【2018年モータースポーツ】WTCC消滅、WTCRとして再出発!喧嘩レースが復活か?
2017年12月、自動車レースの世界選手権の一つ「世界ツーリングカー選手権(以下、WTCC)」の2017年シーズン限りでの終了がアナウンスされた。2018年からは同じツーリングカーレースの「TCR International Series」と統合する形で「WTCR」シリーズとなる。今年のモータースポーツの大きな変化である「WTCR」について解説しよう。
WTCC、14年の歴史に一旦幕
昨年まで開催されていたWTCCは2005年から始まったツーリングカー(市販乗用車ベース)の世界選手権だ。盛り上がりを見せつつあったヨーロッパツーリングカー選手権(ETCC)をFIA(国際自動車連盟)が世界選手権に格上げし、BMW、アルファロメオ、SEAT(フォルクスワーゲン傘下)などがワークス参戦。4ドアセダンや3ドアハッチバックの4座席・市販車のフォルムを持ったマシンをプロドライバーたちが限界ギリギリまで攻める姿が話題となり、F1やルマンなどとは一線を画すレースとして人気を集めた。
WTCCの最大の特徴は1レースの距離が50km程度という極端に短い超スプリントレースで行われた事だ。周回数が少ないため、スタートから最終ラップまで息もつかせぬスリリングなバトルが展開されるレースも多く、接戦が生み出す多重クラッシュはもはや名物、代名詞に。その迫力からWTCCは「喧嘩レース」と表現された。
当時は国内レースではスポーツマンシップに反する接触行為や故意のプッシングに対して厳しくペナルティが課せられるようになった時代だっただけに、WTCCの容赦ない問答無用のバトルは自動車レースファンの心をくすぐったのであった。また、WTCCはテレビ中継の面白さを重視しており、ドライバーたちのキャラ設定もいわばプロレスチックに演出するのも特色だった。
玄人好みの人気レースではあったが、市販車ベースのマシンによるレースであるため、モデルチェンジ時期と同時に自動車メーカーのワークスチームが撤退するという、ツーリングカーレースの宿命に悩まされ続け、リーマンショック後には消滅の危機が訪れる。
「Real Cars, Real Racing(本物の自動車による、真のレース)」を謳い文句に人気を得てきたWTCCだが、2014年から空力パーツを多用したレーシングカーによる「TC1」規定に移行。この変更の流れがシトロエン、ホンダ、ラーダ、ボルボなどのワークス参戦を呼び寄せることに結びついたが、シトロエンは若手のホセ・マリア・ロペスを擁して三連覇を果たし、2016年限りでワークス活動から早々に撤退した。
最後のシーズンとなった2017年はワークス参戦がホンダとボルボの2メーカーだけとなり、見応えは半減。シーズン中から消滅あるいはリニューアルが噂さされるようになり、予想通り、2005年から2017年の13シーズンに渡って開催されたWTCCは1987年に1年だけ開催された世界ツーリングカー選手権と合わせて14シーズンでその歴史に幕を閉じることになってしまった。
WTCC 歴代チャンピオン
1987 : ロベルト・ラヴァーリア(BMW) / フォード
2005 : アンディ・プリオール(BMW) / BMW
2006 : アンディ・プリオール(BMW) / BMW
2007 : アンディ・プリオール(BMW) / BMW
2008 : イヴァン・ミューラー(SEAT) / SEAT
2009 : ガブリエル・タルキー二(SEAT) / SEAT
2010 : イヴァン・ミューラー(シボレー) / シボレー
2011 : イヴァン・ミューラー(シボレー) / シボレー
2012 : ロブ・ハフ(シボレー) / シボレー
2013 : イヴァン・ミューラー(シボレー) / ホンダ
2014 : ホセ・マリア・ロペス(シトロエン)/ シトロエン
2015 : ホセ・マリア・ロペス(シトロエン)/ シトロエン
2016 : ホセ・マリア・ロペス(シトロエン)/ シトロエン
2017 : テッド・ビヨーク(ボルボ) /ボルボ
左からドライバー王者(乗車メーカー)/ マニュファクチャラーズ王者
WTCCの光と影
