キャリア35年、ナレーターとしても人気の実力派俳優・中井貴一が新たに出会った「当たり役」とは?
WOWOWのドラマ『きんぴか』で演じる、昔気質の人情派ヤクザ・阪口健太に”出会う”
もちろんドラマや映画は「うそ」を楽しむもので、でも時には、その役者の演技があまりにも素晴らしく、まるで登場人物に乗り移っているかのような「うそ」を超える衝撃を受けることがある。最近のドラマはキャスト優先型の当て書きものも多いが、何十年も前の作品が原作になっているものはそうもいかず、より近い雰囲気を持っている役者がキャスティングされる。そこで素晴らしい演技を見せるとそれが「当たり役」「はまり役」と言われ、シリーズ化されたり、映画化されたりして、長く愛される作品になっていく……。
そんな事をふと思ったのは、今WOWOWでオンエア中の大ヒット連続ドラマ『連続ドラマW きんぴか』(2月13日~毎土曜22時~全5回)で、昔気質の人情派のヤクザを演じる中井貴一を観たからだ。『きんぴか』は『鉄道員(ぽっぽや)」や『地下鉄(メトロ)に乗って』など、ベストセラーの多くが映画化、ドラマ化されている人気作家・浅田次郎の、約25年前の作品、『きんぴか』シリーズをドラマ化したものだ。WOWOWで浅田作品をドラマ化するのは初めて、中井貴一もWOWOWの連続ドラマ初主演となる。
【『きんぴか』ストーリー】天崇連合会岩松組の組員・阪口健太(中井貴一)が、敵対する銀鷲会組長を射殺。これは、組を想っての健太の単独行動だった。それから13年。“務め”を終え出所した健太を出迎えたのは、老刑事・向井権左エ門(綿引勝彦)ただひとり。大勢の組員の出迎えを想像していた健太に向井は、「バカが。捨て駒になりやがって」と現実を突き付ける。一方、最強の肉体を持つ自衛官・大河原勲(ピエール瀧)は安全保障関連法案の撤回を求め“ひとりクーデター”を起こすが失敗。また同じころ、政治家・山内龍造(村井國夫)の優秀な秘書・広橋秀彦(ユースケ・サンタマリア)は山内の収賄容疑を被り、逮捕され、離婚の危機に。そんな“崖っぷち”2人にも向井が声を掛け、健太、大河原、広橋がそろった。向井は「肚、腕、頭、三つぞろいの悪党がそろったんだ。理不尽を我慢するこたぁやめて、好きにやってみろ」と言い放つ。かくして、“3人の悪党"の快進撃が始まる――。
浅田次郎の約25年前の原作が今タイムリーなワケ
浅田がこの作品を書いた約25年前というのは、暴力団同士の抗争が社会的な問題になっていて、時代は巡り、偶然だが今また同じような状況にある中でこの作品がドラマ化されるというのも面白い。中井は「今回、僕はヤクザを演じているんですが、最近は「ヤクザ」というだけで撮影がしにくくなる。エンターテインメントの社会が狭くなりすぎている…という思いもあり、逆にこんな時代だからこそ、あえて「きんぴか」のようなドラマを作る意義があると感じています」と、今回の出演を決めた理由を熱く語っている。ドラマはヤクザ、政治、自衛隊、それぞれの世界が別々にパラレルに描かれ話は進んで行くが、そのひと筋縄ではいかない3つの世界が絡み合い、やがて3人VS社会のような構図になっていく。ヤクザの問題、そして安保法案に絡み自衛隊の存在意義が改めてクローズアップされ、さらにどうしようもない政治家が度々問題を起こし政治家不信を招き、そんなことが重なり、社会を不安に陥れている今、このドラマはまさにタイムリーというしかない。
昔気質のヤクザ・阪口健太のとの共通点
そんなドラマの中でひと際存在を放っているのが、昭和任侠を地で行くような昔気質で不器用なヤクザ、阪口健太を演じる主演・中井の演技だ。4時間半かけ作り上げる立派な刺青を背負っている。阪口について中井は「役柄的にはヤクザですが、今、日本男子が忘れかけている義理や人情を重んじるアナログな昭和の男。不器用だけれどまっすぐに生きる一本気なところは共感しますね」と、昭和の男という部分で共感できるところがあるという。さらに「以前、ヤクザ映画に出たときに、学生時代の友達から、「やっとお前に合ったものに出たな」って言われたことがあるんですよ。実はずっと体育会系で来ましたから、学生時代の友達はそっちの僕を知っているので、上下関係を大事にするところだったり、一本気なところだったり、共通点がかなりあるのかもしれない」と、同じ日本男児という部分でも、愛情を持って阪口を演じている。中井はこれまで数多くのドラマ、映画に出演し、「当たり役」と言われるものも多々あった。しかし今回のこの阪口健太という役は中井の新たな、しかもかなりの「当たり役」と言っていいのではないだろうか。それぐらい観ている側は感情移入でき、同時に感情を揺さぶられる。
ピエール瀧、ユースケ・サンタマリアとのチーム感を楽しむ
中井演じる阪口は、“間違ったことはしない”というブレない部分でつながっている自衛官・大河原勲と、政治家秘書・広橋秀彦と共闘し、筋が通っていない輩を成敗する。3人の丁々発止のやり取りもこのドラマの魅力だ。この共演の二人について中井は「プロデューサーからお二人の名前を聞いた時、既成の俳優さんよりもミュージシャンとして培った独特の感性をお持ちの方と組んだほうが絶対に面白くなると思いました。実際、一緒にやってみて、このキャスティングは絶妙でしたね。例えば、ピエールさんが演じている軍曹役を、既成の俳優さんが「貴様、これは何々ではないか!」みたいに軍隊風に言うと嘘臭く聞こえてしまいますが、ピエールさんが言うと、「あ、これはありなんだな」っていう気になってしまう。ユースケさんも、この方がのちに総理になる器かどうかは別として(笑)、線の細い政治家の元秘書役をクレバーに絶妙に表現されている。肚(はら)、腕、頭の3悪党が、仲良しごっこにはならないけれど、いざという時にどこかで手をさしのべる「人間の繋がり」みたいなチーム感が「きんぴか」の魅力でもありますね」とその魅力と演技力を絶賛している。
