新型コロナワクチン接種後の死亡例〜検証は十分か?病理専門医の視点から(追記あり)
ワクチン接種が進むが…
新型コロナウイルスワクチンの接種が少しずつではあるが進んでいる。
私も病理解剖を行う医療者として、ファイザー社のワクチンを2回接種済だ(下の写真参照)。医療者でも未接種者が多いなか、ご遺体と接し、濃厚接触になる可能性が高い病理医を比較的優先順位上位にしてくれた病院に感謝したい。
こうしたなか、ごく少数であるが、ワクチン接種後に死亡された例が報告されている。首相官邸ホームページによれば、5月6日現在のワクチン接種回数は医療従事者等が3,954,834回、高齢者等が242,629回とされている。そのうちの19人(4月末現在)がお亡くなりになられている。心よりご冥福をお祈りしたい。
問題は、ワクチン接種と死亡の因果関係だ。
引用 高齢者8人 ワクチン接種後死亡 “因果関係評価できず” 厚労省(NHKオンライン記事 2021年4月30日)
どのような検証が行われているのか、厚生労働省の資料を見てみた。
解剖はわずか2例
上記資料によれば、令和3年2月17日から令和3年4月27日までに報告された19事例すべてが「情報不足等によりワクチンと症状名との因果関係が評価できないもの」とされている。
どのような調査がされているのか資料には、19事例すべてに「報告医が死因等の判断に至った検査」が書かれている。
その内訳は以下の通りだ。
不明 7例
CT 5例
解剖(剖検) 2例
死亡時画像診断 2例
血液検査、MRI 1例
髄液検査 1例
「心臓死以外の原因となる所見なし」 1例
少々驚いたのだが、不明が一番多く、解剖を行ったのがわずか2例、死亡時画像診断という、死亡後にCTなどを行って出血等病気の有無を調べることを行ったのが2例に過ぎない。
資料には19例の概略が書かれているので、さらにそれを読み進めてみた。一部ピックアップする。
- 事例1
- 事例2
- 事例3
- 事例5
- 事例6
- 事例10
- 事例15
- 事例17
- 事例19
全ての症例で死とワクチン接種との因果関係を評価するための情報が不足しているとされている。解剖しようと思ってもできなかったケースもあるが、限られた検査で因果関係なしと早急に結論を出しているようにみえるケースもある。
事例17では老衰と推定されているが、老衰が簡単ではないことは以前書いた通りだ。
もちろん、解剖をしていたり、死亡時画像診断をしていたりしても死因とワクチン接種との因果関係が明らかではなかった。解剖や死亡時画像診断をすればよいというものではない。死因を特定することは簡単なことではないのだ。
死因の究明は難しい
私は病理専門医として、病気で亡くなった方の解剖を行い、死因を推定、究明することを仕事の一つとしている。厚生労働省認定の死体解剖資格を持つ。
解剖は全身の臓器をくまなく調べて、そこにみられる様々な組織の形から、死因が何であるのかを明らかにする行為だ。
ご遺体にある病気が見つかったからといって、それがたまたま存在するだけなのか、死に何らかの影響を与えたのかを判断することは、実は非常に難しい。解剖はあくまで亡くなった時点の病気を調べており、時に亡くなった時点の病気が、過去の病気を分かりにくくしてしまう、いわば「上書き保存」のような状態になっていることも多い。
解剖を行って死因を明らかにするには、全身の様々な病気に関する知識、病気が一つの臓器だけでなく、全身にどのような影響を与えるのかに関する知識など、幅広い知識の上に、指導者の指導のもと、症例を一例一例丁寧に検証する経験を積み重ねることが重要だ。解剖症例を担当医と議論する会議の開始を通じて、生前の患者さんの経過を知り、検討することも不可欠だ。
解剖を行い死因を推定することができなければ、一人前の病理医とは言えない。日本病理学会では、専門医試験受験のために、病理解剖を30体以上行うことを課しており、かつ専門医の試験において解剖症例の試験を出題する。