自動車メーカーの参戦無くしては成り立たない自動車レースの世界選手権。ツーリングカーやGTカーのレースは歴史上もメーカーの参戦と撤退により、栄枯盛衰を繰り返してきた。市販車のイメージに直結するツーリングカーのレースは一つのメーカーが勝ち続けることも、ライバルに負け続けることも許されない。WTCCはテレビ局の「ユーロスポーツ」がプロモーターとなり、テレビのドラマ的演出と重量ハンデを課す性能調整でメーカー間の戦力均衡を測ってきたが、うまくバランスが取れる年とそうでない年があり、そのギャップが激しすぎたとも言える。
また、メーカーだけではスターティンググリッドを埋められず、実績が世界選手権レベルに達していないドライバーたちが多く参戦したことで、そのステータスを疑問視する目もあった。ただ、自費で参戦するフランツ・エングストラーなどの個性的なアマチュアドライバーもいて、ビジネスで成功してレースを楽しむ「ジェントルマンドライバー」という言葉が日本でも知られるようになったのはWTCCの影響が大きいだろう。今ではジェントルマンドライバーたちの存在は国内レースでもファンから認められる存在になりつつある。
ワークスチームと多くのプライベーターによって支えられたWTCCだが、消滅への直接の引き金となったのは2014年以降の「TC1」規定だろう。メーカーの参戦を呼び寄せるプラス要素があった反面、空力パーツの導入で競争が激化し、参戦コストが上昇。さらに空力の高性能化で以前のようなオーバーテイク合戦が少なくなってしまった。WTCCの魅力はこれでかなりスポイルされただけでなく、以前の規定ならドライバーたちが攻めすぎてミスをする限界ギリギリの局面も減少。アマチュアレベルのドライバーでさえもミスをしなくなり、レースに波乱を起こすセーフティカーの導入も少なくなって、何だかシュッとした感じのレースになってしまったのは残念だった。
よりレーシーな規定の「TC1」になってからはフォーミュラカーレースで実績を残したホセ・マリア・ロペスが活躍。シトロエンからは世界ラリー選手権の王者、セバスチャン・ローブも参戦したが、いわゆるハコ車の名人的なドライバーたちが活躍する時代ではなくなってしまったことも「WTCCらしさ」を失ってしまった原因ではないだろうか。
近い将来やってくるボルボ、ホンダの撤退に向けて、プロモーターの「ユーロスポーツイベント」はWTCCの開催地やカレンダーを維持したまま、DTMとSUPER GT(GT500)が導入する共通規定「クラス1」によるGTカーの世界選手権レースにリニューアルすることを画策していたとされる。しかし、この話は結局勇み足に終わり、TCRと統合することでツーリングカーレースとしてのコンテンツを維持することになった。
動画:WTCCの歴史を振り返るVTR。ドライバーたちが演技をし、最後までプロレスチックな演出が特徴的だった。
WTCRのTCRとは?
WTCCは2018年から「TCR」規定のツーリングカーレース車輌を導入し、「WTCR」となる。TCR車のレースを企画・運営するのはかつて「ユーロスポーツ」に属しWTCCの一員だったイタリア人、マルチェロ・ロッティである。
TCRはジェントルマンドライバーたちがより安価にツーリングカーレースを楽しめるように作られた規定で、ロッティは自動車メーカーにTCR車両の製作・販売を提案し、現在はフォルクスワーゲン、アウディ、SEAT、オペル、アルファロメオ、ホンダ、ヒュンダイなど多くのメーカーがTCR規定のマシンをリリースしている。市販車をベースにしているため、当然基本的な性能は車種によって異なるが、性能を均一化させるための性能調整「BoP(バランスオブパフォーマンス)」が行われ、イコールコンディションでレースに参戦できる形になっている。独自の改造は許されず、指定されたパーツをメーカーから購入するスタイルはGTカーのFIA GT3と同じ概念だ。
そのTCRは国際レースとして「TCR International Series」が2015年から開催されており、多くの参加台数を集めていた。さらにヨーロッパ各国でTCR車を使ったツーリングカーレースが盛んに開催されており、ジェントルマンドライバーたちが数多く参戦して人気を博している。日本では「スーパー耐久」にTCR車両を使ったST-TCRクラスが2017年から新設され、ホンダ、アウディ、フォルクスワーゲンなどの車両がエントリーした。TCRは今後も世界的に注目度の高い共通規定になっていくだろう。
WTCRで喧嘩レース復活?
