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東京五輪と違い、サッカーの欧州選手権で開催に反対の声が上がらない理由

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家
イタリアの勝利で大会は始まった。(写真:ロイター/アフロ)

 ある国で、国際的で大きなスポーツイベントが開催される。その国の住民たちは、不満を募らせている。コロナ禍において、大会を実施することに対してではない。むしろ、正反対の声を上げている。

反映される国民性

 6月11日、ヨーロッパのサッカー最強国を決める欧州選手権、EURO2020が開幕した。昨夏に開催される予定だったが、コロナ禍により1年延期されていたビッグイベントだ。

 大会は欧州12カ国を会場とする新たな試みの下で行われる。アゼルバイジャンのバクーやドイツのミュンヘンといった欧州各地でグループステージを戦い、ロンドンで行われる決勝、その先にある頂点を目指す。

 日本では、EURO2020同様に1年延期されたオリンピック東京大会をめぐり、騒動が続いている。回答者の胸の内にある理由までは明らかにされていないが、五輪を中止、あるいは延期すべきだという声が世論の8割に達していると伝えられている。

 ヨーロッパでは、日本以上に新型コロナウイルスの拡大に対して厳しい対策が取られている。日本とは比べものにならないほど、被害が甚大だからだ。ロックダウンが続いた国々では、開催に反対する声はないのだろうか。

「そう言われて初めて気がついたけど、そういう話は聞いたことがありませんね」。サッカー選手としてドイツに渡り、大学で法学も学ぶなど20年以上も当地で暮らす高山敬一郎さんは、そう話す。

 人々の移動を伴うイベントに中止の声が上がらないのは、感染対策などの対応がどのようなものになるか、はっきり理解されているからだという。

 徐々に緩和されてきたものの、ドイツではロックダウンが長く続いた。学校ではクラスごとに時間をずらしたり、隔日で通わせるなど、複数の方法を用意して分散登校させているという。街で通常の買い物ができるのは、食料品など生活必需品を扱う店だけ。服飾店や靴屋も開いてはいるが、客はオンライン注文した品物を受け取るのみで、店舗に滞在できないシステムになっているそうだ。

 EURO2020の試合開催は、「そういう日常の延長なんですよね」と高山さんは話す。観客の入場方法や警備といった対応も、ロックダウン下で生活する人々が日常的に置かれているコロナ対策と同じであると、肌感覚で理解できるものになっている。さらに、何か問題が生じた場合の次善の策となる「プランB」のみならず、「プランDくらいまでありますよ」(高山さん)ということが広く認知されているからこそ、開催に反対する声が上がることはなかった。

 むしろ、ヨーロッパの人々が不満に思っているのは、スタジアムへの入場者数の制限だ。全会場のうち、制限がないのはハンガリーのブダペストだけとなっている。最も制限が大きいのが、収容人数が最大値の22%に抑えられているミュンヘンだ。

 政府や自治体が有観客での実施を保証できないことを理由に、当初の開催地からアイルランドのダブリンと、スペインのビルバオが外された。ミュンヘンでも自治体との交渉が長引いたようだが、ドイツサッカー連盟(DFB)の会長は「無観客での開催になるならば、ドイツでは開催させない」と、断言したそうだ。高山さんは、「この国では、政治でも何でも、リーダーが責任を持って決断しますからね」と語る。国家的なイベントには、自然と国民性が反映されるのだろう。

日本と異なる「ベース」

 ファイナルの地となるロンドンでは、準決勝など全会場で最多となる8試合が行われる。アーセナルにも所属した元プロ選手で、現在は解説などを務めるエイドリアン・クラークさんは、「興奮と前向きな気分」が広がっていると、大会を待つロンドンの様子を語る。

 クラークさんは、「もしも多くの海外のファンがイギリスに出入りすることが許されたら、良い顔はされないだろう。新しい変異株が持ち込まれることに、人々は強い反対姿勢を持っている」と説明する。だからこそ、「海外のファンが来日しての五輪観戦を、日本が許可しないことは理解できる」。同じ島国の人間として、そう語る。

 それでも、「ロンドンでEUROの試合を開催することに対して、この国の人間から反対の声は出ていない」というのだ。

 ベースには、日本との根本的に大きな違いがある。ワクチンの接種率だ。ロンドンの接種率は人口の8割近くに上り、数度のロックダウンを経た英国の首都は、さまざまな制限が取り除かれるようになっている。かつては危機的な状況にあったが、ワクチン接種の拡大で「新型コロナの観戦拡大は懸念ではあるけれど、入院率と死亡率は依然として低い。そういうわけで、すべてをストップさせるというのはクレイジーだと感じる」というのがクラークさんの考えだ。

 高山さんが暮らすドイツでも、ワクチン接種は進んでいる。今年に入って本格化したワクチン接種が、一気に広まったのだ。ワクチンが余っている場合には、医者が知人などに接種を呼びかけることも認められているのだという。誰であろうが接種率が高まれば、新型コロナの感染抑制につながる。非常に合理的な考え方だ。

 ヨーロッパと日本とでは、「ベース」が異なる。

 ワクチンが到着しても、予約の回線がパンクしたかと思えば、一転して大量に余る事態に陥ってと、混乱ばかりが目につく。接種者にキャンセルが出て、無駄にするよりはとワクチンを打った首長に、「会見を開かないんですか!」と、スクラムを組んでヒステリックにかみつくメディアがいる(首長の「私も医療従事者」という言い訳には無理がある)。

 中途半端な感染対策はだらだらと続き、民衆の首を真綿で締め続けている。名ばかりのリーダーたちは責任を恐れ、決断をたらい回しにしている。

 大会が始まれば、「感動をありがとう」という謎の呪文が大合唱され、開催期間中だけ熱に浮かされる。

 東京五輪は、日常の延長線上にはない。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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