コーヒーと北欧政治
コーヒーが大好きな北欧の人々。北欧諸国といえば、コーヒー消費量が世界ランキングでトップ常連国だ。
この記事を書きながら、私は今ノルウェーの「Supreme Roastworks」のケニアのコーヒーを飲んでいる。
北欧の政界を取材していると、コーヒーが密かに重要な役割を果たしていることに気づいた。
コーヒーは、「政治思考やライフスタイルの価値観を批判しあう時」に登場するのだ。
「え?」と大きな違和感を感じたのは、ノルウェーで与党・保守党の総会を取材していた時だった。
アーナ・ソールバルグ首相が率いる保守党。
党の大物政治家であるトロン・ヘッレラン国会議員(写真下)氏は、総会でのスピーチでこう語った。
「カフェラテを飲む急進的な理想家たち」
会場はどっと笑いに包まれた。「カフェラテ」というマジックワードが使われたのだ。
現場で写真撮影をしていた私は、一瞬意味がわからなくて、ぽかんとしてしまった。
この発言を、現地の大手メディアは一斉に報道。
その後、笑いの対象にされた2党は、「私たちはブラックコーヒーも飲む」などと反論した。
コーヒー議論は、数日間も続いた。
なんと、北欧コーヒー界の第一人者でもあるティム・ウェンデルボー氏にも、各地で飲まれるコーヒーの種類について、新聞社がコメントを求めるまでに及んだ。
背景はこうだ。これを理解しておくと、ノルウェーの政治やライフスタイルがきっと前よりも分かるようになる。
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道路建設 VS 徒歩・自転車・公共交通機関
ノルウェーでは、政府や自治体がどれだけのお金を道路建設にまわすかで議論が過熱する。中道右派か中道左派かを問わず「大政党」は、道路建設や車のある未来を語る。
緑の環境党と左派小政党(左派社会党など)は、油田開発や道路ばかりを優先するのは、古臭い考え方だと批判する。
都市VS地方
ノルウェーでは、「大都市(特にオスロ)のエリートの奴ら」が、小規模の自治体を無視して政策を決める傾向に、嫌悪感を示す人が意外と多い。
公共交通機関がオスロほど発達していない地方や田舎では、車が大事な移動手段だ。
自転車やバスだけでも移動できる「オスロでの当たり前」が「ノルウェーの当たり前」として語られると、地方在住者はイライラする。
「野生オオカミ議論」も、「都市と地方でのライフスタイルと価値観の対立」のシンボルとなっている。
朝日新聞Globe「ノルウェーはなぜ、生息数の4分の1もの野生オオカミを射殺するのか」
オスロのグリーネルロッカ地区
オスロにはグリーネルロッカというエリアがある。かつては貧しいエリアだったが、今は最新トレンドが集まるお洒落なエリアになりつつある。
大手ブランドやチェーン店が店を出そうとすると、地元の人から嫌がられる。個性的なセレクトショップ、ヴィンテージショップ、チェーンではないカフェが多い。
グリーネルロッカには、「大政党や右派政党よりも、急進的な傾向が強い小政党(右派左派問わない)、左派政党、そして緑の環境党の支持者がうろちょろする街」というイメージがつき始めている。
このエリアには「北欧コーヒーを代表する、すごいカフェ」が点在している。
「グリーネルロッカ」=「コーヒーにうるさい人が好きなエリア」ともなってきている。
ブラックコーヒーとカフェラテ
ノルウェーのコーヒー文化は独特だ。
「昔から飲まれている、みんなのコーヒー」は、「ホットのブラックコーヒー」だ。
冬が長い国のため、ブラックコーヒーを冷たい状態で飲むことは、まだ深くは浸透していない。
ノルウェーは油田が発見されるまでは、貧しい農家の国だった。国を築き上げてきた農民が飲んできたのは、温かいブラックコーヒーだ。
ブラックコーヒーを冷たくして飲む、ミルクを入れる、わざわざ時間をかけてドリップで淹れるという行為は、「新しいトレンド」のシンボルとなることがある。
カフェラテやカプチーノを飲んでいる人は全国各地にいる。
それでも、1杯の価格がブラックコーヒーより高い「カフェラテ」は、お金にちょっと余裕があり、トレンドにこだわる人たちのグルメというシンボルになっている。
コーヒーとライフスタイルの話をする時は、「カフェラテ」であることがなぜか重要だ。
カプチーノ、カフェモカ、エスプレッソなどの他の種類ではなく、カフェラテ!