WTCCと「TCR International Series」が統一される形でTCR車の国際レース「WTCR」が今年から発足するわけだが、TCR車はジェントルマンドライバー向けのレース用として作られており、自動車メーカーはあくまで販売元であり、ワークスチームの参戦は認められていない。そのためWTCRにはマニュファクチャラーズ(自動車メーカー)の選手権は設定されず、FIAの格式としては世界選手権から「ワールドカップ」に格下げされ、正式名称は「FIAワールドツーリングカーカップ」となる。
動画: TCRモンツァラウンドのダイジェスト映像
ワークス不参加でやや華やかさに欠けることにはなるが、WTCRは今後大化けすることになるかもしれない。というのもBoPでイコールコンディションになったTCRのレースは昨年の「TCR International Series」を見てもわかる通り、非常にスリリングで面白いからだ。TCR車のポテンシャルはイタリアのモンツァサーキット(1周約5.8km)でWTCCのTC1車の約6秒ダウンではあるものの、TCRのバトルの多さ、接触上等で攻めていく迫力はラップタイムの差を充分に埋めている。そう、まさにかつてのWTCCを見ているかのようで、喧嘩レースの魅力が戻ってくると前向きに捉えた方が良いだろう。
ドライバーラインナップも注目されるポイントだ。WTCRのファーストシーズンはWTCCとTCR International Seriesに参戦したチームから最大26台がレギュラー参戦枠を獲得する見込み。近年はTCR International Seriesにぺぺ・オリオラ、ジャンニ・モルビデリといったかつてのWTCCドライバーが参戦しているし、昨年のチャンピオンは一時期日本のSUPER GTにも参戦したジャン・カール・ベルネイ(フォルクスワーゲン・ゴルフGTI TCR)で、プロドライバーを起用するチームも多い。さらに新規参戦となるヒュンダイは開発ドライバーとしてWTCC優勝経験があるアラン・メニュとガブリエル・タルキーニを起用している。各メーカーを代表するチームにWTCCのプロドライバーたちが開発兼任で送り込まれる可能性は充分にある。WTCRでの勝利は各メーカーのTCR車の販売拡大に繋がっていくからだ。
2018年のWTCRは2017年のWTCCカレンダーをベースに、マラケシュ市街地(モロッコ)、ニュルブルクリンク(ドイツ)、ヴィアレアル市街地(ポルトガル)、マカオ市街地(マカオ)など人気のコースを含む9ラウンドを予定。さらに1ラウンド追加される可能性もある。日本での開催はツインリンクもてぎの単独イベントが消滅し、10月末に鈴鹿サーキットの「JAF鈴鹿グランプリ」でスーパーフォーミュラと併催で開催されることになった。各イベントで2台までのワイルドカード(スポット)参戦が認められており、鈴鹿ではスーパー耐久に参戦するホンダやフォルクスワーゲンのTCRマシンがスポット参戦する可能性もある。日本ラウンド・鈴鹿は2つのジャンルが異なるレースが楽しめるイベントになりそうだ。
まだ不透明な部分が多いとはいえ、プジョーがプジョー308TCR(2018年改良版)を発表し、ホンダ、フォルクスワーゲン、アウディ、アルファロメオ、ヒュンダイなどのエントリーが期待されているWTCRは今季目の離せないシリーズになる。「喧嘩レース」復活なら大歓迎だ。
WTCR 2018 暫定カレンダー
4/7-8 マラケシュ(モロッコ)
4/28-29 ハンガロリンク (ハンガリー)
5/10-12 ニュルブルクリンク北コース (ドイツ)
5/19-21 ザントフールト(オランダ)
6/23-24 ヴィアレアル (ポルトガル)
8/4-5 テルマス・デ・リオ・オンド (アルゼンチン)
9/29-30 ニンボー (中国)
10/27-28 鈴鹿サーキット
11/15-18 マカオ市街地(マカオ)
1ラウンド追加予定