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野田市小4女児虐待死事件 家庭内の虐待・暴力をなくすための根本的な議論を進めてほしい。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ なぜ誰も心愛さんを救えなかったのか。

 千葉県野田市で、小学校四年生の女の子・栗原心愛さんが自宅浴室で死亡した事件が日本中に衝撃を与えています。

 心愛さんは生前、学校で取られたアンケートに「お父さんにぼう力を受けています」「先生、どうにかできませんか」とSOSを送っていた。

それなのに、学校は適切な対応をせずに保護を解除、教育委員会に至っては、アンケートのコピーを父親に見せた、あってはならない行動を取ったというのです。なぜ救えなかったのか、行政の対応に非難が相次いでいます。

 この事件でさらに衝撃的だったのは、母親がDV被害を受けていたことです。

 「母親が子どもを守れなかったのか」 当然の疑問ではありますが、実は母親もDVについて児童相談所等に相談していた、にもかかわらず母子とも適切な支援が受けられないまま、今回の事態に至ったということです。母親は共犯として逮捕され、そのことにも波紋が広がっています。

■ 暴力と恐怖に支配された家庭。虐待とDVはコインの裏表

 暴力を黙認した母親への批判が出ています。しかし、母親の置かれた状況はどんなものだったのでしょうか。

母親の栗原なぎさ容疑者(31)が「娘が暴力を振るわれていれば、自分が被害に遭うことはないと思った。仕方がなかった」といった供述をしていることが5日、捜査関係者への取材でわかった。

出典:朝日新聞

   

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 夫の暴力が続く家庭では妻は恐怖心から夫に支配されます。夫の暴力は子どもにエスカレートする、夫婦間の暴力と子どもへの虐待がコインの両面のような関係になり、最も弱い子どもが犠牲になる。自らも恐怖にかられたDV被害者である女性は、正常な判断能力を奪われていきます。

 実は、こうした悲劇の萌芽は実は多くの家庭が抱えています。   

 現に私が手掛けているDV離婚事件も、虐待とセットの事例が多いです。

 子どもへの虐待を止めるために母が暴力を振るわれてしまう、母への暴力から子どもへの暴力に進む、また、夫のDVのストレスから母親が恐怖にとらわれ、子どもへのしつけをエスカレートするケースもあります。

 今回、私が弁護士として手掛けてきたDV・離婚事件を振り返って、「あの事件も一歩間違えば、彼女が逃げ出さなければ、こうなったかもしれない」と戦慄を覚えました。

 

■ 虐待の陰で可視化されていない背景事情・DV の深刻さ

 近年、子どもへの虐待が社会問題としてクローズアップされる中、十分に認識されていないのが、地続きの問題である母親へのDV、そして被害の恐怖と深刻さです。

 DV(ドメスティックバイオレンス)、その被害は日本では深刻であり、虐待とDVは深く関連しています。

 最近の警察庁のまとめによれば、児童虐待の疑いで児童相談所に通告があった件数は、去年1年間で過去最多だったことが明らかになっていますが、2018年の1年間に警察が児童虐待の疑いで児童相談所に通告した子どもの数は8万104人で、この10年で約13倍にも増えているそうです。

 そして、その7割以上を占めるのが心理的虐待であり、その中で最も多いのが、子どもの前で母親や兄弟が虐待を受ける「面前DV」だとされています(FNNプライム)。

  

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 一方、 内閣府の調査によれば、配偶者から「身体的暴行」「心理的攻撃」「経済的圧迫」「性的強要」のいずれかの被害にあった女性は30%を越え、そのうち身体的暴行を受けた女性は約20%とされています(平成29年内閣府調査)。男性も約20%が配偶者からの暴力にあっているといいます。

 さらに調査によれば、被害を受けたことがある家庭の約2割は子供への被害もみられる、とされています。しかし、実際に相手と別れることができたのは、約1割にとどまるとされています(同調査)。

 暴力のある家庭でも、別れることができないまま、DVにさらされ続けている女性がいまだに日本社会にたくさんいて、そうした家庭の暴力の矛先が一定の確率で子どもに向かう、これは可能性ではなく、データで示されている現実なのです。

 「なぜDVから逃げ出さないの?」と疑問に思う人もいるかもしれません。しかしDVが始まると多くの女性は驚きや恐怖から身動きが取れなくなりがちです。

 人格を否定する暴言を浴びて、自分を価値のない人間だと思いこまされ、次第に周囲との連絡もできなくなって孤立し、この人といるしか道がない、暴力をふるわれるのは自分が悪いからだ、絶対に離婚はできない、と信じ込まされます。

