なぜエムバペは移籍しなかったのか?ポグバ、ディバラ、リュディガー...各自の思惑とフリー移籍の増加
まるで、チェスの一戦のようだ。
欧州で冬の移籍市場が閉鎖した。ドゥシャン・ヴラホビッチ(ユヴェントス/移籍金7500万ユーロ/約92億円)、フェラン・トーレス(バルセロナ/移籍金5500万ユーロ/約71億円)、ルイス・ディアス(リヴァプール/移籍金4500万ユーロ/約58億円)とビッグディールがなかったわけではない。
だが、総合的に見れば落ち着いた冬だったと言える。
■マーケットの傾向
そもそも、冬のマーケットは夏に比べて大きな移籍が決まりにくい。シーズンの半ばで、戦力を放出したくないという意識が働くためである。
近年のマーケット情況とその傾向にフォーカスすると、レンタルとフリートランスファーでの移籍が非常に増えた。
新型コロナウィルスの影響で各クラブの財政は悪化した。その中で、高額な移籍金が積めなくなったのは道理だ。
この夏には、パリ・サンジェルマンがフリートランスファーで多くの選手を引き入れた。リオネル・メッシ(前所属バルセロナ)、ジョルジオ・ワイナルドゥム(リヴァプール)、ジャンルイジ・ドンナルンマ(ミラン)セルヒオ・ラモス(レアル・マドリー)とビッグクラブから選手を確保している。
また、フリーの移籍が増えた背景には、選手と代理人の事情がある。所属クラブと契約延長を行うより、新たなクラブに行く選択をした方が、年俸アップの交渉を容易にできる。
その過程で代理人あるいは家族にインセンティブが渡されるというのも常態化しており、これに旨味を感じた側近が選手を唆(そそのか)すケースも出てきている。バルセロナのウスマン・デンベレが、そのパターンだ。現在、FIFAが代理人の手数料や仲介料を制限する動きを見せているものの、少なくとも今冬の移籍市場までは流れが変わらなかった。
ジョルジュ・メンデス代理人、ミーノ・ライオラ代理人といった人物が現在のフットボール界で“暗躍”している。
今冬、アダマ・トラオレのバルセロナへのレンタル復帰が決定した。カンテラーノ(下部組織出身選手)の復帰が話題を読んだが、バックにはメンデス代理人の存在があった。なお、メンデスはアンス・ファティの代理人も務めており、着実にバルセロナというクラブに食い込んでいる。
そして、アーリング・ハーランドの将来を左右するのが、ライオラ代理人だ。
ハーランドとドルトムントとの契約は2024年夏まで。しかしながら、前述のFIFAの規制を考慮すれば、次の夏に制限がかかる前にライオラ代理人が動いて移籍が成立する可能性は高い。
■高額な移籍金と壊れた市場
高額な移籍金を支払わないというのは、それだけでアドバンテージになりえる。
ここで少し、時を遡る。高額な移籍金について考える時、避けて通れないのが2017年夏のネイマールの移籍だ。
パリ・サンジェルマンは契約解除金2億2200万ユーロ(約286億円)を支払い、バルセロナからネイマールを獲得した。当時、メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールの3トップはスペインと欧州で脅威になっていた。「MSN」が一瞬にして解体され、その一報は衝撃と共に世界に届けられた。
そこで市場は壊れてしまった。
キリアン・エムバペ(2017年夏加入/パリSG/移籍金1億8000万ユーロ)、ジョアン・フェリックス(2019年夏/アトレティコ・マドリー/移籍金1億2700万ユーロ)、フィリペ・コウチーニョ(2018年1月/バルセロナ/移籍金1億2000万ユーロ)、アントワーヌ・グリーズマン(2019年夏/バルセロナ/契約解除金1億2000万ユーロ)、デンベレ(2017年夏/バルセロナ/移籍金1億500万ユーロ)、エデン・アザール(2019年夏/レアル・マドリー/移籍金1億ユーロ)、クリスティアーノ・ロナウド(2018年夏/ユヴェントス/移籍金1億ユーロ)とスタープレーヤーと将来有望な若手に大金がはたかれた。
「ネイマールの移籍は、フットボールの世界で新たな章を作り上げた。このプロスポーツにおいて、規則を見直すべきだ。こういった投資を分析しなければ、バブルが起こることになる」と語ったのはラ・リーガのセキュリティチェックを行うフェルナンド・ポンスだ。
「ネイマールのケースは驚きだった。しかし、パリ・サンジェルマンは資金を回収できるだろう。その若さに加え、ネイマールのアジアでの人気はメッシを上回るものだからだ」
デンベレ、ポール・ポグバ(マンチェスター ・ユナイテッド)、ニクラス・ジューレ(バイエルン・ミュンヘン)、パウロ・ディバラ(ユヴェントス)、アントニオ・リュディガー(チェルシー)といった選手が次の夏にはフリーになる。
何より、エムバペだ。現行契約を2022年夏までとしているエムバペだが、まだ契約延長にサインしていない。そのエムバペを巡っては、パリSGとマドリーが水面下でバトルを繰り広げてきた。
マドリーは数年にわたりエムバペを追跡してきた。14歳の時、マドリーのカンテラに入団する可能性があったエムバペだが、両親の意向でフランスに留まった。ジネディーヌ・ジダンとクリスティアーノ・ロナウドに憧れていた少年は、いつしかマドリーでプレーしたいと夢見ていた。
大金を積んで獲得したエムバペがフリーで移籍するとなると、パリSGとしては一大事である。冬のマーケットが過ぎ、移籍金が発生する最後のチャンスは失われた。そして、エムバペの移籍で、新たなトレンドが生まれるかもしれない。