原作はコメディータッチだが、ドラマではその“憤り”の部分がクローズアップされ、ハードで、シリアスな雰囲気で描いている。そんな中で瀧とユースケが持つ、ユーモラスな部分が空気として滲み出ていて、もちろん中井もそういう部分を持っていて、そんな、シリアスな中でクスッと笑える部分が“差し色”になり、原作のカラーを醸し出している。
『サラメシ』『夢の扉+』で見せるもうひとつの”当たり役”、ナレーターとしての高い評価
中井といえば、役者ともうひとつ人気ナレーターとしての顔を持つ。『夢の扉+』(TBS系、日曜18時30分~)、『サラメシ』(NHK総合、月曜22時55分~)という両人気番組での素晴らしいナレーションは評価が高い。『夢~』で、熱い志と深いビジョンを持って社会を切り拓いていく日本人にスポットを当てたドキュメント番組で、坂口憲二、向井理と共に週替わりで担当している。そのスタイルは正統派で、中井の声が持つ爽やかさ、凛々しさが映像と相まって感動を増幅させる。今年で5年目を迎える“ランチをのぞけば、人生が見えてくる”がコンセプトの『サラメシ』では、『夢~』とは打って変わって、軽妙でコミカルなナレーションで日本中のお昼ごはん=サラメシ=人を紹介する。しかし、亡くなった著名人の「サラメシ」を紹介するコーナーでは、そのお店と故人との繋がりを、落ち着いた、想いのこもったナレーションで紹介するなど、ここでも様々な「役」を演じ、魅せてくれる。
役者とナレーターの共通点は”魂”を込めること。観ている人に想像する余地を与えること
両番組ともドキュメントではあるが、しっかりと人間ドラマが描かれていて、そこに“人間・中井貴一”が寄り添っているかのようだ。“表現者”中井貴一として大切にしていることを改めて聞いてみると「基本的にナレーションの仕事も役者の仕事の延長線上だと思っています。何事もそうですが言葉には“言霊”という魂があって、人間が生きているということは、魂によって生きているわけです。我々はお客さんに何を観て頂くのかというと、形式美や様式美、それは料理でいうと下ごしらえのようなものと僕は思っていて、料理になる瞬間って何かというと、そこに魂が入るということで、それが料理の一番のスパイスだと思っています。なので、どんなナレーションでも、またどんな役を演じるにあたっても、やはりその役柄の魂をお客さんに届けようとすることが、僕なりのこだわりかもしれません。その魂を見せることによって、お客さんに想像していただく。想像していただくということは余白を作ることで、全てを形や表情で説明しすぎないようにするということを心がけています」と、役者もナレーションも魂を込めるということだと語る。観ている人に想像する余地を与える、つまりそれが“楽しませる”ということに繋がる。
中井の“魂”が宿った阪口健太が活躍するWOWOW『連続ドラマW きんぴか』が、いよいよ3月12日(土)に最終回を迎える。中井と飯島直子との濡れ場シーンなども注目されたが、どのようなラストが待ち受けているのだろうか。中井、ピエール瀧、ユースケ・サンタマリア他、個性あふれる役者陣がぶつかり生まれる、化学反応のその“激しさ”を最後まで堪能しつつ、阪口、大河原、広橋の“最高の3悪党”の活躍をもっと観たい、“続き”が観たいと思うはずだ。
<Profile>
1961年生まれ、東京都出身。成蹊大学在学中の1981年、映画『連合艦隊』でデビューし、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。 1983年『ふぞろいの林檎たちI』(TBS系)が高視聴率を記録し、人気シリーズとなる。1988年NHK大河ドラマ『平清盛』で主演を果たす。以来NHK大河ドラマ『武田信玄』、同『平清盛』('12年)、『Age,35恋しくて』(フジテレビ系)、『最後から二番目の恋』(フジテレビ系)など多数の主演作がある。映画でも『ビルマの竪琴』('85年)、『キネマの天地』('86年)、『四十七人の刺客』('94年)、『マークスの山』('95年)、『梟の城』('99年)、『壬生義士伝』('03年)、『亡国のイージス』('06年)、『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』('10年)など多数の作品に出演し、『四十七人の刺客』では日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、『壬生義士伝』で同最優秀主演男優賞を受賞。様々なジャンルの作品で、様々な役を演じることができる、日本映画界には欠かすことができない役者の一人。また舞台でも、『グッドナイト スリイプタイト』(三谷幸喜作・演出)、『十二人の怒れる男』(蜷川幸雄演出)他に出演し、活躍している。