は同じ――という橘さんの指摘からは、東北の若年女性の聞き取り調査「Tohoku Girls Voices」の分析を、日本全国に応用できることも分かります。

次回は、震災後に岩手県で長年にわたり、生活困窮者の支援を続けており、今はひとり親支援などを手掛ける専門家のお話を紹介します。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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