「カフェラテ」には、別の意味で特定の価値観を意味するシンボルが含まれる。
人によって意見は多少異なるが、「左派政治」、「急進的」、「理想家」、「首都オスロ中心の生き方」など。
特にカフェラテは、政治や社会議論では「国土全体を広い目線で見ることができない、狭い視野の人」という意味になることもある。
地方在住者や農家が愛読するナショーネン紙では、「カフェラテは、地方にとっての脅威のシンボル」とも紹介されている。
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すでに、記事を読んでいて、「意味がわからない」と思っている人も多いかもしれない。
それは、普通の反応です。では、記事を続けます。
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グリーネルロッカ地区でカフェラテを飲むということ
そこで、「グリーネルロッカ地区でコーヒー、特にカフェラテを飲む人たち」は、何を示すか?
首都オスロは、地方在住者にとってはすでに急進的だ。
オスロに住んでいる人たちにとっては、グリーネルロッカ地区でうろちょろしてコーヒーを飲んでいる人たちは、「さらに急進的」だ。
加えて、「特定の高学歴者がいて、理想家であり、グリーン政策ばかり唱えており、地方在住者などの気持ちをわかっていない人たち」、というようなイメージがつくこともある。
グリーネルロッカ地区でカフェラテ=「超ラディカル」、「現実をわかっていない、夢見る人たちの集まり」
つまり、この党。
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ちなみに、カフェラテを飲むことを自ら強調している政党はゼロだ。
「コーヒーが大好き」ということはどの政党も常にアピールする。それが「市民と権力者でも距離は近い」、「私たち政治家もあなた方市民と同じ」という北欧ならではの平等を示す方法だから。
もちろん、政治色関係なく、グリーネルロッカ地区でコーヒーを飲む人はいる。右派政党の支持者もカフェラテを飲む。
それでも、「グリーネルロッカ地区でコーヒー(特にカフェラテ)」は、特定の政治思考や価値観・ライフスタイルのシンボルとなっている側面がある。
事実かどうかは関係なく、野生オオカミと同じように、価値観の対立を議論するときに、便利な表現なのだ。
ちなみに、フィンランドやスウェーデンのコーヒー関係者に以前このことを聞いた時、「そんな表現や議論はないよ」という答えをもらった。
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保守党のヘッレラン議員が言った言葉が、現地の人々や報道陣にとっては、なぜ面白いものだったか、なんとなくわかり始めただろうか。
緑の環境党は、環境や気候変動を気にするので、理想家・グリーンな若いエリートたちの集まりというイメージが強い。
左派社会党は、以前からある政党だが、理想家が多く、「子どものようなことをいう」と右派政党にバカにされることもある。
コーヒーは、ともかくも価値観を示すシンボルとして、この国では便利なのだ。
ノルウェーの政治家は、自分たちが「市民のみなさんと同じような、普通の人」アピールをすることが大好きだ。異常なほどに。
だから、ノルウェー人が大好きな「スキーをしている写真」、「ピザを食べている写真」、「コーラや(ホットの)ブラックコーヒーをたくさん飲んでいる写真」をインスタグラムなどによくアップする。
「カフェラテやカプチーノを飲んでいる写真」を意識的に投稿する政治家は、あまりいないだろう。
コーヒーの写真なら、ホットのブラックコーヒーが、人々の心をつかむ。
他党との価値観やライフスタイルの違いを強調する時、コーヒーは便利で、とても分かりやすい。
北欧選挙の場に必ずある、ブラックコーヒー
北欧諸国では選挙中に政党がコーヒーを無料配布するのはあたりまえ。コーヒーさえも用意できない政党は、「選挙で勝つ気がない」に等しい。
取材先では、党員はよくこう言う。「コーヒーがないと市民とコミュニケーションが図りにくいよ」。
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政治家がコーヒーを使って他党を批判するシーンは、実は頻繁にある。