解剖症例問題は他の知識を問う問題とは別に採点しており、合格基準を1点でも下回ると、他が合格点に達していても、容赦なく不合格になる。恥ずかしながら、私自身、解剖症例の問題の点数が、基準より2点下回ったため不合格となった経験がある。
このように、死因の究明が難しいことを身を以て知っている私からすれば、今回の新型コロナウイルスワクチンの死亡例は、検討が十分になされているとは言い難い印象を受けた。
死因究明にヒト、モノ、カネを
病院は患者さんを救うところだ。生きている人を優先させるべきであり、亡くなった人に時間や予算をかけるのは無駄だと思う医療者も多いだろう。医療体制が逼迫する今、とてもではないが亡くなった患者さんに時間など割けないと言われると、ぐうの音も出ない。
私自身を含め、多くのワクチン接種者は、健康に被害を受けることがないのだから、深刻に考えなくてもよい、無視できるという意見があるかもしれない。
しかし、亡くなった方から学ぶことで、これからの患者さんの命を救うことにつながることもあるはずだ。そのことはこれまで書いてきた記事で強調してきたし、様々な場で述べてきた。
死因とワクチンの関係の有無がはっきり分かれば、ワクチンに対する漠然とした不安の声を払拭することができるはずだ。
残念ながら日本では、亡くなった患者さんに解剖を行うことは、保険も使えず病院の持ち出しとなってしまう。お金だけでいえば不採算部門と言える。全死亡数の2%程度と、諸外国に比べ解剖率が低い日本では、ご遺体にこれ以上傷をつけるのは忍びないという死生観もあり、劇的に解剖が増えることはないだろう。
作家でもと病理医の海堂尊氏がいうように、「死因不明社会」はいまだ解消していない。「死因不明社会」がもたらす弊害が、今回の死因検討でも一部明らかになったように思う。
それは新型コロナウイルス感染者が亡くなった場合も同じで、ウイルス感染が死に因果関係があるかを知るためには、可能なら解剖や死亡時画像診断を行い、時間をかけて検討する必要がある。しかし、それが十分になされているとは言い難い。
日本の医療はもう少し人材、設備、予算、そして何より時間(手間)を死因の究明にかけることはできないだろうか。
解剖がなかなか行えないというのなら、M&Mカンファレンス(合併症、死因カンファレンス)のような、死亡例を多職種で検討する会議を行うのでもいい。
解剖より行いやすい死亡時画像診断はもっと活用されるべきだ。
死因を考えることは、決して後ろ向きの行為ではない。病理医として解剖を行う私にとって、亡くなった患者さんから学んだことをこれからの患者さんに役立てる、未来志向の行為だ。
2019年には「死因究明等推進基本法」ができるなど、死因究明を重視すべきだという機運は高まっている。
医療の質を高めるためにも、死因究明により多くの関心が集まることを願っている。
2021年5月9日追記
読売新聞の報道によれば、病院の判断で因果関係なしとすれば、厚労省に報告もされないという。
個々の病院で因果関係の判断はせず、あらゆる死亡例を検討するべきなのではないだろうか。
2021年6月13日
その後も厚生労働省からワクチン後の死亡例の検討結果が発表されている。
資料1-4-1 新型コロナワクチン接種後のアナフィラキシーとして報告された事例の概要(コミナティ筋注)
死亡例は196名になった。ただ、解剖や死亡時画像診断を行う例が少ない点は変わっていない。全て因果関係は評価できないとなっている。
注意しなければならないのが、因果関係が評価できないからこれらはワクチンによる死亡だ、と断定するのも、ワクチンであるはずはない、と断定するのも問題だということだ。
諸外国の状況を見れば、ワクチンによる死亡例は、ファイザー社のワクチンに関しては極めて少ないと思われる。しかし、それを「ワクチンによる死亡は原理的にあり得ない」と断定することも科学的な態度ではない。
ワクチンの接種は新型コロナウイルスと戦う人類の大きな希望だ。だからこそ、接種の推進と同時に、死亡例を丁寧に、謙虚に扱って行くことが求められるのではないか。
6月1日には、死因究明等推進計画が閣議決定された。死因究明にヒト、モノ、カネが集まり、関心が高まることを願う。