 DVや虐待には波があり、嵐が収まれば優しい時も多いので、被害者は翻弄され、「共依存」という関係に陥ることがしばしばです。

 「暴力さえなければいい夫なのに・・・」「彼を支えられるのは私しかいない」  

 しかし、暴力は定期的に繰り返され、エスカレートしていきます。

 やがて、被害者自身が、暴力を周囲にもひた隠しにして、人間関係の殻に閉じこもり、益々支配されるようになります。

 暴力をふるわれる恐怖から被害にあった方々は「相手を刺激したくない」と言います。夫のいいなりにしていれば暴力をふるわれない、夫がちょっとでも気に障ることを言ったりしたりすると、スイッチが入ってしまい、暴力になる、だから、いいなりになるしかない、ということで、家庭は監獄と化すのです。

 私が手掛けるDV事件のなかには半年間足らずで完全に洗脳されてしまった女性もいるほど、DVの猛威は深刻です。

 そしてDV=力で家庭を支配する者が暴力の矛先を子どもに向けることは自然なことであり、被害者である女性は共犯者になってしまうのです。

 そして、「虐待の連鎖」というように、暴力を間近に見て育った子どもは自分の家族に暴力をふるうようになる。その影響の大きさを考えると、家庭内のDVは決して放置できない深刻な問題です。

 子どもがSOSを出したときの行政の対応というのは、もっとも被害が深刻化し、潜在化した段階。その段階での対応が大切なのは、言うまでもありません。しかし、それだけでは十分ではないでしょう。

 そもそもなぜ家庭内で暴力が起きてしまうのか、家庭内暴力をどうしたらなくすことができるのか、そこへの根本的な対応が求められているのではないでしようか。

■ DV・虐待の芽を摘み取ること。

 

 DV・虐待の芽を摘み取るためには、配偶者から暴力にあっている被害者、多くの場合は妻・母親に対する支援が拡充される必要があります。

 まず、配偶者・交際相手の暴力的兆候が分かったときに、共依存関係に陥り、手遅れになる前に「逃げる」「別れる」ことができていれば、児童虐待に発展することを防ぐことができます。

 周囲の人々が、手遅れにならないうちに介入し、DVをする配偶者や交際相手から当事者を引き離すことが大切です。

 DVはなかなか治りませんし「我慢しろ」と言うのは最悪の結果を生みます。

 いったん子どもができてしまうと、女性は子どものために離婚できないと思いがちです。

 できれば子どもが生まれる前に暴力があれば逃げてほしい、でも子どもができた後でも決して手遅れではないのです。その際には、行政や周囲がしっかりとサポートすることが大切です。

 特に、最初の子が生まれる前後でDVは深刻化することが報告されています。周囲がよく兆候に注意し、本人からよく話を聞いて、必要と判断すれば別居することをしっかりとサポートする体制をとってほしいと願います。

 DVは離婚の原因として認められ、最近は「保護命令」という制度で被害者が守られます。一日も早く暴力に支配される家庭から「逃げる」ことを促してほしいです。

 今回、母親のなぎさ氏とその親族の発したDVに関するSOSに、行政がすぐに対応できていたなら、シェルターへの保護と離婚等に向けた支援が迅速にできていたなら、心愛さんの命が奪われる事態を回避することができたのではないか、と悔やまれます。

  

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  配偶者から暴力にあう被害者への支援は、現状で圧倒的に足りていません。そこを抜本的に改善することが早急に検討されるべきです。

 若い人たちの教育も大切です。DVの危険な性質を理解して、交際相手による暴力や暴言を決して許さないし見過ごさない、DVの兆候があれば交際しない、早めに別れるべきだとしっかり教える必要があります。

 そして、親しい人~家族に決して暴力をふるってはならないという非暴力の教育を小学校から大学まで、徹底することが必要ではないでしょうか。

■ 体罰はいかなる理由でも禁止されることを法律で明確にし、周知徹底すること

 勇一郎容疑者は、「しつけであり、問題はない」との見解をしていたと報道されています。

 親から子への「しつけ」と称する体罰も虐待であって、犯罪を構成するものであり、絶対に許されない、という認識を行政と警察、そして社会が共有する必要があると思います。

 

 この点、2月7日に公表された、国連子どもの権利委員会の総括所見で、子どもの権利委員会は、

民法および児童虐待防止法が適切な懲戒の使用を認めており、かつ体罰の許容性について明確でないこと。

 を懸念事項として指摘し、

(a) 家庭、代替的養護および保育の現場ならびに刑事施設を含むあらゆる場面におけるあらゆる体罰を、いかに軽いものであっても、法律(とくに児童虐待防止法および民法)において明示的かつ全面的に禁止すること。

(b) 意識啓発キャンペーンを強化し、かつ積極的な、非暴力的なかつ参加型の形態の子育てならびにしつけおよび規律を推進する等の手段により、あらゆる現場で実際に体罰を解消するための措置を強化すること。

を勧告しました。(総括所見に関する平野裕二氏の暫定和訳)。

 家庭での体罰も一切許されないことを法律で明記し、周知徹底することは、政府が今すぐにできることのはずです。(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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