「腕立て」能力の差は「タバコ」だった〜米国の消防士を対象にした研究
腕立て伏せは、特別な器具も必要なく、いつでもどこでも簡単に始められるエクササイズだ。特に上半身の筋力を増強させ、持久力もアップする。今回、米国の研究グループが腕立て伏せの回数と心血管疾患の関係を調べた結果、回数が多いほどリスクが低いことがわかったという。
運動不足で心臓病に
心血管疾患(Cardiovascular Disease、CVD)は、心臓や血管に関係した病気のことで、不整脈、虚血性心疾患、心臓弁膜症などの心臓病、動脈硬化、大動脈瘤などの血管疾患を含む。高血圧、喫煙、脂質異常症、糖尿病、肥満などがリスクとなるが、依然として心血管疾患は死亡リスクの上位に位置し続けている。
塩分や脂質などを控えるような食生活、喫煙者の禁煙、適度な運動習慣などが心血管疾患の予防に重要で、特に運動によって体力をつけることで心臓や血管の寿命に大きな影響を与えることがわかってきた(※1)。ただ、運動習慣についてのデータは健康調査などのアンケートによるものが多く、本当にフィジカルな運動能力が心血管疾患と関係しているのかよくわからなかった。
今回、ハーバード公衆衛生大学院(Harvard T.H.Chan School of Public Health)などの研究グループが米国医師会雑誌(JAMA)オンライン版に発表した論文(※2)によると、成人男性の同世代を比べた場合、腕立て伏せの能力で40回以上できる人は10回以下の人より心血管疾患にかかるリスクが低いことがわかったという。
この研究グループは、米国インディアナ州の10消防署に所属する18歳以上の男性消防士が健康診断を受ける医療機関のデータ(2000年1月1日〜2010年12月31日)を用いた。また、この間の健診以外に彼らは腕立て伏せを含む身体的な体力測定(2000年2月2日〜2007年11月12日)も行い、腕立て伏せの能力によって群間を比較する集団調査(後ろ向きコホート研究)をしたという。
腕立て伏せ能力の測定では、メトロノームを毎分80回に設定し、そのリズムを3回以上外すか、腕立て伏せをそれ以上やれなくなるまでの回数とした。調査に参加した集団の中で腕立て伏せのデータを得られたのは、1104人の成人男性消防士で平均年齢39.6歳(21〜66歳)、平均BMI値28.7だった(※3)。
タバコを吸うと腕立てができなくなる
これらの消防士を腕立て伏せの回数で、0〜10回、11〜20回、21〜30回、31〜40回、41回以上の5群に分け、年齢、血圧、総コレステロール値、喫煙状況などの変数を調整し、10年間の追跡データ(1104人、8601人年)から心血管疾患(37の基準)の罹患率と比較した。その結果、腕立て伏せが40回以上できた群の心血管リスクは、10回以下の群より96%も減少した(※4)。また、21〜30回の群でも10回以下の群よりリスクが低下していたことがわかったという(※5)。
腕立て伏せの回数ごとによる10年後の生存曲線(カプラン・マイヤー・カーブ)でみると、黒い実線の10回以下の群が飛び抜けて死亡率が高いことがわかる。Via:Justin Yang, et al., "Association Between Push-up Exercise Capacity and Future Cardiovascular Events Among Active Adult Men." JAMA Network Open, 2019
研究グループは、体力測定などの身体的な能力の評価には設備や装置などの点で費用がかかりがちだが、腕立て伏せは特別な器具も必要なく、いつでもどこでもできる便利な測定法だという。
もちろん、調査参加者は消防士という日常的に身体トレーニングをしている職業の男性で、一般人とは環境などが異なるかもしれない。10回以下の消防士は、1104人中75人で少ないが、年齢とBMI値も他の群よりやや高めとはいえ、極端に高いわけでもなかった。
違うのは喫煙習慣で、10回以下の群は24.0%と最も喫煙率が高く、11〜20回の群は23.6%だ。一方、21〜30回の群は15.4%、31〜40回の群は8.9%、41回以上の群は6.7%だった。
腕立て伏せが10回以下の群で明らかに心血管疾患のリスクが高くなるということは、一般人でも同じような傾向があることが示唆される。つまり、腕立て伏せの場合、数が少ない人に対し、筋力強化や運動習慣や食事、禁煙などのライフスタイルの改善などを含むアドバイスが少なくとも心血管疾患の予防にとって有効ということだ。
特に、喫煙は腕立て能力を損なう危険性が高い。喫煙→フィジカルな損失→心血管疾患のリスクということになるだろう。
筋肉は裏切らないというわけだが、ただ腕立て伏せは腕の位置や角度によって筋肉の活性化などへの影響や負担がかなり変化する(※6)。自分だけでやる場合は、各部の筋肉への負担を意識し、様子をみながら慎重に行うほうがいいだろう。
※1:Lobelo F. Rohm, et al., "Routine Assessment and Promotion of Physical Activity in Healthcare Settings: A Scientific Statement From the American Heart Association." Circulation, Vol.137(18), e495-e522, 2018
※2:Justin Yang, et al., "Association Between Push-up Exercise Capacity and Future Cardiovascular Events Among Active Adult Men." JAMA Network Open, Vol.2(2), e188341, doi:10.1001/jamanetworkopen.2018.8341, 2019
※3:平均年齢39.6歳(標準偏差SD9.2)、平均BMI値28.7(標準偏差SD4.3)
※4:罹患率比(Incidence Rate Ratio、IRR):0.04;95%CI、0.01-0.36
※5:ハザード比:0.25;95%CI、0.08-0.76
※6:Marina K. Gouvali, et al., "DYNAMIC AND ELECTROMYOGRAPHICAL ANALYSIS IN VARIANTS OF PUSH-UP EXERCISE." Journal of Strength and Conditioning Research, Vol.19(1), 146-151, 2005