ひとつの例がこれだ。
2018年4月は、連立政権を組む与党政党の総会が次々と続いていた。
右翼ポピュリスト政党で、移民・難民の受け入れに厳しく、道路建設・減税・エリート批判が大好きな「進歩党」の総会も、4月末に開催された。
1年に1度の総会は、現地メディアが連日大きく特集してくれるので、各党にとっては、どれだけニュースにしてもらえるかが重要。
そこで、総会直前・進歩党の党首で、当時は財務大臣だったシーヴ・イェンセン氏が、緑の環境党に対して、皆が大好きな「コーヒー砲」を撃った。
「グリーネルロッカ」、「カフェ」(コーヒー)、「自転車」、「歩く」、「車」。
多くの人の感情のアンテナに触れる用語が連発されたため、権力ある財務大臣の言葉は全国ニュースとなった。
前知識として、「緑の環境党」と「進歩党」は、特に相性が悪い。
緑の環境党は、石油資源に依存せず、車をあまり使わない未来を提唱。
進歩党は、まだまだオイルマネーを活用したい・道路建設にお金を使いたい「オイル&車」政党だ。
オスロで権力を握る緑の環境党。その政策と思想を、財務大臣はカフェやグリーネルロッカ地区を例にからかったのだ。
財務大臣が言いたかったのは、誰もが「緑の環境党」のような生活をしているわけではなく、車が必要な人もいる。「道路の時代が終わったなんて、幻想だ」という主張だ。
このように、理想家が多い政党を、既存の大政党が批判するときに、コーヒーの種類やグリーネルロッカ地区という単語は便利だ。
市民に、分かりやすく政治を理解してもらうことができる道具となる。わかりやすい説明は民主的な政治でもある。
事実は関係ない、価値観の対立のシンボル
繰り返すが、事実かどうかは関係がない。
ノルウェーでの野生オオカミの議論も、オオカミに人や羊が実際どれだけ殺されているかという事実は、主要項目ではない。要は、「都市と地方の価値観の対立」だ。
どの政治色の人が、コーヒーにどれだけのミルクを入れるか・入れないかということも、事実は関係ない。事実はどうかという統計探しや議論は、意味をなさない。
コーヒー、特定の地区、移動手段は、政治議論と価値観の違いを分かりやすくするための、シンボルのひとつなのだ。
だから、「私は●●党に投票するけれど、コーヒーの飲み方は……」なんて、真面目・感情的に言い返す人はめったにいない。ちゃんとそこは、人々は切り分けている。
政治にコーヒーが加わると、楽しく議論できる
ノルウェーには、普段から政治の話が好きな人が結構多い。そこに、毎日飲む大好きな飲み物「コーヒー」が加わると、ただ面白いのだ。
笑って政治についておしゃべりできる、娯楽なのだ。
だから、政治家がコーヒーやカフェのことを引き合いに出すと、ニュースにもなりやすい。
本気で人々をイライラさせるものではなく、ユーモアを加えながら政治議論をしやすくするための、「スイッチ」なのだ。
それほど、この国の人たちは、コーヒーやカフェという魔法の言葉に、ぴくりと敏感に反応する。
ノルウェーの政治家が、議論の際にコーヒーをネタにした時、あなたが一緒に周囲のノルウェー人と笑えたら。
それは、あなたがノルウェー政治と現地の暮らしを、深く理解し始めているサインかもしれない。
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コーヒーと政治の議論が過熱すると、「コーヒーのエキスパート」として、メディアからたまに意見を求められる業界の有名人ティム・ウェンデルボー氏。
カフェラテ議論が紙面でニュースとなった時の、クラッセカンペン紙やモルゲンブラーデ紙の記事。面白かったので、未だに保存している。
「ナショーネン紙の調査では、読者の52%がカフェラテを飲んだことがないそうだが?」というクラッセカンペン紙の記者からの質問。ウェンデルボー氏は、こう答えている。
「その数字が総括的かどうかは、疑わしい。カフェラテは、コーヒーとミルクが混ざったものだ。多くの人が、実は飲んでいる」。
北欧を旅行をする際には、コーヒー豆をお土産にぜひ。
Photo&Text: Asaki Abumi
※当記事は2018年にnote「外国語の楽しい勉強法 北欧言語」で有料公開していたものを編集・加筆したものです