あなたのクリスマスプレゼントは大丈夫? 中国の過酷労働・危険物質を使った製造工程の実情
クリスマスがある12月はもっともおもちゃが売れる月だと言われている。アメリカ合衆国国勢調査局のまとめによれば、12月には他の月の1.5倍から2倍の売上があるという(小売業売上(月ごと)Monthly Retail Trade)。
今年も子供を喜ばせるために人形やゲームといったおもちゃをプレゼントする親御さんも多いだろう。
日本を始め世界中で消費されるおもちゃのほとんどは、中国で作られている。このことを知っている消費者は多いかもしれないが、そのおもちゃ工場で働く労働者の置かれた悲惨な環境について知っている人は少ないだろう。
実は、工場でおもちゃを作る中国の労働者は、私たち消費者が4000円の人形を購入しても、その4000円のうちわずか0.031%しか受け取れないほど低賃金で働いているのだ。
また、生産ノルマをなんとしても達成するために、日本の過労死ラインである月80時間の残業を遥かに超える、月175時間の残業を行っていることがわかっている。
さらに、労働者は危険な化学物質にさらされながら働いているが、これは私たちが消費するおもちゃにも残留してしまう危険がある。
こういった実態は中国の労働問題に20年以上取り組み、潜入調査を通じて劣悪な労働環境を暴いているNGO、チャイナ・レイバー・ウォッチが報告書「「悪夢のような労働環境:中国おもちゃ工場での驚愕の労働実態」(原文のタイトルは”A Nightmare for Workers: Appalling Conditions in Toy Factories Persist”)」を公表し明らかになった。
私が代表を務めるNPO法人POSSEはチャイナ・レイバー・ウォッチの告発を日本の消費者に届けることに協力しており、その報告書概要部分の日本語版を作成した。
今回は、その報告書を元に、ディズニー製品のおもちゃが作られる職場の環境を紹介していく。
過労死ラインを遥かに上回る175時間の残業
上記の報告書では中国各地にある4つのおもちゃ工場に調査員が派遣され、現場の実態をまとめているが、ここではそのうちの1つ、「華登(河源)玩具製品有限公司(Wah Tung He Yuan Toy Products Ltd. Co.)」の労働条件を紹介したい。
この工場は、中国・広東省の河源市にあり、おおよそ2000人(その8割は女性)の労働者が働いている。
人形などのプラスチック製のおもちゃから、クリスマス用の電飾、子供用のコスメなどが生産されており、作られた商品の100パーセントがアメリカ、日本、韓国、ヨーロッパ諸国といった海外に輸出されている。
作られている製品は、ディズニーといった世界的に有名なブランドのものから、ジャックスパシフィック、ジンバ・ディッキー、フィッシャープライスなどまで多岐にわたる。
まず、ラインで働く労働者の賃金だが、中国のスタンダートからしても圧倒的に低く抑えられている。彼らの時給は7.5元で、日本円だと約123円。この市の最低賃金をわずかに上回っており違法ではないが、生活するにはギリギリだ。
時期によって残業時間が上下するが、彼らは1ヶ月あたりおおよそ2000元から3000元(約3.2万円〜約4.8万円)の収入を得ている。
しかし、この工場がある地域で生活するのに必要な最低額は月6900元から7500元(約11.1万円〜約12万円)だ。仮に夫婦2人共がこの工場で、フルタイムで働いても普通の生活をおくるには程遠い。
その上、不良品が出たことで再度商品を作り直すための時間に対して賃金が支払われない。罰金制度も設けられており、スリッパを履かないと10元、5分の遅刻で5元、10分の遅刻で10元、3日連続で休むとクビというレベルだ。
彼らは単に給料が低いだけでなく、厳しい生産ノルマが課せられており、常に長時間労働にさらされている。各ラインには1日あたり約1800個から2500個のノルマがあり、これをクリアするまで帰ることはできない。
そのため、6月から9月のピーク時には、毎日10時間から13時間勤務が続き、最も忙しかった2017年8月は月に1日しか休みが与えられなかった。他の月でも少なくとも週6日は働く、というのがスタンダードのようだ。
その結果、今回の調査では最大で一ヶ月175時間もの残業が確認された。ちなみに中国の労働法では、1ヶ月あたり36時間を超える残業は違法と決められている。その約5倍で、日本の過労死ラインの月80時間を遥かに上回る長時間労働。
そのような状況で、多くの労働者がおもちゃを黙々と作っているのである。
そもそも、時給7.5元の基本給だけでは安すぎて生活できない。それが残業せざるを得ない状況をつくりだし、ハードなノルマも課せられているため、労働者には残業しないという選択の余地は与えられていない。
それでも、なぜ労働者がこの工場で働くことを「選んだ」かというと、労働者のほとんどは近くに住み子供と高齢の両親の面倒をみなければならない45歳以上の女性で、多くは十分に教育を受ける機会もなかったため、年齢と学歴によって他に選択肢がなかったことが大きいという。
1体4000円の人形を作っても1円しか受け取れない労働者
