在籍11年目にして得た1部の初タイトル。千葉の精神的支柱・MF深澤里沙が輝き続ける理由
【象徴】
蛍光イエローのユニフォームに、朱色で記された背番号10が映える。
ジェフユナイテッド市原・千葉レディース(以下:千葉)のMF深澤里沙の小柄な身体は、チームメート達の腕に支えられて、何度も宙に舞った。
8月12日(土)に行われたなでしこリーグカップ決勝戦で、千葉は1992年のチーム発足以来、1部で初のタイトルを獲得した。
0-0で迎えた試合終盤。深澤は前半に比べて幾分、動きがスローになった相手ディフェンダーに、俊敏な動きでプレッシャーをかけた。
飄々とした表情でボールを追いながら、球際の迫力には、凄まじい気迫が感じられる。
語らずして伝えるその背中に引っ張られるように、ピッチに立つ全員が、最後まで走り抜いた。その先に、待ち望んだ瞬間は待っていた。MF瀬戸口梢の劇的なミドルシュートが決まったのは、後半アディショルタイムも残りわずかという時間帯だった。
在籍11年目を迎える深澤は、千葉のサッカーを象徴する選手だ。
「走る、闘う」をチームコンセプトに掲げる千葉で、深澤は最年長の31歳ながら誰よりも走り、そのコンセプトを体現している。
歓喜に沸いたリーグカップ優勝から3週間後、千葉のクラブハウスを訪ねた。
千葉に所属してから初めて獲得したタイトルを、彼女はどのように受け止めているのか。
「『優勝してよかったね!』と、たくさんの方から声をかけていただいて。去年は準優勝だったけれど、優勝ってこんなにも違うんだな、と実感できました。自分の中で変わったことは…特にないですね。翌日、起きたらまた新たな1日、という感じで。優勝は終わっちゃったんだな、と」
遠い日の記憶を振り返るように、そう言った。
【走りの美学】
ユニフォームを着てピッチに立つ深澤は、近寄りがたいほどのクールな印象を与える。
優勝した試合後も、チームメートやサポーターと喜びを分かち合い、試合後の取材エリアに現れた時には、すっかり冷静さを取り戻していた。
「走ることは誰でもできますから。気持ちでなんとかする、ということを見せられた試合だったんじゃないかと思います」(深澤)
根っからの負けず嫌いなのだろう。試合中、彼女はその表情に辛さや苦しさを一切、見せない。
確かに、サッカーで「走る」ことは当たり前ではある。ただ、その「当たり前」が最も難しく、勝敗の分かれ目にもなる。
彼女の走りを支える原動力は何なのか。時と場所を改めて、もう一度、聞いてみたかった。
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深澤は、平日の日中は、ホームのフクダ電子アリーナのそばにあるトップチームの練習場「ユナイテッドパーク」のクラブハウスに勤務している。
オフホワイトのワイシャツに身を包み、応接室のソファーに腰を落ち着けた彼女は、試合の時とは違う、柔らかい雰囲気を持っていた。
単刀直入に、聞きたかった質問をぶつけてみる。何が、「走る」原動力になっているのか。
「ジェフ(千葉)は技術がない分、泥臭く走ること、闘うことが基本です。私は加入してから11年間、それをやってきたので。終盤、お互いに足が動かなくなってくる時間帯にどれだけ踏ん張れるか、ということは、気持ちでカバーできると思っています。『きついけど、ここでこの選手よりも頑張れれば自分のボールにできる』と。だから後半の方が好きですし、特に終盤は『ここからが勝負』と思えるんです」
疲れを知らない強靭さは、不屈のメンタルによって支えられていた。
「大量得点を狙えるチームではないので、まずは無失点で抑えることが大事ですが、守っている時間が長い分、攻撃時に疲れてしまっていることも。守備も攻撃も、基本的に辛いんですよ(笑)。だからこそ、攻守が切り替わった時の気持ちの切り替えが大事ですね。チャンスを逃さないように集中力を高めています」
普段のトレーニングの中で、スタミナを培う自己流のメニューがあるのか聞いてみると、「特にないですね」と、あっさり返された。ただし、練習量には自信があるという。
「ジェフは土日がオフになることは年間を通してほとんどないです。試合翌日はリカバリーで、試合に出ていないメンバー外の選手たちは練習試合をしています。グラウンドにいる時間は他のチームと比べても、負けていないと思います」
練習や試合前の準備を時間をかけて入念に行い、集中力を高めることも彼女の「流儀」だ。
深澤と近いポジションでプレーする20歳のMF安齋結花は、日々、その背中から学んでいる。積極的にコミュニケーションを図り、コンビネーションを高めることも忘れない。
「お手本ですね。まずは目の前の相手に負けないということと、自分の役割をサボらないでやりきること。(深澤)里沙さんの背中を見て、自分ももっとやらなきゃ、と気持ちを奮い立たせています」(安齋)
【舞台はなでしこリーグへ】
その不屈の精神力を掘り下げていくと、ユニークな経歴が見えてきた。
山梨県出身の深澤は、強豪校の出身ではなく、選手権やインターハイなど、全国レベルでのプレー経験がない。
