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私はMe Tooではないけれど、 ある経営者が20代の私に話してくれたことを伝えたい

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
相手の「合意」はどうして推定できるのでしょうか?(写真:アフロ)

 ハリウッドの大物プロデューサーによる性暴力被害の訴えをきっかけに「私も(Me Too)」被害を受けたと表明する女性が続々と現れている。日本でも顔と名前を出して、職場の元先輩に、就職を斡旋してくれそうな企業の人に、セクハラやレイプをされた、と訴え出る女性が出てきた。

 彼女たちに共感・同情する声に加え、反発の声もある。Me Tooそのものが行き過ぎだ、という反論も海外から聞こえてくる。ちょっと頭が混乱してきた、という人のために伝えたいことがある。

 それは今から15年以上前。私がまだ20代半ばでビジネス誌の記者だった時のこと。とある経営者にインタビューをした。社名を聞けば日本人ならほぼ誰でも知っている企業の創業経営者である。

 腕一本でゼロから会社を立ち上げた彼は、ユニークな発想と言動で知られていた。当時は本業に加えて「資産運用」にも熱を上げており、取材中も手元に置いた固定電話から、あれこれと指示を出していた。おそらく、株の売買を証券会社に伝えていたのだろう。傍らに座る広報担当者が「ほんと、すみません…」とこちらに目で訴えかけていた。

不倫肯定論者の経営者の正論とは

 ひととおり取材を終えた後、その経営者は言った。「僕は、恋愛は自由だと思うんですよ。不倫でも何でも、大人の男女がお互いに合意の上であれば、いいと思ってるの」。

 何を言い出すんだろう…と思いつつ「そうですねえ」と相づちを打つ。インタビュー中からテープは回り続けている。

 ところで、あの街には、ラブホテルが多いよね云々と、彼の話が展開していったので、広報担当は凍りつく。私は仲良しの女性カメラマンと一緒だったので、何だか面白くなっていた。「確かに、多いですよね…」。

 すると、彼は続けて言った。

問題は権力関係

「誰と誰がホテルに行ってもいいんだよ。でもね、絶対にダメなものがある。上司と部下。先生と生徒。医者と患者。それから社長と秘書ね。片方が権力を持ってるから、そういうことはやっちゃダメなんだよ」

 これは後に、私が雑誌でセクハラに関する特集を担当した時、弁護士から聞いた話につながってくる。弁護士は「権力型と環境型」という2つのセクハラについて解説してくれた。上司と部下のように「断れない関係性」で相手を誘うのは、権力型のハラスメントになる、と。

 そして社長は「だから僕は秘書を必ず複数置くんだよね…」と締めくくった。一対一だと、権力関係を忘れて誘ってしまうかもしれないから、常にチェックが働くようにしておくのだ、と。冗談めかして話していたけれど、彼の話を今、Me Tooに戸惑う多くの人に共有したい。

権力の影響下にある人の無言は「ノー」である

 取材に来た女性記者にホテルが云々というのは、人によってはNGかもしれない。ただ、私はその時、ふざけたエロオヤジ風に話すこの社長が「権力関係」についてきちんと認識していたことの方が重要だと思うし、彼の意見には10年以上経った今も同意する。

 どうかMe Tooを「何でもかんでも告発している」と思わないでほしい。そして個別の事例における「権力関係」に着目してほしい。男も女も、あなたが放つその言葉が、あなたの権力の影響下にある人にどういう影響を及ぼすか、考えて欲しい、と思う。

 そして、ふつう、権力関係が固定化した状況における無言は、イエスではなく、ノーである、ということを、ぜひ、多くの人に知ってほしいと思う。加えて、合意がないのに性行為に及ぶことは、先進国の法制度では「レイプ」とされることも。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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