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「減るニッポン」から「ヘルニッポン」、そしてニッポン終了へ...

島澤諭関東学院大学経済学部教授
画像はイメージです(写真:アフロ)

かつて2015年頃「ヘル朝鮮」(ヘル=Hell=地獄)という言葉が日本のメディアを賑わせたことがある。若者の「韓国社会の生きづらさ」を封建体制の李氏朝鮮になぞらえて自嘲的にして表現したものらしい。

これに先立って日本では、『嫌韓流』で有名な山野車輪氏が、2010年に『「若者奴隷」時代』を著し、社会保障制度を通じて若者たちがあたかも奴隷の如く高齢者にお金や労働を搾取されている状況を「若肉老食」社会としてリアルに描き出した。

山野車輪著『「若者奴隷」時代』(2010/03/15 晋遊舎刊)カバー
山野車輪著『「若者奴隷」時代』(2010/03/15 晋遊舎刊)カバー

しかし、現状は山野氏が描いた内容よりさらに深刻となっている。政府が推進している全世代型社会保障は、高齢世代に寛大で現役世代に冷淡な世界で最も深刻な世代間格差を温存したまま、現役世代への給付を拡充することで世代間格差の是正を狙っているせいだ。

「給付あるところ負担あり」なので、権丈善一慶応義塾大学教授が提唱し政府も飛びついている「子育て支援連帯基金」構想を突破口として、いずれ若者や現役世代、企業だけでなく、高齢世代も「全世代の扶け合い」と称して現役世代並みの負担を求められる社会がやってくるのは不可避だ。

実際、窓口負担や保険料の引き上げなど不十分ながらも高齢者の負担増加策も次第に増えてきている。

現在は山野氏が喝破したような若者が高齢者の「奴隷」であるにとどまっているとして、将来的には若者も高齢者も社会保障制度の「奴隷」となるのは間違いない。

実際、岸田総理は3月17日の会見で異次元の少子化対策の目的の一つに、「社会保障の維持」を挙げている。

やはり、政府は社会保障制度を維持するために全世代の負担と子どもを増やすつもりなのだ。

これまでの社会保障制度政策の失敗を隠蔽するために産み増やされるわたしたちの子や孫たちはたまったものではない。

このように、岸田総理が進める「異次元の少子化対策」は、主に若者にとってのヘル朝鮮だったのを上回る、全世代にとってのヘルニッポンをもたらすだろう。

なぜなら、「異次元の少子化対策」を講じ、その効果が現れるまでは、これまでの社会保障政策の失敗を認めなくてもよく、したがって、ネズミ講的な現在の社会保障制度や外国人労働者受け入れに関する抜本的な改革に手をつける必要がないと強弁できるからだ。

そしてそうして時間稼ぎしている間に改革のタイムリミットが過ぎ、当時の政策責任者も「若肉老食」した高齢者もすでにこの世にはいない。

フランスの例を見るまでもなく、現在の日本の社会保障制度は持続可能ではない。

仏 年金制度改革法案を議会での投票行わず採択 労組など猛反発(2023年3月18日 9時22分 NHK)

では、なぜ、社会保障や外国人労働者受け入れの抜本改革を遅らせることが、ヘルニッポンにつながるのだろうか。

まず、「異次元の少子化対策」では、女性人口減少には歯止めがかからない

少子化対策をいくら強化したところで、子どもを生む女性の数が減り続けているので、出生増に限界がある。例えば、いまから2030年にかけて20から49歳までの女性人口は11%減るので、出生率が不変でも出生数は減る。それを避けるには、機械的に計算すれば、直近では▼6.8%減少している出生率を11%以上、つまり18ポイント程度引き上げなければならない。果たしてそんな大幅な出生率の引き上げは現実的だろうか。

さらに、現在132.5兆円(社会保険料収入73.5兆円+税負担59.0兆円)の社会保障負担にさらに「異次元の少子化対策」の負担が上乗せされるので、家計や企業の社会保障負担の増加に拍車がかかる

いまから2045年にかけて現役世代が26%減り、高齢世代が9.6%増えるるので、その他の条件が一定だとすれば、現役世代の社会保険料負担は36%程度上昇せざるを得ない。これは現役世代の可処分所得を引き下げるので、当然出生率を引き下げ、少子化を加速させる。

また企業負担の増加は企業の海外脱出を加速し、日本国内の空洞化が止まらなくなる

そして中長期的に若者人口が減り続けるので、異次元の高齢化で増え続ける要介護者の面倒を見る介護人員の確保がいっそう困難となる。

おそらく団塊の世代の介護については、現状維持でも就職氷河期世代とオーバーラップする団塊ジュニア世代が人員的にかろうじて面倒を見られるものの、いまから大体25年後に団塊ジュニア世代が後期高齢者となり要介護状態になりやすくなったとき、その後に続く世代でその面倒を見ようにも、製造業や介護産業以外のサービス業から労働者を引き剥がしてこない限り人員的に面倒を見るのは不可能だ。本質的に新たな付加価値を生み出さない産業に貴重な生産資源を振り向ければ、日本経済は成長できずに没落の一途を辿る。成長が期待できず労働者の確保もままならないので企業は日本を去るし、したがって働き先がないので若者たちは海外に雇用を求めざるを得ない。

こうして、ハイスペックな若者や富裕層たちはもちろん、単純労働者、企業も、没落する日本から、より良い経済環境、労働条件、生活環境を求めて海外に脱出・流出する一方、日本脱出が難しい高齢者は日本に置き去りにされる。しかし、日本国内はめぼしい労働者の姿はなく、したがって産業もないため、地方だけではなく都市部も荒廃し、スラム化が進む、ディストピアとなる。これをヘルニッポンと呼ばずしてなんと呼べばよいだろうか。

社会保障の既得権者が増え、その表裏一体で負担が増え、出生数が減り、若者が減り、労働者が減る「減るニッポン」が、産業が消え、経済が衰退し、荒れ放題の社会が残る「ヘルニッポン」に転化してしまうのに時間はそうかからないだろう。

以上のシナリオはあまりに悲観的過ぎると思われるかもしれないが、常に頭の片隅に置いておくべきシナリオだと筆者は考えている。

もちろん将来ある若者たちはヘルニッポンと心中する必要は全くない

いつでも海外に脱出できるよう準備を怠らないのが肝心だ。

最後に、読者の皆さんの感じる身の回りの #ヘルニッポン を教えて頂ければ幸いです。

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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