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香川真司がPKを蹴った、その意味~日本vsニュージーランド

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
2014年3月5日はサッカー日本代表にとって国立競技場でのラストマッチとなった

■代表で蹴った初PK 譲った本田「俺は真司の気持ちを察した」

前半7分のことだった。中央付近で本田圭佑(ACミラン)からパスを受けた香川真司(マンチェスター・U)は、迷わずドリブル突破を選択した。

目の前の7、8メートルほどの狭い幅を、ニュージーランドDF3人が瞬時に埋める。右サイドでは走り込んできた岡崎慎司が右手を挙げ、フリーであることを知らせている。

けれども、香川は腹を決めていた。勝負。軽やかな切り返しでペナルティーエリアに侵入し、正面にきたDFをルーレットでかわすべく右足の裏にボールを吸い付かせると、相手はたまらずファウルを冒した。PK。国立競技場は歓声に包まれた。

ただ、4万7670人の観衆が沸いたのは、香川が久々に見せた華麗なプレーだけではない。自らボールを持ち、PKスポットに歩み寄る姿。そして、代表で初めて見せるその姿は、ザックジャパンの同僚たちにも新鮮な響きをもたらしていた。

まずは、PKを譲った本田だ。

「真司がファウルを受けた瞬間、俺の方を見て『打たせてくれ』と訴えていた。俺は察した。俺も蹴りたかったけど、あのシーンに関しては、真司の方が俺より蹴りたい気持ちは勝っていたかもしれない」

アイコンタクトだけで、すべてを察知した本田は、青の背番号10の気迫を好もしく感じたのだろう。笑みを浮かべながらこのシーンを振り返った。「ワールドカップの1年前なら譲っていなかったと思う。だから、譲ったのは自分のためでもある」と、盟友の必死な姿を後押しした、その背景にある思いにも言及した。

■遠藤「ベンチから見ていて本当に頼もしかった」

前半の45分間をベンチから見ていた遠藤保仁(ガンバ大阪)は、ゴールを奪うべく高い位置で積極的に仕掛けをしていた姿勢のすべてから、香川の並々ならぬ意欲を感じ取っていた。

「真司本人に常にピッチに立っていたいという気持ちがあるはず。それはマンUであれ、どこであれ、関係ないだろう。それがこの試合での高いモチベーションにつながったのだと思う。ベンチから見ていて本当に頼もしかった。自分でPKを蹴りに行くというのは非常に良かったと思う。でも、これで満足はしていないはず。さらなる成長を求めてやっていくだろう」

香川自身は、PKスポットにボールをセットしたときの胸の内についてはさらっと触れたに過ぎない。「まあ、自分で取ったPKですし」と話した程度だ。しかし、今、マンUでおかれている状況については、はっきりした言葉遣いだった。

「ピッチで見せなければいけない、結果を残さなきゃいけないという状況だった。だから自分は、途中から出ようが、最初から出ようが、ピッチの上でやるだけだった」

本田に、遠藤に伝わったのは、この気迫だった。本田は「「PKはその瞬間に行けると思った人間が蹴るべきだと思っている。今日は真司がその決断した。僕としては譲ることに迷いはなかった」と言った。そして、問わず語りで付け加えた。

「真司はマンUの中心になれるくらいの…なれるくらいのじゃなく、中心になれるクオリティーがある」。香川の現状を憂う気持ちと、こんなものではないのだという信頼感が凝縮されていた。

■川島「お、真司が蹴るんだ」

PKのボールを香川が持った瞬間、遠くゴールマウス付近から見ていたGK川島永嗣(スタンダール・リエージュ)は、「お、真司が蹴るんだ、と思った」と言う。

「自分から意思表示をするのはすごく良いこと。それは、佑都がキャプテンを、という意思表示をしたのもそう。一人一人の意識の強さがチームとしての強さにつながっていく。ああいう一つの単純なゴールも、真司にとってはより大きな自信になるだろう。チームに戻って気持ち良くプレーしてもらえればいいと思う」

香川にとっては実に176日ぶりのゴールだった。13年9月10日の国際親善マッチ、日本対ガーナ戦(横浜国際)以来のゴールは、「サッカー人生でこんなに点を取れないことはなかった」と苦悩する香川にとって、明日に向かうエネルギーの種子となるに違いない。

■香川「ゴールはゴール。素直に喜ぼうと」

「PKであれ、点を取れて良かった。うれしかった。ゴールは、ゴールなので素直に喜ぼうと思った」と、笑顔とガッツポーズの意味を説明した。PKそのものは相手GKに反応されており、もう少しコースが甘ければ、あるいはスピードがなければディフレクティングで得点を阻まれていたかもしれないような、きわどい決まり方だった。強い意思がボールに乗り移ったからこそ決めることができたPKだったのだ。

ワールドカップイヤー。それは4年に一度のきらめく瞬間を誰もが見つめる特別な年だ。90分間のたった一瞬に潜む、とてつもなく大きな思い。香川や長友に象徴される情熱の発露が、ニュージーランド戦最大の収穫だったのかもしれない。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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