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怒れる親がフクシマにいる

前屋毅フリージャーナリスト

■納得のいく検査が受けられない現実

行間から怒りと悲しみが伝わってくる便りが、福島県内に住む知人から届いた。そこには、「息子が県の甲状腺検査を受けてA1(異常なし)判定だったものの、息子の友だちはA2(あるけど気にすることない?)判定だったというので気になり、わざわざ泊まりがけで県外の病院に行き再検査したところ、福島県でいうところのA2判定だった」ということが書かれてあった。

東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線の健康被害を調査するため、福島県は事故時に0歳から18歳だった全県民を対象に甲状腺検査を実施している。チェルノブイリ原発事故で、放射性ヨウ素の内部被爆による子どもの甲状腺がんの発生が問題となったからだ。

子どもたちを守るために福島県が積極的に動いている、というのであれば文句をつける筋合いのものではない。むしろ、評価すべきことである。

しかし、そうは受けとれない現実がある。だからこそ、その知人も怒っているのだ。「県の検査の妥当性どころか、やっている意味がわからない」と知人はいうが、県の検査と独自の検査の結果が違ったというのだから当然だろう。

しかも、独自に再検査を我が子に受けさせるについては、「検査できる病院をやっと見つけ、多額の自費で検査を受けさせた」という苦労も強いられている。なぜなら、福島県内の多くの病院では独自で子どもの甲状腺検査をすることを拒否される、からだという。

子どもの健康を守るためならば、信頼性の高い検査を実施し、独自にでも検査を受けられる体制を整えるべきである。それが、実践されていないのだ。これでは親は心配だし、怒りを覚えるのも当然といえる。

■「余計なことはいうな」の姿勢

なぜ、福島県は平成23、親が怒りを覚えなくてもいいような体制を整えていないのか。それを訊いていくと、いくつかの文書に行き当たった。

まず「平成23年5月16日」という日付がはいっているので、福島第一原発事故が起きてすぐに出された文書である。宛先は関係試験研究機関・大学等・関係学協会となっており、差出人は文部科学省研究振興局ライフサイエンス課と厚生労働省大臣官房厚生科学課の連名となっている。

そこには「被災者に対する様々な健康調査・研究が実施されているが、これらの健康調査・研究の中には、倫理的配慮を欠き、被災者にとって大きな負担となっているもの、自治体との調整が十分図られていないもの等が見受けられ、関係学会等からも問題定義がされているとこである」とし、「被災者を対象とする調査・研究は、当該被災地の自治体と十分調整した上で実施すること」などと記してある。

一見、「被災者を守るための措置」と読めそうだが、いちばんの目的はそこではないらしい。これを受け取った福島県立医科大学は学長名で、各所属長宛に「東日本大震災による被災者を対象とする調査・研究について」という文書を5月26日付でだしている。同医科大学は、福島県による甲状腺検査を実施している機関であり、つまり福島第一原発による甲状腺健康被害に対処する最前線なのだ。

その文書には、「文部科学省及び厚生労働省より、被災者に対する倫理的配慮や自治体との調整、対象となる被災者に対し過度な負担とならないよう他の調査・研究との重複を避け」とあるのだが、注目すべきは、その後に「必要以上に詳細な調査・研究を行わないこと等を求める通知が出されております」と続いていることだ。そして、「国からの通知並びに県の意向を踏まえ、被災者を対象とする個別の調査・研究については差し控えられるよう、貴所属職員に対して周知徹底をお願いします」と結ばれている。

言ってしまえば、「国や県の方針に従って、勝手なことはやるな」ということである。それこそが、文科省と厚労省が連名による文書の最大の目的だということがわかる。「余計なことはするな」というわけだ。被災者の健康を守りたいと考えている医者や研究者の意欲を削ぐような内容であり、これでは検査現場に悪い影響がでてもしかたない。

さらに平成24年1月16日付けで、福島県立医科大学から「日本甲状腺学会 会員の皆様へ」という文書がだされている。甲状腺検査のできるすべての医者に向けて送られた文書ということになる。

ここには「5ミリ以下の結節(しこり)や20ミリ以下の嚢胞を有する所見者は、細胞診などの精査や治療の対象とならないものと判断しています」とあり、「先生方にも、この結果に対して、保護者の皆様から問い合わせやご相談が少なからずあろうと存じます。どうか、次回の検査を受けるまでの間に自覚症状等が出現しない限り、追加検査は必要がないことをご理解いただき、十分にご説明いただきたく存じます」と続いている。

「十分にご説明」とあるが、「心配しなくていいから、の一言でかたずけられてしまいます」(福島県内在住の母親)というのが現実なのだ。福島県立医科大学が決めた基準以外は再検査や追加検査の依頼があったとしても突っぱねる、という態度を多くの意志がとっているという。これでは、再検査や追加検査を頼んでも受け入れてくれる病院が少ないはずである。なぜ、納得のいくまで検査をやらないのか。あまりにも不誠実だ。その原因を国と県がつくっているわけだ。

福島県で行われている甲状腺検査についても、「余計なことはいうな」という国や県の高飛車な姿勢が目立っている。それが、親の不安を募らせ、怒りにつながっている。その事実と、国や県は真摯に向き合うべきである。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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