小・中学時代は地元の少年団「FCトラベッソ」で男の子に交ざって技を磨き、高校進学時に複数のチームのセレクションを受けたものの、良い返事はもらえなかったのだという。
「結局、実家から通える甲府商業高校に進学することにしたんです。ただ、当時、山梨県には女子サッカー部がある高校が2校しかなくて、甲府商業も3人の経験者以外は全員、高校からサッカーを始めた選手ばかりでした。県内に2校しかないので、インターハイの地区予選はその2校で決勝を戦うんですが、試合で相手ゴールキーパーが『キャッ』と言いながらボールを捕るようなレベルで(笑)。関東大会ではいつも大差で負けてしまい、3年間の目標だった『関東大会で一勝する』という目標も叶いませんでした」
それでも、与えられた環境の中で常に高い目標を持ちながら己を磨いた。そして、高校卒業後の2005年に、深澤は念願のL・リーグ(現・なでしこリーグ)入りを果たす。
キャリアをスタートさせたのは、当時、1部の宝塚バニーズレディースサッカークラブ(現・バニーズ京都SC/現在はなでしこリーグ3部にあたるチャレンジリーグ所属)。翌06年には、同2部の福岡J・アンクラスに移籍して1年間プレーした後、千葉からオファーをもらい、移籍を決断した。
それ以来、深澤は11年間、千葉一筋を貫いている。
刺激を受けた選手を聞くと、元日本女子代表FWの丸山桂里奈の名前を挙げた。
「高校生の時に、初めて日本女子代表で桂里奈さんのプレーを見て、衝撃を受けました。女子では見たこともないドリブルのタッチで、スピードもあって。その後、千葉に移籍してきて一緒にプレーしましたが、やっぱりすごかったですね」
トップレベルでサッカーをするという夢は叶えたが、プロではなかった。
入団初年度(2007年)は、自ら求人情報紙で、仕事を探した。その後、2011年女子ワールドカップでなでしこジャパンが優勝したことで、各チームの環境も僅かながら良くなり、深澤は2012年に「なでしこリーグチームスタッフ雇用助成事業(※)」の対象選手に。
そして、翌年からはクラブに雇用してもらえることになった。クラブでの勤務は今年で6年目になる。業務を終えると、18時から始まる練習に向かう。
(※)クラブスタッフとして雇用した選手に、リーグから一定額の助成金が支払われる制度
2016年6月から、千葉の練習場は千葉工業大学茜浜運動施設内のサッカー場に移った。綺麗に整備された人工芝に、ナイター照明も完備された、申し分ないトレーニング環境である。練習場の横には新しい共用のクラブハウスがもうじき、完成する。
「若い選手たちに、今の環境が当たり前じゃないよ、ということは伝えていきたいですね。私が入団した時に、先輩から『昔に比べてすごく環境が良くなったよ』と言われたんですが、その時は、自分が経験していないから分からなかった。でも、今はその言葉を実感しているんです。女子サッカーが注目されるようになった中で、今の環境があります。もし2部や3部に落ちたら、なくなってしまうかもしれない。まずは1部にいることが大事ですし、サッカーができる環境があることを、いろいろな人に感謝しなければいけないと思っています」
【こだわり】
千葉はユース出身の選手も含め、10代から20代前半の選手が約8割を占める。
そんな若いチームが1部でタイトルを獲得できたのは、前述の安齋や、キャプテンのDF上野紗稀(22)、MF鴨川実歩(20)、DF西川彩華(21)、今シーズン新加入のFW成宮唯(22)ら、若い世代の主力が確かな存在感を見せたことも大きかった。
「千葉は若くても、しっかりした選手が多いんです。上の選手がのびのびやらせてあげているので(笑)。それは、一番年上の(深澤)里沙さんが素晴らしいからです。あの背中を見て、みんな闘っています」
カップ戦の優勝後にそう話したのは、DF櫻本尚子だ。昨シーズンまで4年間、千葉のキャプテンを務めた櫻本は、積極的に発言することで、チームを背中で引っ張る深澤を支えてきた。
深澤があえて発言せず、背中(プレー)で見せているのには理由がある。
「要求を聞いてもらうためには、『この人はこれだけやっているんだから、自分もやらなきゃな』と思わせることが必要だと思っています。今は強く言われると、シュンとなって自分のプレーができなくなってしまったり、気にする選手も多いですね。若い選手にはのびのびプレーしてほしいので、締めるところだけしっかり締めれば良いと思っているんです」(深澤)
深澤の今の目標は、「点を獲れる選手になること」だという。
「得点は毎年、狙っています。今年はみんな貪欲に点を獲るので、あまりパスが回ってこないんですけど(笑)。リーグ戦だけで2桁得点できるようになりたいですね」
最後に、背番号へのこだわりを聞いた。
「チームを象徴する番号ですから、現役でプレーしている限りは、つけていきたいという思いがあります」
その言葉には、環境を言い訳にせず、サッカーへの一途な思いと努力で自分の居場所を勝ち取ってきたプレーヤーの矜持があった。
なでしこリーグで200試合以上の出場実績がある深澤は、クラブの歴史に新たなページを刻み続けている。