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「初詣ベビーカー自粛」、問題の本質は公共空間でのモラル。日本をあきらめるのは早い。

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
このように広い空間では好きなことができるし「自粛」の必要はまったくないでしょう(写真:アフロ)

みなさま、あけましておめでとうございます。どんなお正月を過ごしましたか? 

最初はスルーしたかったた「初詣ベビーカー問題」

私が「初詣ベビーカー自粛」に関するニュースを知ったのは、1月2日のことでした。iPadでネットにつなぐとYahoo!のトップページが出てきます。そこで、見出しをみて「深入りしないようにしよう」と思いました。娘とふたりで旅行中だったので、楽しい気分を台無しにしたくなかったのです。

約1週間たって関連記事をいくつか読み、自分の考えをまとめてみたいと思いました。きっかけはこちらの記事です。

初詣「ベビーカー自粛」要請で大騒ぎ 「差別」批判へ寺側の意外な言い分

(J-Castニュース:2017年1月5日)

1ページ目は問題提起と議論のまとめになっています。2ページ目は、このお寺がなぜ「ベビーカー自粛」を求めたか、住職さんへのインタビューをもとに書かれています。ひとことで言えば、問題はベビーカーを使う人のマナーの悪さやモラルのなさ、でした。

問題はベビーカーではなく、一部大人のマナーとモラル

大事なのは、ベビーカーそのものが問題視されたのではなく、一部の極端にマナーが悪い人が他の参拝客の不快感をもたらし、さらにはけが人まで出てしまった、という事実です。

つまりこれは、子育てに優しい環境か否か、という問題ではありません。ベビーカー自粛という、看板に書かれた言葉は、子育て層の反感を買ってしまったでしょう。でも、問題の本質は公共空間における迷惑行為とその対応にあると、私は思いました。

お寺はきっと、子育て層にも初詣に来てほしい、と考えてベビーカー優先レーンを作ったのでしょう。お寺の配慮を悪用して、1台のベビーカーに多すぎる人が「付き添った」のは、モラルのない大人の側の問題です。

ですからこの問題で、子育て層がお寺を責めるのは間違っています。お寺ではなく「ベビーカーを押している状態」を悪用する/した大人たちの責任を問うべきでしょう。「ベビーカーと共に優先される権利」を濫用した大人が悪いのですから。

資源が限られているとき、分配にはルールが必要

もしも初詣のお寺に充分な広さがあり、誰も待たずに参拝できるのなら、こういう問題は起きないでしょう。でも、現実には限られた広さの中で、多くの参拝したい人のニーズを満たす必要があります。そこでは、何らかのルールが必要になってきます。

理想論を言えば、お寺は問題を起こした個人の責任を問うべきでした。ベビーカーで転んだ方への治療費を支払わせ、謝罪させることに注力できたら、よかったでしょう。その上で、起きた問題とお寺のポリシーを参拝客に伝えられるとベストだったはずです。子連れにも来てほしいけれど、ベビーカーによる迷惑行為には個別に毅然とした対応を取ること。場合によっては、警備員を呼び、出て行ってもらうかもしれない、と。

今回、お寺の対応に問題があったとすれば、マナーの良いベビーカーまで、すべてを排除してしまったことでしょう。前述のような対応にはコストがかかりますから、限られた人員では仕方なかった、というのが現実かもしれません。ただ、背景事情を知った人は、お寺をそう悪くは思わないでしょう。できれば、近いうちに事情説明と、もういちど、ベビーカーOKのお知らせを出してほしいな、と思います。

迷惑行為はベビーカーだけではない

ここでひとつ、書いておきたいのは、ベビーカー以外の迷惑行為です。酔っ払いが駅や車内で人に絡んだり、混んでいる電車で立っている人がいるのに荷物をどけない人。年末年始に外出した時に目にした光景です。こういう行為が見逃され、ベビーカーばかりやり玉に挙げられるとしたら、それはやはり、子連れ差別と言わざるをえません。

子連れに親切な人も大勢いる。日本をあきらめるのは早計

最後に、私自身は妊娠中や子どもが小さい時、外出先で多くの人に親切にしていただきました。仕事帰りの混んだ電車で妊婦の私に席を譲ってくれた人。べビーカーで散歩していたら、嬉しそうに歩いてきて「赤ちゃんは素晴らしい」と拝みそうな勢いで話しかけてくれた人。電車の中や信号待ちの時、変顔をして、娘を笑わせてくれた人たち。地下鉄の中で座り込んでしまった息子に、仕事帰りで疲れていたはずなのに無言で席を譲ってくれたサラリーマン。

インターネットのニュースでは、どうしても極端によくない話が拡散します。今回の初詣の議論をもって「日本は子育てしにくい」と結論づけるのは早計だと私は思います。ほんの1週間前も、旅行先で娘と話ながら一緒に散歩してくれた知らないおばあさんや、新幹線の自由席から荷物をどけて席を空けてくれた若い男性、電車を待つ列で娘と遊んでくれたお姉さんに出会いました。小さな親切を毎日たくさん受けている、と実感しています。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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