冒頭でも述べたが、彼らが作るおもちゃは先進国で何千円もの値段で売られている。ただ、これまで見たように労働者の賃金は徹底的に低くおされられており、売値のほとんどは工場や販売するお店が持っていってしまっている。
例えばディズニーの人気キャラクター、アリエルの人形はアメリカのアマゾンでは34.99ドル(約3900円)で売られている。1日あたりの生産ノルマが最大で2500個で、月26日働くことなどを踏まえて計算すると、人形1体あたり1セント(約1円)しか労働者は受け取っていないことになる。
今回の報告書作成に協力したイギリスの新聞・ガーディアン紙の試算では、生産コストが14.36ポンド(約2000円、そのうち1ペニー=約1円が労働者に)、小売店の取り分が9.05ポンド、消費税として5.83ポンド、ディズニーの取り分が5.75ポンドの合計34.99ポンドという内訳になっている。
生産者に適正な価格を支払うという「フェアトレード」が、先進国の消費者と第三世界との関わりを考えるときによく話題になるが、中国で作られるおもちゃに関していえば、それは「フェア」な状況からは程遠い。
名前だけの「監査」とCSR
「エシカル(倫理的)消費」や「フェアトレード」が話題になる中で、なぜディズニーほど有名な企業がこれほどまで過酷な労働環境を放置しているのだろうか。
世界的なトレンドとして、先進国のグローバル企業は国内の労働者だけでなく、海外の下請け企業の労働者に関する責任も負う流れになっている。
ディズニーが中国の下請け企業にアウトソーシングしたからあとは知らない、とということにはならない。商品が作られるすべての過程で労働者の権利侵害や環境破壊が起こらないように注意して必要な対策を講じることが求められている。
そこで、グローバル企業側はCSR部署を設け、いかにエシカルかをアピールし、また定期的に海外の下請け工場に対して監査を行っている。しかし、この監査は現場の労働者からすると「アリバイ作り」にしか見えないと非難されることもある。
実際、アリエルの人形が作られる工場では、労働者に対して契約書が渡されない。中身もよく確認する時間が与えられない中、サインだけ求められるのだ。
会社がこうする理由は、監査が入ったときに見せるためだと労働者たちは考えている。さらに、もしラインで働いている最中に監査員が話しかけてきたら、月収3000元稼いでいると答えろと予め会社から指示が出されているという。
こういった状況の中で、年に1回あるかないかの監査できちんと労働条件をチェックするのは不可能なのだ。
そもそも、ほとんどの発注主は労働条件に関心すら示さないという。潜入調査が行われていた期間中、特に3月から4月にかけて、発注主が工場を訪れてチェックを行ったが、彼らは製品の品質チェックに来ただけで労働環境には興味を示さなかったという。
今回チャイナ・レイバー・ウォッチが行ったように、現場で働く労働者の立場から実際の労働環境を明らかにする取り組みがなければ、私たちはどうやって私たちが日々使っているモノが作られているのか知る由もない。
企業側のCSRレポートや「第三者機関」の監査だけに頼っていては、実態はわからないのだ。
消費者問題でもある中国の労働問題
さらに、この問題は、単純に「中国の労働者が劣悪な条件で働かせられている」ということにとどまらない。
おもちゃに有害な物質が含まれていたという事件が度々新聞で報じられている。
10年ほど前は、中国で作られたおもちゃに基準を上回る鉛が使われていたことが発覚し、最近でも、例えばサンリオが発売していた子ども用のマニキュアなどから、シックハウス症候群の原因となりうる有害物質の「ホルムアルデヒド」が検出されて問題になった(サンリオ商品から有害物質 子供用マニキュアなど)。
アリエルの人形を作る工場でも、子供用のマニキュアなどコスメが作られている(サンリオと取引関係があるかどうかは不明)。
作られた製品の安全性については報告書で言及されていないが、工場内では多くの化学薬品が加工や艶出しの過程で使われているという。
問題なのは、労働者はいったいどういう薬品が使われているのか、それが人体に影響があるのかどうかを一切知らされていないという点だ。マスクの着用が義務付けられている部門でもマスクが支給されないということがあったという。
さらに、下の写真をみてもらえば分かるように、労働者はマスクも手袋も保護メガネもつけずに作業している。
もし労働者たちが使われている薬品やその危険性について知らされていれば、それらを使うことを拒否することや、作られるおもちゃの危険性について公表にすることができたかもしれない。先進国の消費者としても、労働環境を含めて商品がどうやって作られるかを知ることが重要だ。
日本企業もこういった問題とは無関係ではない。過去に紹介したように、日本を代表するメーカー・富士通の中国の下請け工場でも強制残業や低賃金が問題になり、「過労死」と考えられるような事件も起こっており、海外のメディアで大きく取り扱われている。
参考:国際NGOに告発される「日本製」ブラック工場 富士通も告発され条件改善へ
国内のブラック企業だけでなく、海外展開する「ブラック企業」の下請け工場にも引き続き注意を払う必要があるだろう。
オリジナル報告書(英語)
A Nightmare for Workers: Appalling Conditions in Toy Factories Persist